|オレらはモンスター!!_プロローグ/episode.アルフィース(6.心の怪物と異端なる者)|
6.
ウルスガンドの白城。その最上階にある一室にて起きた騒ぎ……。
少女や当主の叫び声を聞いた使用人たちがワラワラと駆けつけ、そして状況を把握すると事態収拾の対応を行った。
対応の具体的な内容としては「少女とその父親に声をかけて落ち着かせ、絨毯を取り替えるためいったんの退室をうながし、血に汚れた父親のお召し物を着替えさせる」というもの。
それら一通りの処置が終わった後、ウルスガンド親子はまた娘の居室へと戻ってきた。
「……ごめんなさい、お父様。私ったら考え事に夢中になってしまっていて……」
「なに、いいんだよ。私こそもっと配慮するべきだった。ただ、心配があって早くおまえの元気な顔をみたかったのだよ。どうか許してくれ……セイデン貴人が淑女の部屋へと勝手に入るなど、みっともない行いだった」
「そんな……確かにみっともない行いですけど、もとは私が悪いのです。だからそんな落ち込まないで、お父様。流麗なるウルスガンドの紳士がそのようにされていてはいけませんよ?」
「うむ、そうか……そうだな! さすがは我が娘。セイデンの誇り高きウルスガンド、その気高き血を継ぐに相応しい聡明さだ。まったく、おまえはお父さんをどれほど関心させるというのだ……呆れたものだよ」
「うふふ♪ いやですわ、お父様だってどれだけ私を誇らしい気持ちにさせてくれるのかしら? 皆様から尊敬を集めて慕われて、教会の中枢で日々ご活躍されて……どうか誇らせてくださいな。私の自慢なお父様♪」
親子は居室に戻っているがそこにはまだ家政婦達がいる。彼女らは親子に一礼をして部屋を後にした。
アルフィースは彼女らに微笑んで軽く頭を下げる。特に仲の良い1人はひらひらと手を振りながら寝室を去って行った。
当主のアザールは彼女ら家政婦の様子に気がついていない。なぜなら歓喜に打ち震えて身を悶えさせているからだ。
セイデンの盟主たるウルスガンドのアザールはその場で跪いた。
そして寝室の新しい絨毯に両手を置き、額を擦りつけるようにして声を張り上げる。
「あぁ、あぁ……ッ! 女神よ……大地に眠る世の母たる創世の神よッ!! これほどの幸福、祝福を我らに与えてくださったことを真に感謝いたしますッ!! そしてこれほどに最愛たる娘を私たちに授けてくださったことにも……感謝っ、感謝!! 本当にッ、ありがとぉございます!!!」
「…………。」
「――ん?? ほら、さぁ、どうしたんだい? アルフィースも感謝を捧げなさい!」
「え……あぁ、はい。えぇ、真に感謝いたします、導きの先よ。慈愛の光に抱かれ、私たちは常に幸福でございます……」
「~~~うぅ~~んッ、素ん晴らしいッ!! 本当に、女神の庇護ある世界でよかった!! なぁ、アルフィース!!」
「そ、そうですわね……ありがたや、ありがたや~……ハハハ」
ウルスガンドは神意による奇跡を解釈した功績――つまりは霊具の常用化によって高名を得た。
それから数百年を聖圏の高位として紡いできた家系には自然と、“教義”への深い理解が形成される傾向がある。普通なら民が会話をすることも難しい教父達とも強い関わりがあり、大教父との直々な会話を願うことも場合によっては許される立場である。
最も、イダシアに住まう民であるならば深い信仰があって当然。聖塔に近い庇護地もそのほとんどが高い神意教育を施されている。アザールの信仰心はちょっと極端かもしれないが……それでもこの程度ならさほど珍しいものでもない。
ちなみに何らかの理由によって信仰を疑ったり放棄した者は【異端】となる。これは元より信仰無い人々より悪質とされており、それは「裏切者」だからに他ならない。
つまり「悪意による不誠実」を犯した罪人としてみなされて厳しい処断の対象とされる。元から信仰が無い人々は単に愚かなだけなので、どちらかというと蔑まれる対象だ。「生き方が間違っていて可哀そう」と哀れに思われている節もある。
それはそうとしてそれもまた、“異端”ではあるのだが……。
だから神意など教義に関する教育は聖圏にとって常識。言語を学ぶのと同等、むしろそれ以上に赤子の頃から施されて然りなものだ。
アルフィースもそういった教育は当然として高度に受けている。ただアザールほどの信性はなく、ごく一般的な程度。時折にある父の高度な敬発にはやや面食らうことが多い。
ひとしきりに想いを発散したアザールは表情を真面目に戻した。涙を拭って隣で座っている娘の頭をなでる。
「……ふぅ、いかんいかん。あまりに幸せで思わず畏敬が無慮発露されてしまった。信ずるこころは昂まれど、高名たる者として振る舞いは落ち着けないといけないな。やれやれ、私の悪い癖だ」
「あ、あはは……もぅお父様ったら♪」
「ははは……それで、はて? そういえば私はなぜこんな夜に娘の部屋へと来たのかな?」
「へぇ? さぁ、それはお父様にしかわかりませんことでしてよ?」
「え~~と……あっ、そうだった。心配してきたのだよ! おまえが無事だとは聞いたのだが、この目で確認したくってな」
「私が? 無事? ・・・って、どういうことです? なにかありました――――あっ!」
「昼間のことさ! アルフィースよ、おまえ昼間に庇護地へと行ったんだってね? そして慌ててここに逃げ帰ってきたと聞いたよ?」
「あちゃ、あの……それわぁ……」
アルフィースは気まずそうに目線を父から逸らした。ここでアザールの言った「昼間のこと」に心当たりがあって、なおかつ塔の外へと赴いたこと自体にも負い目があったからである。
娘のもじもじとした様子を見て、父親のアザールは優しく微笑んで見せる。
「いや、いいんだよ。たまには下界を見てくるのもいい。高名なるウルスガンドの次期当主として、広く人々の在り方を見ておくことがいずれ役立つことになるだろう。そういう向上心のために見聞しにいったのだろう?」
「えっ・・・・・え、ええ! その通りですわ、これも勉強と思って下界に降りてみたのです。決して遊びに行ったわけではありませんでしてよ……ォホッホホホ!」
「うんうん、さすがは我が子だ。しかしだね……下界というものは危険も多いのだから。とくに我々は高位なる存在……何かあったら大勢の人が動くことになるんだよ?」
「はい……解っております。今後はもう少し気を付けて……なるべく、お父様にお話してから降りるようにしますわ」
「そうしなさい。そのほうが私も安心だし、おまえにもしっかりと護衛を付けられて安心だし……あぁ、ストレイド君の活躍も聞いたよ。後でお礼でも言っておこうか」
「あ、はい。ストレイドが……ストレイドさんが付いてきてくださっていてほんとうに助かりましたわ。彼ったらやはり優秀な執事でございましてよ」
「そうだな。だが優秀であるなら勝手に娘を連れ出さないでほしいものだがね」
「うっ……そ、それは私が誘ったからで。彼は悪く――」
「――アルフィース」
「!? は、はいっ!?」
当主アザールは表情を真面目にして娘を見ている。
少し鋭く自分の名前を呼ばれたことでアルフィースは緊張した。背筋を伸ばして父親の目を見返す。
少女は思っている「もしかしたらストレイドとのことでなにか言われるのか」……と、不安を覚えている。
掛け時計でなめらかに動く秒針。プラスチックの針は無音に回転を続ける。
数秒、黙っていたアザールが重い口を開いた。
「今日の昼にあったことだが……アルフィースや。おまえは“アレ”を見たんだね?」
「はぇ・・・見たって? 私が昼になにを見た……あっ!? “大きなカエル”ッ!?」
「そう、カエル……のようなモノだったそうだな。私も報告を聞いた限りだが……やはり、見てしまっていたか」
「そうよ、“アレ”は……“アレ”は一体、なんだったのかしら??」
本日の昼時。聖圏中心地にあたる庇護地にて発生した“事件”。
聖圏のイダシア、その近辺という本来限りなく安全で不可侵であろう場所が大規模な破壊の損害を被った。
円周街道の3番線。その一角から外円に向けて直線最大1km。発生源から放射状に放たれた何らかの衝撃によって瞬間的に街の一部が更地と化した。
犠牲者の正確な把握はまだできておらず、行方不明者の捜索も続いている。夜も深まってきているが平穏なイダシアとは異なり、庇護地の騒ぎは今も収まっていない。
事件の顛末としては多数ある目撃者の話しから「巨大な(カエルかなにか)化け物が現れて周りを吹き飛ばした」と判明している。
巨人騎士団が聖塔防衛線を崩してまでも導入されたがまるで事態は収まらず。イダシアから発進した創輝隊が大苦戦の末になんとか脅威対象を鎮圧した。
庇護地の混沌とした有様はこれまでの聖圏史に類を見ないほど。人々は女神に加護と解説を求めて祈り、逃げ惑い、中にはイダシアへと詰めかける者さえあった。
現状にもまだ混乱はあるが……信仰的混乱は解決している。
人々の精神が最低限にも平穏を取り戻せた理由は大教父が自ら顕現し、女神の解釈を人々へと伝えたからに他ならない。紅き炎に照らされた人々は偉大なる母の言葉を伝え聞いたことで「そうなのか」と大いに理解できた。
結局……人の平穏とは納得なのであろう。納得さえさせればそれで良く、幸せなのだ。
その根拠はいつだって女神である。
「……大教父様は今日に皆へと伝えたが、“アレ”は実のところ以前から問題とはなっていたことなのだよ」
「以前から? あんな化け物が以前からって、どういう――」
「――【心の怪物】、我々はそのように呼んでいる」
「こころのかいぶつ……心って、感情とかの? その、怪物……??」
「そうだ。人の心……“女神を信じない邪心”、汚れた心が醜く具現化したものなのだ。いわば摂理を蔑ろにした罪……罪人、異端者!
そうしたモノはな、装じて怪異を成す者――――【装怪者】と呼ばれておる」
「女神様を信じない汚い心……異端。それが、そうかいしゃ……怪物の正体??」
「それが少し異なる。いや、それはそうなのだが……アレには“受け手”が必要でな。今に解っている限り、装怪者は決まって女性でその受け手たるものは決まって男性。それが【拠り人】と呼ばれている存在だ」
「装怪者は女性……信仰が無い、女性。そしてその……“うけて”??」
「実はこれがまだハッキリしていないのだが……例えば装怪者と恋仲のような近しい関係である男。この関係性にも条件があって、それが成立したものに装怪者の女が【怪物を相手の心へと送り込む】ことで現実に怪物が現れるらしい。
つまり、昼におまえが見た大きなカエルというのは心に怪物を送り込まれた男の成れの果てなのだ」
「はぁ……うん?? え~~っと。まず心に怪物がいて、それが女の人から男の人に渡されて……大きなカエルになる?? へぇぇ???」
「ハハハっ! いや、いいんだよ。おまえには元々関係ない話しだから。たまたまに今日、恐ろしいものを見てしまっただろうから……一応はその理由というか、理屈だけ教えようと思ったんだ。
今に話したが……心の怪物は本来、女神様への信仰に満ちた聖圏では有り得ない存在。実際この聖圏、それもこんな聖都に心の怪物が現れるなんて前代未聞だからな。よほど、不誠実で悪辣な女がいたのだ。女神がこれほど我々を護ってくれているというのに、その恩を感じない真の罪人がね」
「……不信な、罪人。女の人……と、恋人??」
「大丈夫だよ、アルフィース。もう異端者は【断じられた】し、その協力者である男も同じくもう、この世にはいない。不敬なる者だから摂理の外へと弾かれて、二度とこの世には現れないさ。この聖都にそういった不実なる者はもういないだろうしね!」
「そう、断じられ――――ッ」
言葉に詰まる。アルフィースは息を呑んだ。
断じる――とは教会用語であり、意味合いとしては「処刑」に近い。若干異なるのはそれが「必ず信徒が代行するもの」かつ「神の威光が理解できない箇所を正す」という、広義での医療措置のような意味合いをもつことであろう。
ようはただ殺しているのではなく取り除いているのだ。この世界そのものである女神の摂理から魂ごとに抹消する行為なのである。
また決して神は権力者などではなく、この世の真理なので人間如きの意志介入によるものではない、という部分も処刑とは異なっている。まぁ、やっていることは処刑と同じだ。素直に処刑と呼べばいいのにと思うが……なんだって女神のせいにしたいのだろう。
「深くなんて事情を理解しなくていい。ただまったく解らないより少しは安心できたかな? ともかく、こうして話せて元気な様子を確認できてよかったよ。それこそお父さんは安心できた!」
当主アザールは立ち上がって満足そうに微笑んでいる。
「ぁ……う、うん! そうですわね、確かに怖かったから……お話を聞けて、“解決した”のなら安心しましたわ」
少女アルフィースはニッコリと、笑顔で見上げてみせた。
「それじゃ、夜に失礼してしまったね。おやすみ、私のアルフィース……愛しい我が子よ♪」
父のアザールは娘の頭をなでてから額にキスをほどこした。娘は照れくさそうに笑ってみせている。
そうしてお嬢様の寝室を出ようと扉のノブに手を置いたアザール。
ウルスガンドのアザールはちらりと、振り返って娘を見る。
「・・・・・いや、もう行くけどね? その……ストレイド君なんだが……どうなんだい??」
「はい、ストレイド……ん? え、なにって、彼がって……な、何がでしょう??」
アルフィースはこれまで聞いていた話しの内容を自分なりに整理していた最中だったので、不意に“彼”の名が父親から出たことに動揺し、口元をひきつらせた。
その様子を横目にしながらアザールが聞き直す。
「ほぅ……いやぁ、彼ね。実に真面目で頭も良く、武術手腕も優れて成長していると聞いている。素敵な男性であるよな~~~~……で? だからそんな彼を……彼に誘われて庇護地に??」
「あぇ、へぇぇ?? ・・・・・ちち、違いましッてよ!? 下界には私から申し出てッ、あ!? 違うってその、彼が優れていて格好よくって頼りになるのは間違いなくってでして!? されどされど、このアルフィースにとって頼れる執事なんでして!?
だから下界にも私から誘った~~~のはッ、そうじゃなくって付き人としてですね、護衛としてですね、下僕といたしましてね?! ~~~ッ、て下僕は違うから、だからもう言わないって!!!」
「・・・・・フッフフフ、ヌゥゥウウン!?」
わたわたと忙しない娘の口調と動作。それを眺める父親アザールは全身に湧き上がるような快楽を堪能しながら、同時に襲い掛かる不安感によって胸を強くおさえた。
しばらく眺めてから、アザールは表情を真面目に戻す。
「……ふぅ。まったく、本当に愛らしい子だ。おまえはごまかすというか、ウソをつこうというか……そういうのが実に苦手だな。可哀そうに……すぐ態度に出てしまう。
だが、そういう誠実でちょっと不器用なところがまた堪らないッ。成長するごとにお母さんに似てきて、これまたお父さんは安心やら不安やら……ハァァァッ!」
アザールは首を左右に振って天井を見上げた。
その様子を見たアルフィースは大慌てのまま下手な言い訳を続ける。
「だ、だからごまかっすもウソもなくってぇ~。私はその、ほら、付き人として彼を信頼しておってですな? だからお父様、まだそんなッ、そのほら……違くはないけど違うのですッ!!」
「御転婆なのも多少稽古をなまけたっていい。ただ、忘れないでおくれ……おまえは誇り高きセイデン、高名なるウルスガンドの次期当主なのだからね」
「そ、それは……自覚、しておりますわお父様」
「フフフ。今日はもうおやすみ、アルフィースや。疲れているのだからしっかり眠るんだよ?」
当主アザールは部屋から出てゆっくりと扉を閉めた。
部屋に1人となったアルフィース。扉が閉まる直前にあった父の横顔は穏やかながら少し寂しそうな様子で……ふと、執事見習いな彼のことを思い浮かべてしまう。
何分ほどか。独りで呆然としていたウルスガンドのお嬢様は大きな欠伸をなされた。
ノソノソと分厚いベットに這い上がると、少女は寝息を小さくたて始める。
――確かにまったく解らないより、なんとなく存在の理由を知れたことで安心できた感じはある。
ただ、それはそれとして不安がある。自分だけで想っていると不安になってしまう。
中途半端なままでは安心できない。
あの怪物も気にはなっていた。だけど、それより気になることがある。
あの言葉が、この想いが……勘違いではないかと。
今のアルフィースにとって一番気になることは“彼”のことだった。
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