|オレらはモンスター!!_プロローグ/episode.アルフィース(5.ウルスガンドの父と娘)|
5.
不思議なものだ。女神だって不思議に思うことはある。
可能性を見出すのだろうか?
何を伝えたいのだろうか?
意図はあるのだろうか?
千年の時を問いかけ続けて、そろそろ沈黙は聞き飽きた。
劣化しないものはない。
本当は眠れてなんてない。
滲む口惜しさが止まらない。
彼女らに触れ、君の摂理を与えて。
世界を無理にしてでも見せたいことなのか。
苦しみ、喜び、悲しみ、あるいは単に願望?
でも……だって、きっと見えてはいないでしょう?
これは合っているの? 何か間違いはないの?
ただただ思うのは――――
(――――あれは何だったのかしら? 気味が悪くって……怖い夢??)
小さな灯りが無数と見える。窓の外、はるか見下ろす夜景に街の灯りが見えている。
まるでいつも通りのような景色だが……それも今見ている方角だからこそ。
アルフィースは思う。
自分が見ている景色の反対側。街の反対側にある夜景はきっと、昼間のことが夢ではないなら……いつも通りではないのだろうな、と。
イダシアの塔、その高層から見下ろす景色。窓辺に立ち夜景を眺める高貴な少女。
(夢じゃないよね。だって、確かに私は――)
目を閉じれば思い起こされる。
巨大なカエルの怪物/吹き飛ぶ街並み/逃げ惑う人々/
悲鳴と轟音/砂埃/揺れて過ぎ去る歪んだ景色/
そして聞こえた彼の言葉。
(怖かったけど……でも、護ってくれた。抱きかかえられて……ウフフ、恥ずかしいじゃない?)
あの後。怪物の脅威から逃げてイダシアの塔に戻った2人。
アルフィースとストレイドは執事長のネイリーに事の次第と無事を伝えてからそれぞれが自室に戻った。いや、ストレイドは自室というか執務室での取り調べを受けていたようだが……。
取り調べの内容としては「そもそもなんで庇護地にお嬢様を連れて行ったの?」というお叱りだ。ちゃんと注意を受けたようで執務室から出たストレイドはガックリとうなだれて溜息を吐いていたらしい。
そんなことは知らないアルフィース。ウルスガンドのお嬢様は窓から庇護地の夜景を眺めてぼんやりと続けている。
(聞き間違いじゃないものね。私のこと護ってくれるって……うん、今までも護ってはいてくれたけどね? でも、そうじゃなくって……“どんなことだってやる”ってさ。言ったもの、エへへ♪)
昼の景色。あの怪物、恐ろしい記憶なんてひとまずいいから……と。
カーテンを閉じ、窓から背を向けてベットに腰を降ろす。軽い彼女だが、柔らかな布地に腰が深く沈み込んだ。
(臆病だなんて言って悪かったかな……いえ、そうやってちょっと意地悪を言うくらいでないと彼ったらいけないのよね。だって臆病は臆病なんだもの……私の勘違いじゃないよね?)
少し不安になる。表情を真面目にしてアルフィースは眉間にシワを寄せた。
広くて白い部屋には何人も眠れそうな豪華なベット。本棚には大量の本が並んでいるがそのほとんどは絵本だ。あとは動物の人形やらぬいぐるみがそこらじゅうに散らばって置いてある。
置いてあるというか……アルフィースお嬢様は自分でお片づけをしないので朝にメイド達が掃除をするまではいつもそうなっている。とくに心へと大きな刺激を受けた日などは動物達との会議が行われるのでさらに乱雑となる。
夜も深まっている。いつもならそろそろ寝る頃合いだ。
だがアルフィースはまだ眠れず。
顎に手を置いて首を傾げ、思案に暮れていた。
(あれだけ言ってくれたのだからいくらなんでも……いや、でもあれは私に聞こえるようにしていたわけじゃなくって、もしかしたら単に“護衛の使用人として”って意味だったり……?
いやぁ、さすがにそれは無いでしょう! 私だってね、これまで8年間……8年間よ!? そりゃあ私の気持ちもあるけどさ、だけど彼だってああいう態度で……それが私の勘違いってありますか!?
しかし主たるものとして……いえ、そうじゃなくってとにかく私からって、そりゃ無いでしょうよ。彼の方が年上なんだし、お兄さんらしくさぁ……えぇっ!? それがもう勘違い??)
ベットの縁に座ってくの字に身体を曲げた。悪い言い方はできないので濁すが……何かこう、頑張ろうとするときに人はこういった姿勢をとる。つまりアルフィースはそれだけ頑張って考えているということなのだろう。
頑張りすぎて「ノックの音」が聞こえない。それは部屋の扉で鳴っている。
(いやいや、だから遠慮というか……色々考えすぎなのよ、彼ったら! 別に家柄だってそりゃ……高位ではなくってよ? でもお父様だって旧知のしっかりとしたお家であるのだし。
それに彼自身だっていつも気が利いて考えも早くって、鍛えているから身体も……すごくってぇ。今日だって私を抱っこして長く走ってくれたし……剣の扱いもよく褒められていて、頼りになるの! ウフッフフフ♪)
両手の平で頬をおさえて独り笑う少女。勝手に幸せそうな彼女の背後で扉が静かに開いた。
「何よりこの私、アルフィースが見込んだのですわ!? だれにだって文句は言わせません!! だから自身を持ちなさいな、勇気を出しなさいな……ちゃんと落ち着いた状況でやりなおしよ!! 今度は面と向かってハッキリと言ってくださいな!?」
「ム、何をハッキリ言うと?? しかしアルフィースや、元気そうで何よりなのだが……ノックに返事くらいはしなさいよ?」
「あら、何ってそんなこと決まっていましてよ? 彼が昼間に言ッ――――ぴぎゃぁ!? “お父様”ッッッ!!!?」
アルフィースは驚愕の表情のまま跳び上がってベット下に落ちた。
いつのまにか独り言になっていた思案の最中。ふと、かかった声に気がついて振り返った先にいたのは父親。
ウルスガンド当主にして現状のセイデン盟主でもある【アザール・ウルスガンド】――つまりアルフィースの父がその場にいるとは思いもしなかった。だから驚いた。
当主のアザール・ウルスガンドは初老の紳士である。オールバックに流してまとめた艶のある黒髪がトレードマーク。細身の長身で目鼻立ちがくっきりとした均整ある顔立ちをしている。
若いころからその美貌はイダシアどころか庇護地にまで轟いており、現在も変わらずに高い羨望の眼差しを集めている。彼の1人娘もまたその容貌を(ようぼう)を受け継いでいると評判だ。
そして、その娘の反応があまりにも大きかったので当主アザールも驚愕した。
「なっ――――――何ィィッ!?!? アルフィースや……ああッ、私のアルフィースよ!! 無事か、ごめんよ!?
あぁ、お父さんがこんなにもおまえを驚かせてしまったのだね……ひぐうぅぅッ!? なんて罪深いんだ私は!!」
泣いている。強い精神負担を受けた当主のアザールは娘の有様を見た途端に激しく動揺した。
「うぉぉんッ!! これほどにも可愛くて眩い娘を驚かせて……あぁあッ、どうか女神よお許しくださいッッッ!!!」
アザールは両手を床に置いて赦しを請うている。走るための構えではないのだが、結果として彼はベットに向かって走り始めた。
慌てて涙を垂れ流しながら走り始めたので視界が悪かったのだろう。アザールはベットの角に引っかかって前のめりに勢いよく倒れる。
それと同時。ベット下で尻もちをついていたアルフィースが起き上がった。
「痛た……んもぅっ、お父様ったらひどいですわ!? どうしたって勝手に私の部屋に入ってこられまして?? お行儀が悪いですわよ、まったく。紳士たるものノックの1つくらい――――――んっ?」
アルフィースは痛そうに尻をさすっているが……ベットの角からチラ見えた父の上半身を認識すると、口元をおさえて再度に驚愕した。
「おっ、お父様ぁぁぁぁ!?!? なぜ、どうかされまして?! 大変……!! だッ、だれか……だれかぁあぁぁ!!! ぉ、お父様がお倒れになりましてことよぉぉぉぉ!!!!」
「う、うぅぅ……だ、大丈夫。アルフィースよ、私は別になんとも……ちょっと転んでしまっただけで……あっ。」
鼻血が出ている。起き上がった当主アザールの鼻から血が滴った。
「ひぃぃっ!? お、お父様の……お父様から優美なるセイデンの血潮が垂れているッ!!?」
アルフィースはふらりと倒れるようにその場へと座り込む。
それを見たアザールは鼻をおさえながら娘の名を叫んだ。
――――ウルスガンド親子の騒ぐ声。
城内にある使用人たちは「こんな夜になにをしているのか?」と。
訝しんで肩を竦めてから、お嬢様の寝室へと向かっていく――――。
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