|オレらはモンスター!!_プロローグ/episode.アルフィース(2.聖塔イダシアと女神の庇護地)|
2.
霊術という技術がある。よく帝域の魔術と比較されるものだが両者には共通点と大きな違いがある。
まず魔術は端的に言うと「解読できた魔法」である。魔法とは何か、とまではここでは踏み込まない。
魔法というそのままでは再現できない“不思議”な“現象”を“再現可能”な“技術”に解析(分解)できたものが魔術となる。
魔法の“発見”はある人の才能やら自然の現象やら探求の結果やらと、それは多岐にわたる理由が存在する。それら何かしらの理由によって発見された魔法を解析して解読を終えた時、それは技術となる。つまりは「学び、教えることができる現象」ということだ。
釘を金槌で木板へと真っすぐに打ちこむ。自力では外せないような固い紐の結び方をする。木の枝と石を用いて火を熾す……それらは学べるし、誰かに教えることができる。文章や図説によって手段を残し、伝えることもできる。
不思議だった現象も、要素を分解して理解できてしまえば意図して再現したりだれかに再現を頼むことも可能となる。そして、そうなってしまえばそれはもう、不思議でもなんでもない。人々の知恵、技術の一員だ。
つまり魔術=技術でもある。人の扱える文化・文明の一部に組み込まれた魔法は不思議でもないので魔術とすら成り得る。
これら魔法の解読を行うことを“解術”と呼称し、その専門家もある。現代で最も高名な解術士はかのチャールズ=オルドゼアであろう。
不思議/不可能とされるものを常識/可能とすることの偉大さは計り知れず、だからこそ多くそれを成したオルドゼアは国王直々に国位(※貴族の位)を勲章と共に与えられた。帝域ではこのように“魔術”が盛んなのである。
では霊術はというと……これは経緯からまるで異なる。
霊術は聖圏における魔術と言える。ただこれは“不思議なものを不思議なまま使っている”というものだ。
イダシアの最頂部から触れられる【硬い部分】を削ることで得られる知識。これをそのまま使えそうなら使う、という体制で扱っているものが霊術である。
霊術は霊具化などで日常的に用いられているが、それらすべてが完全には解っていない技術。むしろ技術と呼んでいいのかも怪しい代物。
そんなものをどうして使い続けるのかといえば……それらは【女神の天啓、神託の一遍】とされているからだ。
「女神様が授けてくれたものだから大丈夫」という考えこそが使用倫理の全て。何せイダシアの頂点(深部)で行われていることは女神に触れる行為とされているから……保障する道理もないのだが、触れた女神からもたらされた知識ならば安全に違いない、ということらしい。
このように魔術と霊術は成り立ちから使用する感性から、何もかもが異なる。共通する点といえば「便利」だとか「不思議を根源とする」くらいであろう。
ウルスガンド家はその始祖たる兄弟が霊術の実用化を広めたことから高名となった。そうした霊術の実用化を「天啓の解釈」とも呼ぶ。
天啓の解釈によって名を高めたウルスガンド家。中でも今もって明らかに影響が大きいものは「浄化生命線」であろう。
これは女神の金属を経由させることで液体などを清浄な状態に変換するというものだ。ようは「女神の金属によって様々なものを浄化する」というもの。
その効力性から“女神の偉大さ”をより実感できるものとして実用化に際して大いに評価された。とくに大教父から直々の絶賛を受けたこともあり、ウルスガンド兄弟の名声はゆるぎないものとなったのである。
それから数百年が経過しても変わらずウルスガンドはイダシアの名家であり、セイデンの階層にウルスガンドありと、聖圏の繁栄を象徴する1つの要素とすら思われている。
ウルスガンドの家は繁栄の証のようにそれぞれが城を持つが、とくに小ウルスガンドの城は純白の色合いと余計な装飾のない外観から「最も美麗な家」と呼ばれる。
ウルスガンドの白城と言えばこの小ウルスガンド城もそうだし、彼ら一家をそのまま意味する言葉にもなる。
「――――ふぅ。お勉強も嫌いではありませんが、いつもながら教義の解釈はちょっと疲れますわね。いえ、私別に教えの理解に関して興味ないだなんてことはありませんことよ? それは誇り高きセイデン、ウルスガンド家の私ですものっ! ……ただ、なんといいますかね。聞いてて時折……う~~ん。いえ、こんなこと聞かれたお父様に叱られてしまいますわ!」
「・・・・・。」
陽射しの最も明るい時間帯。ウルスガンドの白城は煌びやかに白く輝いて見える。
「――ま、本日は早く終わって良かった良かった♪ さ~~て、しかしこれだと時間が空いてしまいますわね。退屈ですわ~~~、ネ?」
「・・・・・。」
白城のバルコニー。4階部分に設けられたそこは殊更に日当たりのよい場所。
「・・・あ~~~あ。私、退屈ですわ~~~、ヨ?」
「・・・・・。」
白いテーブルに白い椅子。そこに現在、少女と青年が並んで座っている様子がある。
「・・・・・?」
「・・・・・。」
「・・・って、ちょっと! 聞いてるの!? た・い・く・つ・だって言ってるのよ!!」
「――――だわっ!? う、うるさいな!! あ、いやうるさいですよお嬢様!! なんですか!!?」
耳元で叫ばれたので驚いた。
黒いタキシードの青年、執事見習いのストレイドは跳び上がるように椅子から立ち上がる。
叫んだ張本人である豪奢なドレス姿の少女、アルフィースはきょとんとして青年を見上げた。
「なによ、そんな大袈裟にしなくたってよくない?」
「大袈裟なものか! 急に耳元でこんなことされたら、誰だって驚くでしょうよ!」
至って平然とした少女と逸る鼓動を抑えて息を短く繰り返す青年。
アルフィースは青年の様子を横目にしながら深く椅子の背もたれに背を預けた。なんとも偉そうな姿勢である。
「ふ~~ん。まぁ、ともかく私の声が聞こえているようでよろしいですわ……それで? どうするのかしら??」
「はぁ、はぁ……いや、何が!? どうするってなんのことです!? どうもしないですよ、あ~~~びっくりした。まだ心臓がバクバクと――」
「――た・い・く・つ! 私はそう言ったのよ。ほら、私の執事様? 主がこのように言っているのだからなんとかしてくださいな!」
バタバタと両足をうるさく騒がせるお嬢様。見習いの執事は額に手を置いて空を見上げている。
「はぁ? ……退屈って、そうか今日はもう稽古も無いのか。なまけるわけでもなく、時間が空くなんて珍しいか」
イダシアの歪んだ螺旋。その先に広がる空は青く、今日は曇りも雨も予報にない。
「私、なまけることなんてないですわ~~。ちょっと体調が崩れやすいだけですわ~~。」
「そうすか? はぁ、まぁいいや……しかし退屈と言われてもなぁ」
「ねぇ、そうだわ! 今日は晴れるのでしょう? 久しぶりに“下”行きたい。ほら、あなた付き合ってくださいまし?」
アルフィースが“外”を指さす。ここで言う「外」というのはバルコニーの外。城の外の、さらに先。
イダシアの塔、その下に広がる広大なるイダシアよりさらに広大な居住地。
庇護地と呼ばれるそこは女神の慈悲により護られた安全な地とされている。
このイダシアを中心として栄えた塔下街であり、そこには何十万という人々が生活を送っている。帝域の中心地たるオーヴァルキュアに比肩される聖圏の大都市だ。
イダシアの塔もその一部みたいなものに見えるが普通は一緒くたにはされない。何故なら生活する人々の高位がまるで異なるから。
イダシアの地表部であろうがこの塔に出入りできる時点でそれ以外の人間とは別格となる。帝都人には理解されにくいが、この「格」とは“偉い/偉くない”ではなく「高い/低い」ということを意味する。住居の位置ではない、ここでの高さとはすなわち「協会からの理解度」=「教父連座からの信頼」を意味している。
つまりは聖圏で絶対的な信仰対象である女神と、その意を受ける最高位の教父達、これによる“お墨付き”の量が高さとなる。ウルスガンド家などが功績によって名を上げたというのはこれに該当する。
もっとも、本来の意味としては教父連座など問題とはなっていない。あくまで彼らは代理であり、【大教父】が健在な時勢であれば全てその意思――いや、女神の神託によって事は決定付けられる。
ただし歴史において大教父が健在である期間は長くない。したがってそれは実に断続的なもので大半は教父連座が聖圏社会を取り仕切る。
ちなみに現在、大教父はイダシアの最頂部にて健在している。
「――――下に行きたい、と言われてもねぇ。やれやれ……バレたらアザール様に叱られてしまいますよ?」
「何よ、私は叱られたってかまわないわ。それにこれも高位なる者の務めよ? 下界を知り、人々を導く存在となるべく知見を深めることは悪いことでないはずですわ!」
「いや、だから叱られるのは私なんですって。別にお嬢様が叱られようがなんだろうが、それはあんなの叱っている内に入らないし。だいたいアザール様が甘やかすからこんな御転婆に……あ、これ失言か?」
「なぁ~~にをグチグチとぉ!? というかですわね……もう“降りちゃった”のだから今更文句を言わないでくださいますか!? ほらほら、楽しみましょうよ♪」
地上である。アルフィースとストレイドはイダシアの塔を降りて地上に降り立っていた。
塔の地表部には厳重な警備が敷かれている。
等間隔に配置された巨人騎士達が不動のまま庇護地とイダシアの境界を24時間体制で完全警備。聖圏においてこの光景は観光の1つとなっており、最近は巨人騎士の影に入ってその大きさを実感しながら記念撮影をするのが流行り。近年実用化された霊写板がそもそも流行の最先端ということもある。
アルフィースはもう巨人騎士など見慣れたもので記念撮影も何もない。ただしっかりと霊写板は持ってきている。というかストレイドに持たせている。
首から教団証のように霊写板をぶらさげた青年。タキシード姿ではあまりに律儀なので今はテキトウなジャケットを羽織ったごく普通の下界人染みた恰好をしている。
アルフィースもあまり目立ってはよろしくないので豪奢なドレスではない。それにしたって装飾品が高価なものばかりでかつ、そもそもが父親譲りの容貌によって黙っていても注目はひいてしまう。
振る舞いも結局はお嬢様らしくはあるので危険がないようにと、神経を使うからストレイドはここに連れて来たくなかったのである。彼自身はここが出身なので慣れたものだが、潔癖なセイデンとここでは治安に大きな違いがある。大教父健在期なのでここ数年は一気に平穏となったが……。
「騎士様達はいつ見ても立派ですわね! でも、それだってウルスガンドの偉大な功績ですのよ、ご存じでして?」
「はいはい、それ前も言ってましたよ。あいにく俺……私はそういう話し苦手なんでね。お嬢様もあんまりここでそういうこと――」
「ちょいと! ストレイド、あなたその話し方やめてくださいな。ほら、下界に来たのだから頼みますわよ!」
「・・・・・へいへい。解ったよ、アルフィース……こんなんでいいか?」
「――――うんっ!! エへへ、それじゃあ……まずはあっちね、付いてきなさい!」
頬を掻きながらストレイドは砕けた口調を使ってみせた。
彼の態度に満足したアルフィースは弾むように走り始める。
「……ったくよ、結局命じてるじゃないか。あんたは主で俺は従者。命じる者と、命じられる者だ……それは揺るがない事実なんだ。護らなければならない、秩序だろう?」
ストレイドは少し立ち止まって言葉を零した。それは御転婆な少女に向けたものではなく自身への問い/自戒である。
「ちょっとぉ~~、早く来なさいよ! ほら、ストレイド~~! 私、迷子になっちゃうわよ~~♪」
空いた距離の先で手を振る少女。可憐な姿と大きな声に庇護地の人々は振り返ってでもその姿を注目した。
「やっべぇ!」と、ストレイドは慌てて駆けた。そして少女を守護するように人々の間に立ちふさがる――ことで彼女から視線を外して周囲を鋭く警戒する。ジャケット裏に携帯する細剣、その柄に指を置きながら。
それで、そうすると解っていた。だから少女は青年の背中を指先でつついてやる。
「うわ、くすぐったいなぁ! なにすんだ、アルフィース!」
「ちょっとぉ? そんな手練れた動きをなさらないでよ。それこそ目立ってしまいましてよ、ストレイド?」
「・・・こんな動きをさせたのはダレだろうな?」
「さぁてね、あなたが勝手になさったのでしょ? ほら、それよりあれ食べたい。見てよ、串に飴玉が刺さってましてよ!?」
「あ~~~~……はいはい。わかったよ、ええと幾らだ? なになに、400PLね……って。高っけぇなオイ! たかが飴だろうが!?」
「幾らだっていいじゃないの。あっ、あれも欲しいわクジラさん♪」
「いやいやアルフィースよ。こんなのはきっとぼったくりで……いや、まだ買ってねぇよ! どっかいくなって。あのなぁ、これも何度も言うが世の中には会計ってものがあって……って、だぁぁ! ったく、ほら会計!! 早くしてくれ、見失っちまう!!」
串に飴玉を5つ刺したお菓子を購入したストレイドは駆ける。そこではクジラのぬいぐるみを抱えた店の男性がオロオロとしている。
「あの……後でこれを購入する方が来るって……もしかしてあなたですか? 保護者の人?」
「う~~ん。はい、そうです。保護者の者で~~っす☆ はいはい、お幾ら? さっさとしてくれまたどっかいっちまったよ!」
「はい、じゃぁ6万PLです。よろしくお願いします」
「はいはい、6万・・・・・ろろろろ、ロクマン!?!? これが?! このっ、このなんかわからん生き物っぽいやつの人形が!? ロォクマン!!?」
「はい。お願いします」
店主は揺るがない。ストレイドはさすがに戸惑っていたが……よく考えれば自分のお金ではなく、執事主任から預かってきた分厚い財布の中身から出るモノなので気にしないことにした。
「・・・っとに、さすがはウルスガンド様だよ。実際、別に値段なんて6万も400も変わらんのだろうが……やれやれ、あの娘に付き合ってるとこっちまで価値観が狂っちまうよ」
「あら、“狂う”って何て言い草かしら。価値観なんて正解も不正解もないのだし、むしろ狂っているのは実のところあなたかもしれませんわよ?」
「い~~や、そっちが狂っているね。まぁ、それは言い過ぎかもだが明らかそっちが少数派だよ。あのな、俺が子供の頃なんかは400PLなんてあったらそらもう・・・・・って、ドワァ!?!?」
「あっ、お金落とした。なんてはしたないのかしら、人から預かったモノをぞんざいに扱って……うっふふふ♪」
アルフィースが居た。いつの間にか背後に立っていた少女が嫌味のようなことを言うものだから、ストレイドは驚いて紙幣を落としてしまった。
紙幣を拾いながらストレイドが首を気だるそうに振る。
「~~~~~ッ、やれやれ。嬉しそうにしやがってよ……俺はいたずらの玩具じゃねぇんだぞ!」
「ええ、玩具ではありませんが玩具みたいなものですわ。だって、遊んでいると楽しいもの♪」
「・・・へいへい、そりゃ結構なことで。まったく、困った御転婆お嬢様だこと……」
「今はお嬢様ではなくってよ。そうね、あなたの……お友達、でいいのかしら?」
「ほらよ、支払い――――ん、なんか言った?」
「――――あはは、別に。そうね、そうよ……お友達、ね」
「ん? どうかしたんすか、具合でも悪くなった? 戻りましょうか、いやそれよりどこかで休んで……まったく、急に走ったりするから。普段運動なんてあんましないのに――」
「そんな、休むなんていい――――いえ、そうね。休みましょう。少し、身体が熱い気もするから……」
「え、本当ですか!? そりゃダメだ、どっか……ああ、そうそう。確か近くに休める屋外喫茶点が……まだあるかな?」
ストレイドは小脇にくじらのぬいぐるみを抱え、串に刺さった飴玉を持って、空いた腕で少女の身体を支えた。
そうしてしっかりと彼女を寄り添わせながらゆっくりと歩き始める。
少女の歩幅に合わせて歩く青年。その身体に身を預ける少女は確かに熱があるらしい。
気候は暑くも寒くもなく。風は静か。
駆けまわった熱はすでに引いている。
だとすればその熱は風邪か、それとも――――――
|オレらはモンスター!!|




