アッチの人
ちょっと内容にシリアスさを含みます。ご了承ください。
「…イセカイ?」
ユウは世界にそんな国あったっけな顔をしている。
地理とかちゃんと勉強したつもりだったけどまだ知らない国あったんだなぁとでも言いたげに一生懸命脳みそをこねくり回しているようだが、どんなにインテリジェントな人もイセカイって国は知らないだろう。
だって、無いもん。
たぶん。
ここで弱気になっちゃうあたりが、ちゃんと勉強してない奴の困るとこ。
…無いよね?
ユウがうんうん悩んでいるので、答えを教えてあげることにした。
「カタカナじゃなくて、異なる世界、って書くやつね。」
「ああ、そっちか。って!おい!」
ノリツッコミがばっちり決まって私の肩が吹き飛びそうになる。
脱臼癖があるからそういう乱暴なことはよしてほしい。
「何よ。」肩を押さえながら文句を垂れる。
「ほんとに、違う世界から来たの?」
「私に聞かれてもねぇ。あっちなみに、私は正真正銘福井出身。コッチの世界で生まれ育ちましたよ。」
「嘘じゃなくて?」
「そんなウソついてどうすんの。」
「たしかに、サラちゃんの目が泳いでない。」
そんなにわかりやすいのか、私。
「…私からご説明します。」
安っちいカバンの住人がそう言った。
お出かけは延期になりそうだ。
とりあえずってことで安っちいカバンの人の部屋にお邪魔してお茶をもらい、一息ついたところで住人が話を始めた。
「私はサーヤと言います。ここでは『さあや』と名乗っていますが。」
そう言ってさらさらと漢字で「紗彩」と書いて見せてくれる。
「私は8年前にここに来たんです。」
なるほど。それでこんなに日本語が流ちょうなのか。
「で、ミリーも同じ、と。」
「ええ。」
サーヤの話は長かったが、まとめるとアッチの世界で雷に打たれて、気が付いたらコッチの世界に倒れていたらしい。ミリーも同じ経緯でここへ来たようだ。サーヤはこれまでに同じような人に出会ったことはなく(出会っていたとしても気付いたことはなく)、帰る方法も知らない。
「そっか…」
帰る方法、知らないのか。
「サラさんは、ミリーに向こうの世界に帰ってほしい?」
「いや…帰ってほしいとは別に思ってないけど。でも、ミリーだってこの年齢だから家族とか居たんじゃないかなって。帰りたいと思ってるなら、方法を見つけてあげられたらなって思ったけど。サーヤさんが8年も探しても見つからなかったんだとしたら、見つからないのかもね、もう。」
「…そう、ね。」
サーヤが沈んだ声を出す。
「含みがあるように聞こえるけど。」ユウが明るい口調でサーヤの顔を覗き込んだ。「まだ話してないこと、あるんじゃない?」
サーヤはぎくりと肩を動かした。
恐ろしい尋問官だな。
「ユウ、いいよ。話したくないことまで聞き出す必要はないんじゃない。」
ユウを止めようとしたが、逆にサーヤがそれを遮った。
「いいえ。ちゃんと話すべきね。」
そう言ってからサーヤはふーっと息を吐いた。
吐ききってから大きく吸う。
そして一気に言った。
「ミリーと私は二人とも雷に打たれたって言ったでしょう?あれはね、偶然じゃないの。」
「偶然じゃない?」
「伝説があったの。雷の日に、城の裏の崖から飛び降りたら別の世界へ行けるって。」
チョイ待て。
聞き捨てならない言葉がいくつかあった。
伝説。
城。
飛び降り。
「え、じゃあ、ミリーもサーヤさんも、別の世界に行きたくて雷の日に城の裏の崖から飛び降りたの?」ユウが問いかけると、サーヤはうなずいた。
「え、ちょちょ、じゃあ、ここに来たくて来たってこと?」
「まぁ、別世界っていうのがどんな場所だか知らなかったし、伝説なんて半信半疑だったけど…そうね。そういうことになるわね。」
「ていうか、伝説がもしただの伝説にすぎなくて嘘っぱちだったら、2人とも死んでたってこと?」
おおうっと自分の肩に腕を回してぶるりと震えると、サーヤは真剣な目をして言った。
「そうよ。そうなってもいいって、思ったの。」
わああああああああ。
私はわけがわからなくなって意味のない言葉を放つ。
「サラちゃん、落ち着いて。」
ユウに言われるが、これが落ち着いていられますか。
「死ぬかもしれないけどそれでもいいやって思って崖から飛び降りたらこの世界にやって来た、と。」
「そうなの。だから、8年間、私はここに溶け込む努力は惜しまなかったけど、向こうに帰る方法は探していないの。」
なんなのこの唐突なシリアス展開は。
「命は大事にしなさい!」
ドンとテーブルに湯呑を叩きつける。
「そうよね。ごめんなさい。でも、私…大切な人を失って…あの人に愛されないなら生きている意味なんてないと…」
なんだそれは!メロドラマか!
「失恋くらいで何言ってんの!ダメ!ダメだよ!生きなさいよ!あれは確かに、確かにつらいけど!つらいけどさぁ!私も痩せちゃったけどさあ!でも、ダメだよ!」
ぜえぜえと肩で息をしていると、ユウがそっと私の肩に手を置いた。
「サラちゃん、落ち着いて。サーヤさん、今生きてるから。」
「そりゃ、そうだけど。てゆうか、よかったね!生きてて!」
そこまで言ったところで私はとんでもないことに気付き、ミリーを見る。
話の内容なんてちっともわかってないんだろうけど、私の反応で何を話しているか察したのか、ミリーはぴくりとしてから肩を落としてうつむいた。
「…ミリーも、死のうとしたの?」
サーヤが首を縦に振る。
「でも、今はもうそんなこと思ってないって。」
「…そう。よかった。」
「ただ、私とたぶん同じ。帰りたいとは思ってないと思う。」
「そう。」
「サラちゃん。今日は、ミリーをここに泊めてもいい?ゆっくり二人で話がしたいの。」
「うん。」
私とユウは何となくトボトボと部屋に戻る。
「ミリー、何があったんだろうね。」
「ね。ていうかサラちゃん、失恋したことあるんだね。」
「21年も生きてればね。一つや二つはね。」
「…2回も失恋したの?」
「1回だけどね。」
「俺19年も生きてるけど、ないよ。」
「そっか。無い方がいいよ。失恋なんてさ。」
「そっか。」
「てゆうかこれ、ドッキリとかじゃないよね。」
「ちがうだろうね。」
「まぁ、私にドッキリなんか仕掛ける人いないんだけどね。誰が喜ぶんだよって感じだし。」
「友達とか、家族とかは喜ぶんじゃない?」
「友達も家族も、いないからなぁ。」
ぽつりと言うと、ユウがえっと声を上げた。
「サラちゃん、家族いないの?どういうこと?」
「親にはとっくに勘当されてるし、友達とももうしばらく連絡取ってない。」
「…余計なこと聞いちゃったね。ごめん。」
「いや、全然。言いたくなかったら言わないから。親に勘当されたのも、友達と連絡取れなくなったのも、失恋したのも自業自得だから。」
明るく微笑むと、ユウは少しさびしそうに微笑んだ。
「もう一個余計なこと聞いていい?」
「何。」
「失恋と勘当、関係あるの?今の話、関係ありそうに聞こえたけど。」
「アリアリだよ。」
「…聞いちゃダメ?」
「…暗い話なんですけど。」
「いいよ、暗くても。」
「高校卒業した後、地元の専門学校入ったんだけど、そこの先生が超かっこよかったの。」
「サラちゃんが『超かっこいい』なんて言うと思わなかった。」
うるせぇ。
私にだってキャピキャピしてた時代はあったんだ。
「20歳くらい年上だったんだけどね。」
「えっおっさん?」
「うん。おっさん。超かっこいいおっさん。」
「まさか…」
「そのまさかですよ。おっさん、妻子持ち。まぁ、諦めますわな。ってゆうか、おっさんだからね。『先生超かっこいい!ダンディー!』って友達と騒いでただけだったの。でも…」
「でも?」
「まさかの、おっさんからのアプローチを受けまして。」
「おい、おっさん。」
「18歳のいたいけな乙女はすっかり恋に落ちまして。」
「おいおい、ちょま。」
「奥さんと別れるからと言われれば、そうですかと信じ。
奥さんが分かれてくれないと言われれば、それはかわいそうにと思い、
離れたくないと言われれば、私もですと言い、
仕事でどうしても東京に行かなくちゃならなくなったと言われれば、そんなと叫び、
もう会えないと言われれば、そんなの嫌と泣き、
さようならと言われれば、私も行くと。」
「…もしかして、ついて来たの?」
「ビンゴ。」
私は指でっぽうでユウをバーンと撃ってやった。
「入ったばっかりの学校やめて、20歳も年上の先生追いかけて上京。そりゃあ勘当もされますよ。友達にもずいぶん反対されて、それでも押し切って上京したのに結局ダメで、あまりにも自分がみじめだから連絡取らなくなったの。」
ユウは黙って聞いている。
「バカだったって、今は思うよ。なんで信じたんだろうって。あっけなくフラれるまで自分の立場なんか全然わかってなかった。周りの冷静な忠告に耳を傾けなかった罰。」
はははーと軽く笑うと、突然視界が暗くなった。
2秒くらいしてから、ようやく自分がユウに抱きしめられていることに気付く。
なんだ、これもやけにドラマチックな展開。
「サラちゃん、一人で乗り切ったんだね。」すぐ近くでユウの声がする。
「ウン。えらいでしょう。」
「頑張ったね。」
まったく、子ども扱いしおってからに。
私の方が3つも年上だっつーのに。
あれ…あれ…?
なんでこんなことに…
シリアス風味な展開はここで一旦おしまいの予定です。コメディーなのにすみません。