初めてのお出かけ2
しばらく辺りを歩き回り、運良く雫のズボンを発見した後。
セレスと人型になった雫は二人で悩んでいた。
「なんだろ、あの声……」
「声なの? 僕、獣が吠えてるのかと思ってた」
「あー、その可能性もあるね」
ある方角から、唸り声のような、雄叫びのような、なんとも言い難い声が聞こえてくるのだ。人の声に聞こえるセレスは、行くべきか避けるべきか悩んでいる。
「もしかして、何かの動物に襲われているのかも……どうしようか、雫」
「セレスはどうしたいの?」
「気になるから、調べたい、かな……」
「なら行こうよ。こっそり見るだけなら大丈夫だよ、きっと」
「そう、かな」
まだ心配ではあったが、セレスは雫と二人で声の聞こえる方へと足を運んだ。
そして後悔した。
「ふしゅおおお……」
男は腹の底から息を吐き出すと、ぐっと息を止め、目を見開いた。次の瞬間、男の両手が岩にかかり、一息にそれを抱え上げる。
「うおおお! 次こそは! 次こそは!!」
巨大な岩を抱え上げたまま、スクワットを始める男。
この男こそが、奇妙な声の元だった。
「うわー……」
いったいどこの世紀末的な覇王だよ、とセレスはどん引きである。
まだ若いようだが、髭がもじゃもじゃで人相はよくわからない。そしてマッチョ。金髪でマッチョ。長身でマッチョ。とにかくマッチョであった。
「……戻ろうか、雫」
セレスは見なかった事にしようと思った。しかし。
「うわあああ、あんなおっきい岩を……すごい!」
「あっ、雫!?」
雫は蒼の瞳をきらきらと輝かせながら茂みから飛び出し、マッチョ……ではなく、男に向かっていった。
「うおっ!? なぜこんなところに子供がいるのだ!?」
「あのね、僕、雫! おじさんは? 人間だよね? なんでこんな大きな岩を持てるの?」
「うむむ? この岩か」
「うん! どうやったら持てるようになるの?」
「知りたいか。それはな……」
「それは?」
「愛だ! わっはっはっはっ!!」
「愛かー僕も持てるようになりたいなー」
セレスが呆気にとられている間に事態は予想外の方向に転がってゆく。
はっと我に返ったセレスは慌てて雫に駆け寄った。
「雫!」
「おう。こんどは嬢ちゃんが出てきたか」
「あ、セレス! 愛があれば力持ちになれるんだって!」
「そんなマッチョの言う事信じちゃダメ!」
「……マッチョってのが何かはわからねぇが、なんとなく貶されてる気がするな」
もはやてんやわんやの大騒ぎであった。
「……なるほどなぁ。つまり、迷子なんだな」
セレスの話を聞いた男は髭を撫でながら考え込み、ややしてそのように言った。
迷子。遭難中だと感じているセレスはなんだか脱力してしまう。相当ぼやかして伝えたのでそうとしか考えられないのかもしれないが。
(家はわかるけどたどりつけない。どうやって帰れるかもわからない。保護者が迎えに来るのを待ってる――だもんね。確かに、遭難というより迷子っぽい。でも、こんな森の奥で迷子って……普通考えるかな?)
そこまで考えて、ふとセレスは男が持っていた岩を見た。直径がセレスほどもある巨大な岩だ。普通なら持つなんて考えないだろう。ましてや、持ったままスクワットなんて。
(……そっか、普通じゃない人なんだ)
セレスがそっと頷き納得していると、男は髭を撫でるのをやめてにかっと笑った。
「よし、ならお前らの親が迎えに来るまで、俺が一緒にいてやろう。ここらへんは魔獣は出ないが、普通の獣は出るからな。なにかあったら俺も寝覚めが悪い。いいな?」
男の申し出に、セレスと雫は顔を見合わせた。なんとなくだが、この男は信頼できる気がする。裏表がないというか、どこか懐かしいというか。
(懐かしい? ううん、まさかね)
ふと芽生えた可能性をあっさり否定し、セレスはさてどうするべきかと悩む。
「セレス、どうする?」
「そうね……お願いしようか」
野生の動物が出た時の事も視野に入れて、セレスは男の申し出を受ける事にした。男はさらに笑みを深め、セレスと雫を交互に見る。
「決まりだな。俺の名前はリューグ。嬢ちゃんがセレスで、坊主が雫だな。よろしくな!」
「よろしくお願いします」
「よろしく、リューグ」
セレスはきちんと頭を下げ、雫はそんなセレスを見ながら真似をして頭を下げてみる。
リューグと名乗った男はにかにかと笑いながら、子供二人に向かって「任せとけ!」と請け負ったのだった。




