第7話:注意一生、怪我一秒①
『…華…朝よ。今日の朝ごはんはなんとホットケーキ!はちみつかけて、食べようね』
その声に引かれるように、ゆっくりと意識が戻っていく。
目覚まし時計がなるより先に、目が覚めた。
すごく久しぶりにお母さんの夢を見た。
小さいうちにいなくなったから、ほとんど覚えてはいないけれど……。
寂しさと嬉しさが入り混じる、複雑な目覚めだった。
のそりとベッドから起き出して、床に足を下そうとした瞬間――
「う゛ッ」
うめき声が聞こえた。
足の裏に伝わるやわらかな感触に彼がいる事を思い出した。
反射的に飛びのいたが、少し遅かったようで、床で丸まっていたシロを踏んづけてしまった。
「……っ!ごめん!」
「う、う~ん……」
謝ってはみたものの、まだまだ彼も寝ぼけているのか、生返事だった。
見慣れない男の子を見下ろしながら、ぼうっとした頭でいつも通り自分の部屋から一階へと降りる。
朝の支度を終え、ダイニングテーブルに着く。
シロは、というと、私がバタバタしている隙にちゃっかりソファへ移動して、優雅にゴロゴロしているところだった。
今日もお兄ちゃんとお父さんはもう家を出たようだ。
おにぎり2つと野菜たっぷり具だくさんのお味噌汁、そしてかわいいうさぎさんのピックがささった卵焼きが置いてあった。朝が弱い私にはこのさっと食べられる朝食は本当にありがたい。ただ、お母さんの夢の余韻が胸に残っているせいか、今日の朝ごはんは、なぜだか少しだけしょっぱく感じた。
お母さんの写真へ『いってきます』を言ってから、靴を履いて自宅の門を出る。
九月の終わり、朝は少し肌寒くなってきたからそろそろ長袖の出番かな、なんて待っていたら、ちょうど友達が迎えに来てくれた。
「おっはよー!華!お、今日は顔の絆創膏ナシ!傷も少ない!ラッキーデーだ!」
彼女のトレードマークであるポニーテールが、後ろでぴょんぴょんと跳ねている。
いつも元気で前向きな性格の『方波見三葉』は、小学一年生の時からの私の親友だ。この明るい性格と真っ直ぐな物言いは昔から変わらなくて、私はその安心感にいつも救われている。
「おはよう、三葉は今日も元気いっぱいだね」
「もちろん、元気だよ!あ、そういえば昨日の宿題、難しかったよね」
そうにこやかに話す三葉の視線は、私の顔に固定されたままだ。すぐ後ろに、奇妙な男の子が腕を組んで立っているというのに、そちらを気にする様子は一瞬たりともない。
(あれ?三葉には見えていない……のかな?)
少し迷ったけれど、私の後ろで腕を組んでいるシロが見えるかどうか、三葉に問いかけてみた。
「……ねぇ、三葉。私の後ろ、なにか見える?」
「えぇ?華の後ろ?なんにもないよ?どこか怪我した?」
私の周りをぐるぐると何周も回って見てくれる三葉に、友の優しさを感じながら、この質問をはぐらかすしかなかった。
不思議そうな顔をした三葉は、いつも通りまっすぐ前を向いた。私のすぐ後ろにいる存在には、全く気づいていないみたいだ。……やっぱり、シロは三葉には見えてないんだ。
「ううん。何でもない」
「そう?じゃあ、今日もはりきって学校へ行こー!」
えいえいおー!と気合を入れ、私と三葉は、並んで学校へ向かって出発した。
道中、私たちの後ろをのんびりとついてきていたシロはというと、校門が近くなったところで足を止めた。
「さすがに教室の後ろ座っとって、華に見えてしもたら、授業に集中できんやろ。 お勉強は大事やからなぁ。まぁ……いつも家や学校の中やったら、そんなに怪我もしてへんし、僕は華に見えへん所で適当に待っとるな」
ひらひらと手を振って、シロは校門をくぐる前にすっと姿を消した。




