表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一蓮華《いちれんはな》は溺愛白狐《シロ》に守られている  作者: 猫邑 ゆか
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
59/66

第56話:水底からの迎え

※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。

 おじいちゃんの手伝いを終えて、家に帰る前に気になっている蓮池へと歩を進めた。今日は何故か、呼ばれているような気がするのだ。


 私が蓮池を覗こうと池の縁に手をかけると、シロが溜息をつきながら軽口を叩いた。


「そんな近づいたら鯉にまた水掛けられるで」


「さすがに二度はないよぉ」


 シロの冗談を笑い飛ばそうとした瞬間、池の中が揺らめき――その直後、滝のような水しぶきが天を突き上げる。


 大きな水音とともに池の中から出てきたものは見上げるような大きな人。


――いや、人じゃなかった。


 碧色へきしょくに染まった、ぬらぬらとした長い尾。そこから滑らかに繋がる人間の上半身。明らかに人ではないそれにジロリと射抜かれ、私とシロは金縛りにあったように動けない。


 首がゆっくりとこちらへ向けられる。ただそれだけで、心臓が早鐘を打ち、冷や汗がとめどなく溢れた。


「我の花嫁。迎えに来たぞ」


(……!?)

 

 ただただ、内臓を冷やされるような威圧感。声を出そうにも、喉が張り付いたように音にならない。本能的な防衛反応が警鐘を鳴らす。視界に入ったシロもハクハクと息をするだけで精一杯だ。


 これは――畏れ。


「何を惚けておるのか……」


 不思議そうにこちらを見ながら、それは何かに気が付いたように手を打った。


「あぁ。名前を告げねばならなかったな。お初にお目にかかる。――我の名はオロチ」


 不気味なほど紳士的に、それは微笑んだ。


「風を吹かせ、雨を恵み、泥を肥し、嵐を纏わせて、水神たる我が手ずから育てた――我の花嫁。 気が急いた時もあったがよくぞここまで育ってくれた」


 丁寧な言葉とは裏腹に、意味不明な言葉が脳に響く。


 ……ん?ちょっと待って。

 育てた?

 それに……嵐、雨、泥?


 滑って転んで泥だらけになったあの日も、突然の豪雨でびしょ濡れになったあの時も、擦り傷切り傷、打撲その他諸々。


 頭の中に駆け巡る、私の今までの不運。

 これまでの苦難が、一瞬で一つの線に繋がった。


 私の不運のすべてが、この『オロチ』とかいう奴の仕業だった……!?


 私は沸々と湧き上がる怒りに任せて大声で叫んだ。


「全部、あなたのせいなの!? 毎日毎日傷だらけで、今までどれだけの目に遭ってきたか……わかってるの!?」


 食ってかかる私を、オロチは心底不思議そうに首をかしげて見下ろした。


「何を言っている。せっかくここまで大切に育ててやったのに」


 吊り上がった口に、心まで射抜かんばかりの長大な牙が光る。その恐ろしい姿に、幼い頃の私のトラウマが蘇った。


 ――蛇だ。


 一度は解けた緊張がより大きくなり、私を侵食していく。だんだんと呼吸が荒くなっていき、足が竦んだ。


 オロチがこちらへとゆっくりと手を伸ばし、私の右腕に這わせ、手首を力任せに掴んだ。


 私はその存在を拒絶しようと、声を絞り出した。


「……蛇……いやッ……!お母さんッ……!」


「――あぁ、川に呑まれていった母親か。お前から一つずつ無くして、亡くして、心も身体も泥に沈めてやったのだ。泥にまみれた蓮の花こそ、それはそれは美しく咲くものだ。……幸せになりたかったのであろう? 蓮池へ願いを捧げていたものな」


 薄ら笑う目の前の化け物が、視界の中でぐにゃりと歪んでいく。


 嘘。


 あれは、『ただの事故』じゃなかった。

 お母さんが死んでしまったのは、シロのせいじゃなかった。


――全部、私のせいだった。


「…………お母さんっ……おかあさ……」


 もうここには居ないお母さんを、ただ呼ぶ事しか出来ずに、身体から力が抜け落ちていく。


「華ァ!!」


 オロチの意識が私に集中した隙を突き、シロが動いた。オロチが私を掴んでいる手をその尖った爪で掻き、私とオロチの間へと滑り込む。シロは鋭くオロチを睨み、牙を向いて威嚇した。


「なにが、水神の花嫁や。華は誰の花嫁でもない!!」


 けれどオロチの目には、シロが全く映っていない様子で、私だけをじっと見つめている。


「我の愛で満たしてやったのだ。勝手に命を落とさぬよう、壊れぬよう、慎重に、丁寧に、ここまで育ててやった。……やっと育てた花嫁が死んでしまっては元も子もないではないか」


 オロチはまた、何を言っているかわからないとでもいう様に、首を傾けた。


「大輪の花となるよう慈しんでやったのに。恩がありこそすれ、仇はないはず」


 私はこの妖が何を言っているかわからない。

 この妖の理屈がわからない。


 私が何も言えずにいると、業を煮やしたオロチは地響きのような大声を上げた。


「五百年も待ったのだ!……さぁ行こう、我が愛しき花嫁よ。恵みの雨は、命を育むのだ」


 オロチが両腕を広げた瞬間、身体を鞭打つような豪雨が降り注ぎ、すべてを薙ぎ払うような嵐が吹き荒れた。


 それなのに、私の身体は不思議と飛ばされない。


 気付けば私達の足は、太ももまで泥で覆われ、ぴくりとも足を動かすことが出来なくなっていた。


 じりじりとオロチの尾が這い上がり、ついに腰へ到達し、私の身体が蛇に巻き取られていく。


「華!!」


 こちらへ手を差し出し、私の名を叫ぶシロもまた、胸まで泥に飲み込まれていた。


「五月蠅い、狐。羽虫が音を出すな」


「……ッ!」


 泥が蠢き、シロの身体をねじり上げていく。彼の端正な顔が苦痛に歪み、骨の軋む音が不吉に響いた。


「……やだ!……シロ!」


 私もシロの方へと必死に身を乗り出す。伸ばした指先が、シロの尖った爪をかすめた。あと数ミリ、あと少しで、その温もりに触れられるはずだった。


 目を綻ばせながら、オロチは鋭い牙を覗かせて宣告した。


「……花嫁が我を拒む事が、万が一にでもあるのならば、見せしめにこのあたり一帯を水に沈め、泥で埋め尽してやる」


 オロチの言葉に、お婆さんの言葉が脳裏をかすめる。


(――生贄の娘を捧げないと嵐が巻き起こり、地は沈む)


 ここにはシロが、家族が、友達が、皆がいる。


 泥の中で悶え苦しむシロ。蛇の尾に絡め取られ、もう小さな声すら上げられない私。じわじわと命を搾り取られてゆく恐怖は、私の心を曇らせる。


「さぁこちらへ。我が花嫁」


 不気味なほど紳士的に差し出された手。


 吹き荒れる雨風の中で、私の心は音を立てて砕け散った。


 今、私が拒めば、シロは、この町は消える。


(――私の大切な人が居なくなるのは、もう嫌だ)


 シロへと伸ばしていた手を、震えながら戻す。

 そして――私はオロチの手を、その冷たい掌を取った。


 オロチの笑い声。

 ゴボゴボと水音がして、池へ引きずり込まれる感覚。

 遠ざかるシロの絶叫。


 私の意識は、暗く冷たい水底へと深く沈んでいった――。


お読みいただきありがとうございます。このお話の続きを楽しみにしてくださる方は、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。どうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ