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一蓮華《いちれんはな》は溺愛白狐《シロ》に守られている  作者: 猫邑 ゆか
第三章

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第53話:動き始めた心は

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 デカい虎と二人、雪山を走るバスの上。

 風を切る寒さの中、ミトラと僕は並んで座っていた。


 空を眺めていることにも飽きた頃、ずっと胸の奥で燻っていた正月のあの出来事を、ようやく切り出すことができた。


「……この間はすまんかったな」


 ミトラは視線を空に向けたまま答える。


「別にいいよ。あやかしは、たまに暴走する事があるから。……でも傷つけるのは良くないから、ミトラは怒った」


「……そうか。すまん」


「うん」


 僕も空の方へ視線を合わせ、一拍置き、意を決して訊ねた。


「ミトラは……璃九が誰かと楽しそうに話しとる時、イライラした事、あるか?」


「んーん? ミトラは別にイライラしない」


 ミトラは飄々としたものだ。


「正月のあの時。なんか、すごく腹の中がムカムカして、頭に血が上って、何も考えられんくなってん。感情が爆発したっていうか」


「シロ、神格下がったから余計にイライラがいっぱいになった」


「なんで、僕は、あんなに……」


 あの時、僕だけが一人、腹の底から湧き上がる黒い濁流に飲まれていた。華が笑いかけるたび、相手が憎くてたまらなくなる。そんなおぞましい感情が自分の中に巣食っていることに、僕はただただ困惑するばかりだ。


 ミトラは体勢を変え、腹ばいになり、腕に顎を置いてこちらを向いた。


「神格が下がるってことは、理性が弱くなる。我慢が出来なくなる。自分の欲望に忠実になる。獣になる」

 

 ミトラの言葉が、ゆっくりと僕の胸に落ちていく。


 華を独り占めしたい。

 誰にも触れさせたくない。

 華を自分のものにしたい。


 自分の中に、そんな強烈で独占的な欲望が渦巻いていたなんて。いや、気が付かなかったふりをしていただけなのかもしれない。


「難しいことじゃない」


 ミトラはこちらを一瞥して、ふっと鼻を鳴らし、ニヤリと楽しげに笑った。


「シロはさ、華のことが一番好きだってことだ」


 その言葉の意味が、脳内で反芻するよりも早く胸の奥に火を灯した。僕は目を見開いて、隣に座るミトラの横顔を見た。


「一番好きってことは愛してるってことらしいぞ!でもそんなイライラしたら、守護霊失格だ!これはもう、ミトラが華をもらうしかないな!ははは!」


「華は、僕の華や!」


 自分でも驚くほど素直な言葉が口をつき、隣で笑っていたミトラが静かになる。


 あのお正月の時のような黒くドロドロした感情なんかじゃない。もっと真っすぐで、熱くて、痛いほどの純粋な想い。


 僕が華を守るためにここにいる、それは紛れもない『愛』と呼ばれるものだろう。

 けれど、この気持ちは、守りたいだけの愛では無い。

 保護欲や、生ぬるい絆などではなく――愛しさも劣情も渇望も全部合わせた独占的な『愛』なのだ。


「これが『愛してる』……か」


 僕の呟きに、ミトラは満足そうに目を細めた。


 ミトラは、そんな僕を見透かすように、柔らかな色を帯びた瞳を向ける。そして、どっしりとした大きな前足を、僕の肩にそっと乗せた。


「華の事、よろしくね」


 僕の肩に伝わるその体温を感じながら、託された思いも乗せ、改めて胸に誓った。


 雪山を吹き抜ける風が、先ほどまでの刺すような冷たさを失い、どこか優しく僕を包み込んでいた。



 三葉が無事に保護され、あれこれと感情の激流に揉まれたスキー合宿から戻ってきた、数日後。私とシロは、ブンタさんに連れられて繁華街を歩いている。


 繁華街といっても、普通の場所ではない。ブンタさんに連れてこられたのは、いわゆる夜の街だ。


 まだ昼下がりだからこそ、この一帯は静まり返っている。けれど、中学生をこんな場所に連れてきて、このおじさんは一体何を考えているんだろう。


 隣を歩くシロが、時折、私の顔色をうかがうように、ちらちらと視線を寄越している。その顔は青ざめ、口をパクパクと金魚のように動かして落ち着きがない。


「おい!!ブンタ!!こんなとこ、華、連れてきたらあかんやろ!」


「いや、そっちは行かへん」


 ブンタさんはしらっとした顔で、前方とは別の方向を指差した。


「こっちや」


 ブンタさんの指が指したのは、ネオン街の喧騒から少し離れた、路地の奥。


 ゴミが散らばり、薄暗く、誰も足を踏み入れないような澱んだ空気が溜まっている。鼻をつくような埃っぽい匂いと、行き止まりの暗闇に、思わず足がすくんだ。


 派手な繁華街へ引きずり込まれるのかと身構えていた。けれど、こっちはこっちで気味が悪かった。


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