第52話:三葉と雪に舞う約束③
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雪道を、月光が煌々と照らしている。
柔らかい雪を確かめるように踏みしめ、私は山を降りていた。不思議な男の子は、時折振り返りながら、竹と竹を軽やかに飛び移るようにして帰り道を案内してくれている。
私一人だったら途中で心細くなって降りることが出来なくなってしまったかもしれない。けれど、この子がいるおかげで、不思議と足取りは軽くなった。
「じゃあな、三葉!絶対迎えに行くからな!」
山の麓まで辿り着くと、男の子はそんな言葉を残して風に乗って消えていった。
不思議な男の子だったなぁ。もしかして人間じゃないのかも。そんな事を考えながら歩いていると、宿の明かりが見えてきた。
(……ちょっと疲れちゃったなぁ。こんなに遅い時間になっちゃったなんて、先生にもしかられちゃうなぁ)
宿に近づいたとき、暗闇の中で懐中電灯の光が何本も走った。心配させないようにと、出来るだけ元気に大きく手を振りながら、光のある方へ声をかける。
「すみませーん!遅くなっちゃいましたー!」
慌てた様子でこちらへ駆けてくる人影は、先生たちだった。
「方波見さん!?良かった!心配したのよ!」
いつもは笑顔のちーちゃん先生も今日ばかりは眉毛をハの字にして私を抱きしめた。手早く怪我がないかを確認する先生の指先が、少し震えている。
「滑落した場合には、その場にとどまること!さっきまでの吹雪の中、ウロウロしたら本当に遭難してしまいますよ!!自力で戻ってこれたなんて、奇跡的な事ですよ!!」
「吹雪……?」
(天気は良かったはずなのに、おかしいなぁ?)
私の記憶では、天気は穏やかだったはずだ。違和感を覚える間もなく、ちーちゃん先生の隣に立つ人影と目が合った。
そこにいたのは、浅間先生だった。
普段とても穏やかな先生だとは思えないくらい、眉間には深い皺が刻まれ、額には血管が浮き出ている。髪を乱し、凄まじい形相でこちらを睨みつけていた。
「かたばみぃ!おかっらごだどぎ勝手にどごさ行ぐなっつて、しおりさ書いであったじゃろ!大事ねくてよがったども、なんがあったらオメェの親ごさ顔向けできへんやろが!わも、悲しぐてならねんだってば、この馬鹿が!!」
先生は一気に捲し立てると、私の肩を力強く掴み、それから長い長い安堵の溜息をついた。いつもとは別人のような、情のこもった怒声。あまりの迫力に、私は言葉を失って目を白黒させることしか出来なかった。
浅間先生にすごく怒られた――気がする。
正直最後の『この馬鹿が』しか聞き取れなかったけれど、すごくしかってくれて、すごく心配してくれていた事が胸にひしひしと伝わってきた。
「……すみませんでした」
「……分かればいいんです」
私が謝った瞬間、先生はいつもの涼やかな表情に戻った。
(……今のは幻? こ、怖ぁ……)
「ご家族へ無事を連絡してきます。後はお願いします。方波見さん、くれぐれも先生の言うことを聞いてください、ね」
ピリリとした圧力を残し、浅間先生は宿へと一足先に戻っていった。
◇
部屋のドアノブに手をかけ、カチャリと静かな音を立てた瞬間だった。
「三葉!!」
扉が開いたのとほぼ同時に、華や友達が、まるで雪崩のように飛び出してきた。
「みんな、ただいま!もう、大変だっ……」
皆の顔を見た安心感から軽い口調でそう言いかけた、次の瞬間だった。
バチンッ!
乾いた音とともに、私の左頬に強い衝撃が走った。視線を上げると、そこには大粒の涙をいっぱいに溜めた華が、震える瞳で私を睨みつけていた。
「三葉の、バカぁ!……もう、二度と三葉に会えないかと思った……死んじゃったかと思って……」
華の掠れた声を聞いたとき、ようやく理解した。自分がどれほど無茶をし、どれほどみんなを不安にさせてしまったのかを。同時に、頬の痛みよりもずっと深く、胸の奥底に友達の熱い愛情がじんわりと染み渡っていくのを感じた。
「本当に、ごめんね。……心配かけて。やっぱり、持つべきものは友達だなぁ」
目頭を熱くして皆をまとめて抱きしめた時、張り詰めていた緊張の糸がふっと切れたのか、私のお腹が盛大に「ぐ~~」と音を立てた。そのあまりの間抜けさに、湿っぽかった空気が一気に笑い声へと変わる。
「もう……三葉、おにぎりあるよ」
「うん!ありがとう!一緒に食べよう」
おにぎりを口に運び、ほっと一息ついたその時だった。
「そういえば、浅間先生がさ……」
華が言いかけた浅間先生の話題に、私の全身がこわばった。そして、ギギギ……と音を立てる古いロボットのような動きで、私はゆっくりと華の方へ顔を向けた。
「私さ、浅間先生にもしかられたんだけど、もう何言ってるのかわからない言葉でぶわーーって捲し立ててきてさぁ。……もうすっっっごい怖かったよぉ……!」
べそをかきながらおにぎりを頬張る私を見て、周りで聞いていた友達は、驚きと呆れが混ざったような表情で顔を見合わせている。
「……あの『怖い』っていう噂、本当だったんだね」
華がぽつりと呟いた言葉に、みんなが深く頷いた。
◇
結局、先生たちにも、友達にも、そして華にも、しっかりこってりとお説教をされた。安全のお約束は、絶対に守らなければならない。今回のことで、骨の髄まで理解したつもりだ。
「……でも、あの子は何だったんだろう」
白銀の山で交わした、雪に溶けるような約束。
「また、会えたらいいな」
そう呟きながら、私は雪に覆われた高くそびえる山を振り返った。
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次の章はこの物語の確信。
何故、華に不運が続いているのか?の章です。
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