第51話:三葉と雪に舞う約束②
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「いたた……」
山の上をすいすい快調に滑り降りていたはずの私は、何かに押されてコースからはずれ、雪の斜面を滑落した。
「あー……落ちちゃったな。スキー板は……どこかに行っちゃったかぁ」
大の字に寝転びながら、手をぐーぱーと動かして自分の状態を確認する。幸いなことに、ふかふかの新雪がクッションになってくれたようで、痛むところはどこもなかった。
「うん!手も足も痛くない!」
あたり一面、見渡す限りの真っ白な雪に覆われ、誰の足跡もついていない。まるで世界に自分一人だけ取り残されたみたいに静かだった。
「……ここはどこだろう?」
頭上を見上げれば、天まで届きそうなほど高く伸びた竹が空を覆い、隙間から見える空は、オレンジの余韻を残しながらも夜の青色に溶け始めていた。
「とりあえず、下に降りれば大丈夫でしょ!」
一瞬、しおりに書いてあった『その場から動かず助けを待つこと』という注意書きが頭をよぎった。けれど、「なんとかなるでしょ!」と、根拠のない自信を胸に立ち上がる。スキーウェアについた雪をパタパタと払い、ストックを雪面に突き立てて前へと進み始めた。
鳥の声すら聞こえない、無限に広がっているかのような静かな雪山の竹林。その静寂を破ったのは、上空から聞こえてきた奇妙な風切り音だった。
「ん?」
反射的に見上げた視界の端を、何かが凄まじい速度で駆け抜けていく。大型犬ほどのシルエットが、雪の積もった竹の枝を次々と足場にして、まるで意思を持った弾丸のように弾け飛んでいた。
ヒュンッ。
ヒュンッ。
鋭い音が耳元をかすめた後、私の真横で、ドサリと雪を巻き上げる鈍い音が響いた。
「え!?」
突然の出来事に驚き、慌てて視線を向けた。巻き上がった雪煙が、ゆっくりと風に消えていく。
そこに現れたのは大型犬……じゃなく、小学校高学年くらいの男の子が、雪の中に埋もれるようにして倒れ、ぐったりと目を回していたのだ。
「だ、大丈夫!?」
私は無我夢中で駆け寄ると、雪に埋もれた男の子の肩に手をかけ、上体を起こそうと身体を支えた。
真っ黒な髪に頭には小さな帽子。服もなんだかお侍さんやお祭りの時の神主さんみたい。胸にはボンボンの飾りが付いた、不思議な装束を着ている。でもこれじゃ首元が寒そうだと思って、とりあえず身に着けていたマフラーを取り、彼に巻いてあげた。
せめて上半身だけでも温めようとしばらく腕で抱き抱えていると、男の子はパチリと目を開けた。彼は寝ぼけた様子で瞬きを繰り返し、キョロキョロと周りを見渡し、また私の方を見ると目を丸くした。
「あ、気が付いた?」
「……ッ!?」
男の子は私が声をかけると飛び起きた。
「な、なん!?だ!?」
そんなに驚かなくてもと思いながら、警戒心剥き出しの彼に、私は出来るだけ優しく微笑みかけて状況を説明した。
「ヒュンヒュンって、音がしたかと思ったらキミがぼすんって落ちてきたんだよ。どこも怪我してない?寒くない?」
「柔らかい雪の上に落ちたから怪我もない。……寒、くもない」
彼は私が巻いてあげたマフラーを、不思議そうに両手で握りしめた。その温もりが伝わったのか、少しだけ強張っていた肩の力が抜けたようだった。
「……竹を渡る修行中だったんだ! なのに、踏み外して……クソッ! あと少しで渡り修行の終わりだったのに!」
彼は悔しそうに唇を噛み、顔を歪めた。
ぎゅっと握りしめられた小さな拳が、細かく震えている。ひたむきな姿がどこか眩しくて、私は自然と彼を応援したくなった。この子を励まさずにはいられず、勇気づけようと、私は彼の手をそっと包み込み、真正面から見つめた。
「大丈夫だよ。失敗なんて誰にでもあるよ!挑戦することが、一番大切な、第一歩だよ」
私の真っ直ぐな言葉に、彼は目を見開いた。少しだけ視線を彷徨わせたあと、彼はこくりと小さく頷いた。
「そう、だな」
「一歩一歩だよ!」
私はもっと元気になるようにと、彼の手を少しだけ強めに握り直した。男の子の耳の先がぽっと赤く染まった。彼は照れ隠しのように眉間に皺を寄せ、不器用そうに唇を結んだ。
「……お前、名はなんと言う」
「三葉だよ。方波見三葉」
私の名前を聞いた瞬間、彼の表情がパアッと花が咲くように明るくなった。
「三葉か。オレ、もっと修行して、超ウルトラスーパーすごい大妖怪になるからな!絶対になるから!……それまで、待っててくれ」
「ん?うん!わかった!頑張ってね!」
何のことだかよく分からなかったけれど、彼の瞳には迷いのない強い光が宿っていた。
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