第42話:美しい虎の自慢の子
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転校生、沙門璃九くんの後ろに虎がいる。
今朝は、シロにその目で確認して欲しくて、一緒に教室へ来てもらった。
「沙門くんはいつも朝早いから、もう学校へ来てると思うんだけど……」
小さな声で呟き、教室のドアのわずかな隙間から中の様子を伺っていると、私の真上から爽やかな声が降ってきた。
「一蓮さん、おはよう! 僕の名前、呼んだ?」
頭上を見ると、沙門くんが私を覗き込んでいた。思わぬ方向からの声に心臓が飛び出そうになり、思わず口を押さえた。
そして、彼の後ろには、やっぱり虎さんがついている。
虎さんはシロの方を一瞥し、それから、凄まじい眼光で私を見た。まるで蛇に睨まれた蛙のように身体が固まってしまう。でも、目が離せない。
「ふぅん、白い狐?オマエの守護霊、珍しいな!」
朗らかに喋りかけてくる虎さん。けれど、その声の可愛さと威圧感のギャップに、私の身体はすっかり固まってしまった。沙門くんの問いに言葉を返せずにいると、彼はこちらを不思議そうに見つめ、頭上に大きなクエスチョンマークを浮かべている。
「あ、沙門くん……お、おはよう……」
ロボットのような動きで返事を返すと、ニコッと爽やかな笑顔を返してくれた。
(……あれ?沙門くん、虎の事、何にも気にしてない……?)
あえて無視しているわけでもなさそうな自然な素振りで沙門くんは自分の席に荷物を置いている。なんだかテレビを見ているような現実味の無い感覚に、沙門くんと虎をきょろきょろと見比べてしまう。
すると、可愛らしい声の主が、私に向かってぽつりと一言零していった。
「……璃九はミトラのことは見えない。……見えない方がいい。ミトラは大きくて、牙もあって爪もピンピンで怖いから。璃九、泣いちゃうかもしれないし」
唖然としている私の横をすいっと通り抜けて沙門くんの後ろへとすっと座った。
◇
やっとお昼休みだ。
気になる事は山積みなのに、移動授業が詰まっていて、何も出来ない事にヤキモキしていた。
クラブの集まりで三葉はいない。いつもなら寂しいけれど、今日ばかりはホッとした。シロに虎さんを誘ってもらい、校舎と校舎の間にある小さな中庭の隅へ来た。ここだとあまり人も来ない。
手をあげてこちらへ近付いてくるシロの後ろから揺らめく尻尾を携えて、のしのしと虎さんが歩いてくる。
「華!連れてきたで。虎」
「シロ、ありがとう」
やっぱり大きな虎さんは、実際目の前にいると相当怖い。テレビで見た猛獣の捕食シーンを思い浮かべてしまう。生唾を飲み込みながら、私は少しの怖さと少しの好奇心を持って、虎さんへと話を切り出した。
「初めまして。あなた、『ミトラ』……って言うの?」
「そうだ!ミトラはミトラって言う名前だ!」
「ミトラ。私は『華』だよ。あっちの白い狐は『シロ』。よろしくね」
「うん!華!シロ!覚えた!」
元気いっぱいに返事をするミトラの姿に、先ほどまでの恐怖はどこかへ消えてしまった。それどころかなんだか可愛いとさえ感じる。私は腰をかがめてその顔を覗き込んだ。
「あなたは沙門くんの守護霊なの?」
「そうだ!ミトラは璃九の守護霊だ!強いぞ!」
こんなに大きな身体なのに、なんだか幼い子と話しているような気分になって、ついつい顔が緩んでしまう。
「む!ミトラの事を馬鹿にしているな!?」
「そ、そんなことないよ! 素敵な守護霊さんだなって思ってるだけ!」
「ふふん!当たり前だ!ミトラは力が強いんだ! ミトラの一吠えで雑魚は全て蹴散らしてくれる!」
それを聞いたミトラは、自慢げに首をあげた。そして、ペロペロと自分で毛並みを整えながら、沙門くんのことを意気揚々と語り出した。
「璃九は沙門家の次期ご当主様なのだ! しかもとっても努力家なのだ!剣を振ったり、何時間もお勉強をしている!……小さな小さな時から、毎日毎日頑張っているんだ」
自慢げに目を細めたミトラは、先ほどよりも小さな声で自分の事を話す。
「ミトラはまだ、ヒトの形にはなれない。ミトラは璃九が恥ずかしくないように、神格を上げるのを頑張っているんだ。……それに、神格を上げてヒトの形になったら、きっと璃九にも見えるはずだ」
その寂しげな呟きは、先ほどまでの威勢の良さが嘘のように消え失せ、私の胸をきゅっと締め付けた。
「……そっか。ミトラも頑張ってるんだね。ねぇ、少しだけ、撫でてもいい?」
怪訝な顔をしながらも、ミトラは私が撫でることを許してくれた。
もちろん、もふもふもしたい。
けれど頑張り屋さんな虎を少しでも労わりたかった気持ちの方が何倍も大きかった。
「背中を少しだけ、だぞ」
背中だけ、と言いつつ、だんだんと気持ちよさそうに撫でてほしい場所をグイグイと押し付けてくる。
「華の手、あったかいな……気持ちいい……」
「ふふ、よかった」
心を開いてくれたのか、ミトラはどんどん私の方へと近づいてくる。私は冷静を装いつつ、愛情を込めて優しく優しく撫でる。もっとワシャワシャと撫でくり回したいけれど、嫌がられては元も子もない。
それなのに。
「……もっと激しくしても良いぞ?」
ついにはお腹を見せるポーズで私を誘惑してきた。こうなったらもう全力でプリティな虎を愛でるしかない! あぁ、虎に触れるなんて……なんていい人生なんだろう。
お腹を豪快に撫でながらミトラの顔をよく見ると、長いまつ毛に優しい顔をしている。
「そういえば、ミトラって女の子なの?」
「そうだぞ!ミトラはメスだ!」
「お目めもくりくりで、可愛い顔してるもんね」
「ありがと!華も人間の中ではすごく可愛いぞ!」
そんなに真っすぐ言われると照れちゃう。私に撫で繰り回されて毛がもじゃもじゃになってしまったミトラの毛を手櫛で整えてあげる。
……気が付けば、私の背中にシロの体重がかかっていた。
腕を組み、ムスッとした顔をして、ぐいぐいとこちらへ押してくる。
(仲間外れにされて怒ってるのかな?それとも、もしかして……シロ、嫉妬、してる……?)
意識がシロの方へ向かい、手が止まった事でミトラに急かされ、ぐいっと大きな虎の身体で押された。すると後ろのシロも応戦するように、もっとこちらへ体重をかけてくる。
お腹はもふもふのミトラ、背中はシロのふわふわの尻尾。
私の身体がモフモフにギュウギュウにされ、思わず笑みがこぼれる。私は幸せな二匹のサンドイッチに挟まれながら、この時間がずっと続けばいいのに、なんて考えていた。
幸せなサンドイッチを堪能していると、喉をぐるぐると鳴らして甘えてきたミトラが、急に何かを思いついたようにガバッと起きあがった。
「そうだ!華は璃九と番えばいい!そうしたらずっと華と一緒にいられるな!? シロ、お前なんかおらずとも、このミトラが璃九と華を守ることができる。お前と違って、ミトラなら怪我も病気も吹き飛ばすことができるぞ!ははは!」
「何わけのわからん事言うとんねん!華を守るのは僕だけや!」
私を挟んでぎゃいぎゃいと、なんだかよく分からない喧嘩が白熱している二人にどうしたものかと悩んでいた。
その時、予鈴のチャイムが鳴り響いた。
「あ、休み時間終わった!ほらほら、授業はじまっちゃう。……もう、二人とも喧嘩してないで行くよー」
私の言葉もどこ吹く風で、二匹はまだ吠え合っている。
……これ以上付き合っていたら授業に遅れちゃう。
私は溜息をつき、まだ熱くなっている二人を置いて、足早に教室へ戻った。
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