第40話:神社の長い石段を登れば
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手水舎で手と口を清めていると、子狐が伝えてくれたのか、ニチゲツが腕を組みながらやってきた。彼は僕の頭を見て、口に手を当て、悲鳴にも近い驚きの声をあげた。
「なんだその髪は!? ちんちくりんではないか!」
「いやぁ……色々あって……」
チラリと隣の華を見ると、これでもかというくらい目がキラキラと輝いている。この様子を見るに、ニチゲツのことはしっかりと見えているようだ。
◇
僕らは神社の社務所にある客間へと通された。客間の和室にはテーブルがあり、座布団が敷かれていた。華と二人、勧められるまま並んで座り、対面にはニチゲツが腰を下ろす。
「どうぞ……」
「ありがとうございます」
華がぺこりと頭を下げて、行儀よく返事を返した。湯呑みを運んできた白狐の姿も、どうやら華には見えているらしい。華の顔がニヤけている。
僕はニチゲツに、髪を切られるに至ったこれまでの経緯を、かいつまんで話した。それを聞いていたニチゲツは、顎に手を置き、目を閉じて少し考え込んだ。
「ふむ……そうだな」
ニチゲツは指を一本ずつ折りながら、僕の神格を数え上げていく。
「今回、娘に髪を整えてもらったということは、髪が短くなったとて、神格がどん底になったわけではないのであろう。――娘に初めて姿が見えた頃が五割といったところか。それがここで修行を重ねて七割になり、周囲の皆にも認識されるようになった」
ニチゲツがテーブルに手をつき、こちらへ乗り出してくるように僕をジロジロと眺め、見定めるように目を細める。
「……フン。一応ヒトの形を保ててはおるから、良くて四割程度だな。話を聞く限り、だいぶ多めに見積もったとしても、初めて娘に見えた頃より少ないのは明白だ。……こういうのは、カスイの方が良くわかるんだが……だいたいそんな所であろうな」
「四割……だったとして、なんでそんなに少ないのに、華には見えてるんや?」
「そりゃあ、一度認識し、共に居ることによって、強い『縁』が繋がったからに決まっておるだろう? 縁が繋がることで、妖側に神格がなくとも認識が出来るようになる」
ニチゲツは両手を天秤のように、こちらへ揺らしてみせた。
「世の中は全て絶妙なバランスで保たれている。見えたり、見えなかったりすることもあろう。人間の世でいう『らじおの周波数を合わせる』ようなもの、だな」
頬杖をつきながら、彼は続けた。
「……妖として生きている年数で徐々に妖力や神格は上がるものだ。 何百年と生きるとそりゃあもう強くなる。それこそ髪の毛がどうとか関係無しにな。 だが、シロ。お前が手っ取り早く神格を高めるには、まずは整え、次は修行だな。 しかし……お前、本当に何も知らないんだな」
本気で呆れたような顔をするニチゲツに、僕はムッとしながら言い返した。
「だってしゃあないやろ。生まれてこのかた、ブンタしか会ったことなかってんもん……。あいつ、そんなこと一個も教えてくれへんかったし」
「フン……だが、神格を高めるに越したことはないぞ。 己を律することができ、神通力も使えるようになる。右から左へと少し動かしたい時にも便利だ!……だが、まぁ神通力は、神格が上がったところで、さらに厳しい修行をせねば出来んがな」
ニチゲツは素知らぬ顔で、元からぬるい茶をズズッとすすった。
「イナリ様率いる我らは、この神社の主祭神に仕える『神使』だ。 祀られておわす主祭神の為、ここにおる民の為、我らの為、イナリ様の為に神格を高めねばならない、と各々日夜励んでおるのだ。……なのにあの子狐共は!」
ニチゲツが拳を握りしめ、いかにも小言が始まりそうな雰囲気を醸し出したので、僕はすかさず話をそらした。
「あと、華の学校の転校生の後ろに虎がおったらしいねんけど……なんか知らん?」
「知らぬなぁ。虎と言えば……沙門か。まぁ、狐もおるのだから虎もおろう」
「……言われてみれば、そりゃそうか」
聞きたい事がひと段落ついたところで僕とニチゲツのやり取りを、目を輝かせながら交互に見つめていた華が切り出した。
「ニチゲツさんは、なんでヒトの形なんですか?キツネの形にもなれるんでしょ?四つ足の方がもふもふでかわいい……じゃなかった。足も早そうなのに」
華の心の声が漏れ出している質問に、ニチゲツは真面目に返答する。
「ヒトの形の方が何かにつけ、便利だろう? 獣の形だと細かな作業がなかなか難しい。……何かを運ぶのも、ままならないものだ。筆を持ったり、雑巾を絞ったりも、な。後は砂利道を歩く時、砂粒が肉球に挟まってかなわん」
「なるほど。かわいさと便利さは両立できないものなんですね……」
「……何を言っとるねん」
うんうんと深く頷いている華に思わずツッコミを入れながら帰り支度をはじめた。
「あぁ、そうだ。この神酒を一蓮寺の住職へ渡してくれ。主祭神に供えられたのち、下げられた神酒だ。イナリ様がこの間の例祭で渡しそびれてしまったそうだ。頼んだぞ。……シロ、また何かあったら使いを寄こすから」
そう言いながら、奥から神酒の入った一升瓶を取り出し、僕に手渡した。
「まだ僕の事、こき使う気ぃか!?」
「ふふ、またな」
軽口を叩くニチゲツに見送られ、石段へ足をかける。先日見た時よりも街の遠くの方まで見えた。
◇
「わぁ!ここからあんなに遠くまで見えるんだ!ねぇシロ、すごく綺麗だよ!」
「……そうやな」
石段から見える街の景色に目を輝かせる彼女。
先日と同じ場所から見ているのに華と一緒にいる今の方がずっと濃く色付いていた。
石段を降りる足取りに合わせて、華の弾むような声が響く。先ほどの神社での出来事がよほど楽しかったのか、話が尽きることがない。
「はぁ……夢のような場所だったなぁ。子狐ちゃん達も見てみたかったぁ。……ちょっと初対面の人には言えなかったけど、ニチゲツさんの耳ってシロより少し長めだったよね? シロはふわふわって感じだけど、ニチゲツさんはサラサラって感じだったなぁ……もし次があったらお願いしてみてもいいかな。でも、ニチゲツさんってちょっと真面目な感じだよね。私が言うよりもシロに言ってもらった方がいいかな?シロの方が仲いいし」
「はぁ……好きにせぇ」
次から次へと溢れ出る、先ほどの思い出話に呆れつつも、嬉しそうに語る彼女の横顔を眺めるのは決して悪い時間ではなかった。
「ねぇ、シロ。ここの神社、行きはこんなに石段長かったっけ?って思ったんだけど、帰りは楽々だね!登りがキツかったのかも。運動不足かな」
「僕は華と一緒やったから、行きも帰りも全然楽勝やったわ!」
華がいれば、息を切らせて登る石段すら楽しい。そう思って何気なく口にした言葉に、彼女は耳まで真っ赤に染めていた。
そんな華の姿を見て、僕の純粋な心の声が、そのまま口から零れ落ちた。
「……華、かわいいな」
「なっ……何、急に!?」
「ふふ。顔、真っ赤や」
「こっ、これは夕日が赤いからっ……もう!シロったら意地悪!」
華は両手を頬に当て、眉間に皺を寄せたり、ふにゃりと頬を緩めたり。忙しなく表情を変えて照れているその姿に、僕の心はまた強く惹かれた。
あぁ、僕の華。かわいいな。
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