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一蓮華《いちれんはな》は溺愛白狐《シロ》に守られている  作者: 猫邑 ゆか
第二章

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第35話:”かま”ってほしくて”いた”ずらし”ち”ゃう③

「なんだか今日は、風が強いね。シロと会った日の事を思い出すなぁ」


 帰り道。そう呟きながら歩く私のすぐ後ろには、ふわふわなシロの尻尾。その後ろには、ふわふわで真ん丸な茶色のイタチがてちてちと歩いている。そんな幸せな風景に、私はほっこりと心を満たしていた。


 不意に、ゴウッと強烈な突風が吹き抜ける。


「いたっ!」


 見えないほどの小石か何かが飛んできたのか、私の手の甲に赤い線が走り、血がじわりと滲んでいた。


「また切れちゃったなぁ……」


「華、絆創膏出し。貼ってあげるわ」


「ありがとう」


 私が絆創膏を出そうと鞄に手を伸ばした、その時だった。


「いてっ」


 隣にいたシロの頬から、ツーと鮮血が流れた。


「えっシロも!?」


「……僕も切れとるってことは普通の風やないな」


 シロが警戒の声を上げたと同時に、彼の頬や腕に、鋭い刃物で付けられたような切り傷が次々と出来ていく。


「なんや!?クソッ、華、離れとけ!」


 私はシロから後ずさりし、数歩離れる。シロは、足元で歩いていた丸いイタチを咄嗟にぎゅっと抱きかかえ、背中を丸めて庇った。


 目に見えない無数の刃がシロを襲っている。彼の衣服が裂け、細かい傷が何か所もできている。細かな傷が重なり、やがて深い傷となって彼の白い肌をじわりじわりと赤く染めていく。その恐ろしい光景に、心が張り裂けそうになって、彼の名前を呼んだ。


「シロ……!」


「近づくな!」


 その叫びと共に、シロの長く美しい髪がパサリと宙を舞い、地面に落ちた。一房、二房とどんどん切り刻まれていくシロの髪と、その身体。


 怖い。血の気が引くほど怖い。だけど、これ以上シロが目の前で傷ついてしまう方が、居なくなってしまう方が、もっとずっと怖い――。


『やめて!!!』


 私は我を忘れて、シロの身体へと覆いかぶさるように飛び出した。


 その瞬間、嘘のようにピタリと攻撃が止んだ。


 シロの肌はズタズタで、痛々しいほどに赤い。


「シロ、大丈夫!? シロ……!」


 パニックになりながら彼の怪我の様子を確認していると、頭上からおどろおどろしい声が響いた。


「……オマエ、『転ばす奴』カ?」


 シロの腕の中で震えていたイタチが、その言葉を聞いてひょこっと顔を出した。


 吹き荒れていた風が止み、恐ろしい声の主も姿を現した。先ほどのイタチは真ん丸だったけれど、こちらはすらりとイタチらしいスマートな体型で、尾の先が鋭い鎌の形になっていた。


「……『切る奴』……か?」


「オレは『カマ』。やっと会えたナ」

「僕ちんは『イタ』。やっと会えたね!」


 シロと私をボロボロにしておきながら、イタチたちはまるで感動の再会といった様子でピョンピョンと喜び合っている。


 その様子を見たシロが、怒りでプルプルと震え出し――次の瞬間、怪我の痛みなど忘れたかのような怒号を轟かせた。


「キミら……ホンマ……いい加減にせえよ!!迷惑なんじゃ、ボケェ!ゴロンゴロン転がったり、シャッシャシャッシャ切りやがって、華が怪我したやろが!お嫁に行けへんなったらどないしてくれるんじゃ!だいたい、やり方が良うないわ――」


 シロの説教は長々と続いた。


 彼はこうなるともう止められない。前に一度止めようとしたら倍近くの時間、小言が続いてしまったので、この状態のシロへ声をかけるほうが面倒くさい。

 

 散々説教されたイタチたちは、すっかりしゅんとして、これ以上ないほど、小さく小さくなってしまった。


 シロの小言が長々と続き、辺りが暗くなりかけた頃、本屋さんの袋を持った、ちーちゃん先生が偶然通りかかった。


「あ。ちーちゃん先生、こんばんは」


「一蓮さん、こんばんは。もうそろそろ夜になっちゃうわよ。早く帰りなさい。……あら? 手の甲から血が出てるわよ。また怪我しちゃったの?もう乾いてるけど、一応絆創膏貼っておこうか」


 ……シロの長い長い小言を聞いていたら、怪我の事をすっかり忘れていた。


 ちーちゃん先生は鞄の中から絆創膏を取り出すと、「はい、もう大丈夫よ」とニコニコしながら、私の手の甲へぺたりと貼ってくれた。


「!」


 その瞬間、イタチたちはパッと顔を見合わせた。


「『治す奴』、いた!」


 ニコニコしながら去っていくちーちゃん先生の後ろを、イタチ二匹がニコニコ、目を輝かせながらてちてちと憑いていった。


「ちーちゃん先生、大丈夫かな……? あの子たちに怪我させられないよね?」


「とりあえずは、大丈夫……ちゃうか? 僕もこってり絞ったったし。あのイタチら、すっかりあの先生を自分らの仲間やと思っとるみたいやからな」


 シロは、肩の下まで短くなり、長さがバラバラになってしまった自分の髪を邪魔そうにガシガシと掻きながら、小さくため息をついた。


「華、帰ったら、短いところに揃えてくれるか」


「うん、わかった」


 一番星がまたたき始めた頃、私たちはやっと、満身創痍で我が家へと辿り着いた。


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