第31話:ピンチはチャンス!?
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私たちが自宅へ辿り着くまで、シロと繋いだ手はそのままだった。
秋の夜風に吹かれながら歩くうち、肩が触れたり、離れたり。そのたびに、私の心臓は騒がしく跳ね回る。
ふと顔を上げると、そこはもう自宅の前だった。
どちらともなく、するりと手が離れる。
私はシロの手を目で追いながら、家のドアを開けた。
「ただいま」
声をかけても、家の中はいつも通り、しんと静まり返っている。
いつもの手洗いも忘れて、リビングのソファに腰を下ろすと、シロが私のすぐ隣に座った。
その瞳には、私以外の何も映っていない。
気まずさはない。ただ見つめ合っているだけなのに、胸の奥がほわほわと温かくなっていく。
――その平穏な静寂を破る音が響いた。
ガチャリ。
玄関の鍵が開く音。続いて、聞き慣れた声が廊下から聞こえてくる。
「ただいま」
「おかえ……」
そこで私は言葉を飲み込み、ざっと全身の血の気が引くのを感じた。
(しまった! 今日はお父さんが帰ってくるんだった! 男の子を連れて帰ってきたって知ったら、お父さん、卒倒しちゃう……! 大変だ……!)
私はひとまず、シロを自分の部屋へ隠すことにした。もつれる足で玄関へと走り込み、お父さんを出迎える。
「おかえり! お父さん、今日はお疲れ様!」
「ただいま、華。どうしたの? そんなに息を切らせて」
「大丈夫! なんでもないの! ただ、お父さんが家にいるのが嬉しくて……」
「えぇ~? そんなことを言ってくれるなんて、嬉しいなぁ!」
ニコニコと世間話を続け、上機嫌なお父さんを洗面所まで見送る。
そして、お父さんが洗面所にいる間に、ダッシュで二階の自室へ駆け上がり、扉を開ける。シロを放り込み、自分も飛び込んで扉を閉めた。
でも、これは問題を先延ばしにしたに過ぎない。
私が慌てる様子を面白そうに眺めているシロをひとまず部屋に残し、お父さんの元へ向かった。
「お、お父さん……」
「ん? どうしたの?」
「今日のお祭り、どうだった?」
台所に立つお父さんに、一旦、世間話でジャブを繰り出してみる。
「今年のお祭りはとても良かったね。出店もたくさんあったし、商店街も活気があって。そして……」
「ん? そして……?」
言葉を詰まらせ、下を向いていたお父さんが顔を上げる。
次の瞬間、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった、とんでもないお父さんの顔面がお目見えした。
「はなの、しろむくすがだ……ウグッ……す、すでぎぃ……」
お父さんの話の後半は、もう何も聞き取れなかった。
こんなお父さんを目の前にして、『実は今、家に男の子がいるんだ〜』とか『狐の男の子なんだよ〜』なんて口が裂けても言えない。
でも何か言わなきゃと思うのに、いい言葉も浮かばない。気がつけば、お父さんは仏壇のお母さんの写真にブツブツ言ってるし、もうどうしたらいいかわからない……!
顔は平静を装いながら、頭の中はパニック状態。
その時。
「ただいま」
お兄ちゃんが帰ってきた。
もしかしたら、救世主の登場!
……かもしれない。
慌てて玄関へと飛び出て、お兄ちゃんの腕をがしっと捕まえる。
「お、おかえり、お兄ちゃーん!」
「ど、どうしたんだ、華」
「実は、シロのことなんだけど……」
私は身振り手振りも口調もしどろもどろになりながら、お父さんに聞こえないように小声で、シロをどうしたらいいか尋ねた。
「はは! シロには狐になってもらえばいいじゃないか! そしてお父さんに飼ってもいいか聞いてみる。そうすれば、年がら年中、耳はもふもふ、肉球はプニプニ、尻尾はぽわぽわで一石二鳥だ!」
え!? それってもしかして……テレビを見ているときもプニプニ。ゴロゴロしているときにフワフワをなでなで。ご飯をもぐもぐしている姿も、堂々と真横で見られる。おまけに、一緒にお散歩まで……!?
なるほど。その手があった!
私はダッシュで二階へ戻り、もうすっかり寛ぎモードになっていたシロへと真剣な顔で声をかけた。
「シロ、狐の姿になって!!」
数分の押し問答の末、渋々、四つ足で歩く狐の姿になってもらった。
私はホクホク顔で両手でシロを抱きかかえ、お父さんの待つ一階へと向かう。
(あぁ、シロの背中、ふわふわだぁ……。お日様の香りがする)
何もかも忘れて、この温もりに逃げ込んでしまいたい。
けれど、そうもいかないのが現実なのだ。
そろそろ台所の片付けもできた頃だから、お父さんもリビングへ戻ってるはず。リビングの扉を勢いよく開け、そのまま叫んだ。
「お父さん! この子、飼ってもいい?」
リビングでテレビを見て寛いでいたお父さんはこちらをチラリと一瞥すると、「また新しいぬいぐるみ買いたいの? そろそろ部屋が埋まっちゃうよ」と、トンチンカンな返事をした。
あれ? おかしいぞ?
シロを抱きかかえたまま、父の方へ進み、テレビの前へと無言で立ってみた。
「華、どうしたの? 自分の腕をなんか抱いて……寒いのかい? 明日も早いんだから、しっかりお風呂につかりなさいね」
ん? あれ? もしかして、お父さん……。
私はシロを抱っこしたまま、お父さんへと問いかけた。
「《《これ》》、見えて、ない?」
「……? 何を言ってるのか、よくわからないけれど、早く寝る準備をしなさい」
私の両手で、だらりと身を預けている白い狐。どうやら、お父さんの目には一切映っていないようだった。
……そういえば、お父さんってすっっっごく鈍感なんだよなぁ。
前におじいちゃんのお寺から帰る途中、皆が不気味がっていた道に差し掛かっても、お父さんだけは全然平気だった。きょとんとした顔をしていたっけ。
シロのことを追求されずにほっとするやら、シロを年がら年中、もふもふできなくてさみしいやら。
複雑な気持ちで三日月の夜は更けていくのだった。
◇
月を見上げ、ブンタは独りごちた。
子どもっちゅうのは、思ったよりも成長するもんやな。
香が守った子どもたちは強くなった。
……きっと、もう大丈夫や、な。
香への手向けに、屋根の上で紫煙を燻らせた。
煙は天へと細く細く昇っていった。
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