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一蓮華《いちれんはな》は溺愛白狐《シロ》に守られている  作者: 猫邑 ゆか
第一章

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第29話:心と心は向かい合う

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 お練り行列の余韻と、片付けの喧騒が混ざり合う境内の片隅で、華に声をかけられた。


 彼女は、白い着物の胸元にさした小さな剣を握りしめ、僕を見つめている。


「あのね、シロ……」


 華の小さな唇が開いた瞬間、僕はじっとりとした嫌な汗が全身から噴き出すのを感じた。


 僕のせいで、華をたくさん傷つけた。今さら戻ってきた僕を、彼女はどう思うのだろうか。『もう顔も見たくない』と直接言葉にして、あの時以上に冷たく拒絶されたら、僕はどうしたらいい。


 華、ごめんな。守るって言ったのに。

 守護霊は幸せにせなあかんものやのに、僕が原因で傷つけてしまって。

 ごめんな、ごめん……。


 覚悟を決めたはずなのに、胸の中で渦巻く言葉は喉につかえて音にならない。


 華は一歩、僕へと歩み寄った。


「シロ……今まで私のことを守ってくれて、本当にありがとう。あの時『シロを見たくない』なんて思ってしまって、ごめんなさい。――お母さんのことはシロのせいなんかじゃないのに。シロは何も悪くないのに。あなたに酷い言葉をぶつけて、こんな悲しい顔をさせてしまった」


 彼女は決意を込めるように小さな剣を強く握り直す。そして、慈しむように優しく、それでいて、折れない芯の強さを持った眼差しで、僕の瞳をじっと見た。


「……ねえ、シロ。ずっとシロのそばにいたい。もう、そんな悲しい顔も苦しい顔もさせたくない。これまでみたいに守られるばかりじゃダメだって……やっと気付けたから。私も強くなるよ。いつかシロを守れるくらい、もっともっと強くなるから」


 息を詰まらせながら、華は言った。


「だから――これからも、ずっと私と一緒にいてくれますか?」


 あまりにも真っ直ぐな想いに圧倒され、すぐに言葉を返すことができなかった。


「……あ」


 華が小さく息を呑んだ瞬間、突風が巻き起こり、頭上から大きな枝が音を立てて降ってきた。


 僕は無意識のうちに華の前に飛び出し、片腕で彼女を抱き寄せ、もう片方の腕で枝を受け止めていた。枝が擦れる音と衝撃が収まる。


 目を見開いた華が、僕の腕の中でぽつりとこぼした。


「……シロ、ありがとう」


「……うん」


 怪我はないか。どこも痛いところはないか――そんな、いつもなら当たり前に出てくる問いかけさえ、言葉にならなかった。

 

 彼女の細い腕が、僕の背中へとそっと回る。そして、まるで小さな子をあやすように、優しく、トントンと背中を叩いてくれた。


(……あぁ、僕は華のそばにいてもええんや)


 華に抱き返されて、ようやく僕は、ここにいても良いのだと許された気がした。



 夕日が境内を赤く染め上げ、高ぶっていた心も落ち着いてきた頃、私たちはどちらからともなく腕を離した。自然と視線が絡み合う。さっきまでの張り詰めた緊張とは違う、こそばゆいような熱が頬に上った。


「……行こっか。服、返さなきゃ」


「……そうやな」


 シロが少し照れたように視線を逸らして頷く。


 衣装部屋へと急ぐ道で、私は何度も自分の手を見つめてしまった。さっき、シロに握り返してもらった時の力強さが、まだ手のひらに残っているような気がしたのだ。


 着付け師さんにお願いして白無垢を脱がせてもらう。幾重にも重ねられた衣が剥がれ落ちていくたびに、身体を縛り付けていた窮屈さが消え、心身ともに軽くなっていく。


 別の部屋では、シロも袴を脱ぎ終えていた。いつもの作務衣姿に戻り、ふっと肩の力を抜いてたたずむ彼を見た瞬間、なんだか無性に嬉しくなった。


 私たちは並んで、再び一蓮寺の境内へと戻った。



 本堂の前では、平安貴族を思わせる朱色の衣冠いかんを纏った神社の方が、おじいちゃんと談笑していた。


 その人はただそこに立っているだけなのに、圧倒的な威圧感と人離れした美しさを放っていた。


「いやいや、ありがとうございました。助かりましてェ。お練りもつつがなくすみましたァ」


「こちらこそ。急遽の代役でしたが、孫がよく務めてくれました」


 おじいちゃんと話をしていたその人は、私とシロに気づくと、おじいちゃんへ会釈をし、音もなくこちらへ歩み寄ってきた。切れ長の目に宿る淡い色の瞳が、品定めするように私を射抜く。


「おぉ、花嫁役、ありがとうさんでございました。娘さん、お美しゅうございましたねェ。いやァ、しかし、こちらの御方おかたは神社でよう頑張ってくれましてなァ……」


「……こき使われとっただけな気ぃするわ」


 不機嫌そうに毒づいたシロを見て、その人は面白くない顔を隠そうともせず、スッと眉を吊り上げた。


(な、何……この人?)


 そう心で呟いた瞬間。


「ほォ……そういえば。……若いおなごの肉は格別な味やァ、いうなァ……」


 ニィッと口と眼を吊り上げた笑顔に、獣のように尖った犬歯が覗き、私たちを取り巻いていた空気が凍りついた。


 ぎょっと息を呑む私の前に、顔面蒼白になったシロが素早く割って入り、私を覆い隠すように立ちはだかった。


「フン……嘘じゃ。高貴な我らはそんな俗物、喰わんわァ。その代わり、我らの主祭神のために、神酒と新しい米と豊かな作物をたんまり供えやァ」


 戦々恐々としている私たちを翻弄するように、優雅な笑みを浮かべる。


 つい先ほどまで周囲の空気を完全に支配していた凄みなど、嘘のようだった。あまりの変わり身に、私たちは立ち尽くすことしかできない。


 その人は、カラカラと無邪気に笑い、ひらひらと手を振って去っていった。


「マァ……その顔見れたからヨシとするわァ。お前たちはからかいがいが、あるねェ。ふふ。ほいじゃぁねェ……数奇な運命の娘さんと、我に仕えた白狐」


「福徳円満があらんことを!」

「あらんことを!」


 去り際の言葉がふわりと夕空へ溶けていく。その直後、重なり合うかすかな声とともに、彼の足元で小さな影が二つ、ぴょんぴょんと跳ねた気がした。



 暗く冷たい場所で、碧の着物をさらりと揺らし、呟くものがいた。


「なんと! 我のために内密に励んでおったのか。我の前で粗相をせぬように。我が花嫁は殊勝なことだ。あぁ、もうすぐ来てくれる……」


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