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一蓮華《いちれんはな》は溺愛白狐《シロ》に守られている  作者: 猫邑 ゆか
第一章

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第28話:何も言わなくても

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 車輪が刻む音だけが、規則正しく、カラカラと響いている。


 お練り行列の人力車の上では、花嫁役も花婿役も言葉を発してはならない。車夫でさえ静かに、厳かに進むのが習わしだ。


 何も言えず、身じろぎもできない時間が続き、否が応でも過去のことやシロのことを考えてしまう。


 頭では、もうずっとわかっていた。

 シロは悪くない。

 あの日のお母さんのことは、悲しい事故だった。

 けれど、あの日。

 真実を知ったあの瞬間、私の心は追いつかなかった。

 シロを深く傷つける言葉を投げつけてしまったこと。

 それは、消せない事実。


 シロがいない暗闇のような数日で、私は痛いほどに思い知った。

 私は、シロが大切になった。

 ただの守護霊だから、じゃない。

 彼の事を思うとぎゅっと胸の奥が痛む。

 これも、間違いのない気持ち。


 あんな風に震える声を、あんな悲しい顔を、もう二度と彼にさせたくない。


 シロは、私にとっての何者にも変えられない『大切な人』になったのだ。


 彼の手に重ねていた私の指先に、自然と力がこもる。


 消えてしまわないで。

 どこへも行かないで。

 二度と、離れたくない――。


 溢れる思いをどうしていいかわからない。泣いてはいけない。厳かな祭りのさなか、この幸せなお面の下で涙を流すことなど許されないのだ。きゅっと噛み締めた唇から、かすかに鉄の味がする。


 涙をこらえて震える私の手を、シロの大きな温もりが優しく、けれど力強く包み込んだ。


 手のひらを通じて流れ込んでくるのは、言葉では表せないほどのシロの熱。優しく握られた手から、彼の心に直接触れたような気がした。


 私もその熱さに応えるように、溢れそうな想いをすべて込めて握り返す。


 沿道を埋め尽くす観客たちの騒がしさも、歓声も、今の二人の周りには届かない。まるで世界に二人きりになってしまったかのように、すべての音が心地よく溶けて消えていく。


 何も言えぬまま、私たちは旧街道をゆっくりと練り歩く。


 永久のようにも、ほんの一瞬のようにも感じる、愛おしくて切ない時間が、私たちの間を静かに通り過ぎていった。



 人力車を降りると、私は小さく息を吸い込んだ。


 私は、今までの『華』じゃない。

 ただ守られるだけで、傷つくのが怖くて泣きわめいていただけの、子どもじゃないんだ。今度こそ、シロが私の目の前から消えてしまう前に、伝えなければいけないことがある。


「素敵だったよ、華!伊吹お兄ちゃんもちょっと泣いてたし」


「三葉ちゃん……それじゃあ俺がシスコンみたいじゃないか……」


「伊吹お兄ちゃんは華の事が大好きだからばっちりシスコンの仲間だよ!ふふふ」


「ありがとうございました!私、ちょっと行ってくるね!」


 お兄ちゃんや三葉、そして手伝ってくださった街の方々に御礼を言い、その場を後にする。

 和やかな笑い声に包まれながら、周囲でお練り行列の片付けが静かに始まった。



 シロの方へ足早に歩きながら、私は覚悟を決めて、唇をきゅっと結んだ。


 正直、不安だ。すごく、怖い。

 だけど、シロへの気持ちを絶対に伝えなければいけない。

 この気持ちを言葉にしなければ、私は一生後悔する。


 人々の騒がしさから少し離れた、静かな境内の隅。

 ぎゅっと胸元の懐剣かいけんを握りしめ、溢れそうな覚悟をその身に宿して、すぐ隣にいる彼を見上げた。


「あのね、シロ……」


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