第23話:思いやるということは
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初めてここへ来た時に見つけた、白い砂の中庭。
その近くの長い廊下を、鼻歌交じりに磨いている。
何日も続いている神社の清掃で、僕の清掃技術も随分と向上していた。
はたきを腰に下げ、濡れ布巾と乾いた布巾を手に持つ。だんだん手慣れてきたもので、はたきで天井の方からほこりを払い、汚れを濡れた布巾で拭いた後、乾いた布巾で仕上げ拭きをするという、素早く綺麗に掃除する術を身に着けていた。そして、いつの間にか、汚れた場所を綺麗にしていくこと自体に、楽しさも覚えるようになっていた。
「はたくは叩くと一緒の字。汚れも悪いモノも叩き、磨き上げる……」
そう、他の白狐が言っていたっけ。
しばらくして、カスイが中庭へと現れ、砂をならし始めた。水平に、均等に整えられていく白い砂は見ているだけでも気持ちいいものだ。
(あぁ、ここも綺麗にするんや。どこまでも真っすぐにすると気持ちええやろなぁ)
そう思った瞬間だった。
カスイは熊手を手に取り、無造作にその上から砂を掻きはじめたのだ。
「えっ!なにしとんねん!せっかく綺麗にしてあるのに!」
ついつい大声を出してしまい、近くにいた白狐達から冷ややかな視線を向けられ、注意までされた。
「大声でうるさいぞ。聖域での騒音は御法度だ」
「……すんません」
僕の失態に気が付いたカスイは、ははっと笑った。
こちらへと近づき、小さく咳払いを一つして教えてくれた。
「シロ、これは砂紋というものだ。
この白砂は聖域を示し、箒で払う音や砂の擦れる音で穢れを祓い、場を清める。 払うは祓う事だ。
そして、熊手や竹ぼうきで筋をつけて模様を描く。大岩や白砂で、水の流れや水面を描き、天上界のような人間の目に見えない世界を表現するのだ。
これは人の一生あるいは人生を現す事でもある。
砂紋を描いて整えることも即ち、空間を整え、清浄を保つことなのだ」
イナリの部屋から見えた、この美しい中庭の景色。その一番眺めの良い特等席には、カスイの主人に対する並々ならぬ敬意が詰まっているのだ。
カスイの言葉を反芻しながら、僕は自分の胸へと溜まり続けていた感情と静かに向き合った。
相手の事を想う気持ち。
日々の暮らしを大切に生きる気持ち。
一人では出来ないことがある。
誰かと出来ることがある。
僕の脳裏にはかつての華の姿が浮かんでいた。
華が僕の髪を洗い、乾かし、櫛で丁寧に整えてくれたこと。あれもまた、僕のことを想う気持ちからくるものだったのか。
(……僕が、華にしてあげられる事はなんやろう)
二度と触れられなくとも、華に姿が見えなくてもいい。
せめて僕が華にしてやれる事は。
◇
星々が空一面に広がり、生き物たちも息を潜める、深い夜。
慣れてきたとはいえ、幾日も続く神社の清掃で、僕の身体は疲れ切っていたようだ。鉛のように重くなった瞼を閉じると、意識はとろりと溶けるように深い眠りへと沈み、やがて懐かしい過去の光景が夢に現れてきた――。
「それ、美味いんか?」
僕は煙がふわりふわりと上がっていく様子を見ながら、ブンタの右手で弄ばれていた細長い管を指さした。
「あぁ、煙管か……ふかしてみるか?」
「……うん!」
狸の耳をピクリとさせ、ニヤリと意地悪そうに笑うブンタに少しだけ不安はあったけれど、いつも美味そうに煙をくゆらす彼の気持ちが知りたくて、僕は勢いよく頷いた。
ブンタは煙管を口へと含み、少し思案してから僕の顔へと向かってふーっと煙を吹きかけてきた。
意図せず煙を吸い込み、ゲホッゲホッと息が出来ずに咳がでた。
「なんっ、ゲホッゲホッ、やめ、ゲホゲホ……!」
「子どもは、あかん」
ブンタは右手にもった煙管をスイッと回し、触らせないとでもいうように、自分の方へと引き寄せた。煙管からあふれ出た紫煙がブンタの周りの空気を惑わせている。
「煙管はな……悪いモンが来んようにしとんねん……」
ブンタがじっと煙管を見ながらいつになく真剣に言うので、僕もごくりと生唾を飲み込んだ。悪いモンって……。
その途端。
「……お前みたいなクソガキがな!」
「なんやてぇ!」
軽口を叩き、僕をまんまと引っかけて、面白そうにカカカと笑うブンタ。
足を上げ、ブンタへ一発蹴りでも入れてやろうとした時に、僕の意識は浮上してしまった。
……あぁ、今日は、先日イナリがどうこう言っていた、秋の例祭の日だ。
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