第22話:自分のせいじゃない
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静まり返った拝殿の床に膝をつき、僕は他の白狐たちと並んで拭き掃除をしていた。
横一列に並び、効率よく一気に拭き上げる。それがここの作法らしい。
真っすぐに進みたいところだったけれど、右の狐が少しずつ僕に寄ってきた。近すぎる、と避けようとしたら、左にいた白狐の肩にぶつかった。
「きゃぁ!」
「……ごめん」
左にぶつかったので慌てて反対に寄った途端、右にいた白狐の足を踏んでしまった。
「やめてよ、もう!足踏まれた!」
「……す、すまん」
まるで僕だけがこの空間に馴染めていないような居心地の悪さに、焦りと苛立ちがじわりと胸の内で膨れ上がっていった。
先ほどの石段とは違う広い木製の床に、慣れない手つきの僕は手元が狂う。
あちこちで他の白狐たちにぶつかり、ついには、端によけておいたはずのバケツにも足を引っ掛け、大量の水をぶちまけてしまった。バケツから派手に零れた水はじわりじわりと板間に広がっていった。
「もう! いい加減にしてよ!役立たず!」
「……いちいちうるさいなぁ。すまんって言うとるやろが」
どうしようもなくイライラが募り、僕の喉から低い唸り声が漏れる。拝殿には、今にも牙を剥き出し合うような一触即発の殺伐とした空気が漂い始めた。
その騒ぎを聞きつけたカスイが、凛とした足取りで拝殿に現れた。
「大きな声で何を騒いでいる」
その声は、静かに、しかし強烈な威圧を伴って響いた。カスイは鋭い眼光を巡らせ、周囲の惨状を検分するように見渡した。
僕と言い合いをしていた白狐たちは競い合うようにカスイへと歩み寄り、僕への不満を、好き勝手口々に訴え始めた。
「この新しい狐が、私にぶつかってきたのです!」
「この新しい狐が、私の足を踏んだのです!」
「この新しい狐が、さっきから足手まといなんです!」
僕はそんな自分勝手な事ばかり言う白狐たちに、間髪入れず反論した。
「なにぃ!?僕のせいなんか!?左に行ったらぶつかる、右に行ったら足踏む、挙句の果てにバケツの水が床にバシャーや! もう無茶苦茶や!」
「なんなの!自分がぶつかってきたんじゃない!」
「なんなの!あなたが足を踏んだんじゃない!」
また酷い言い争いになり、収集がつかなくなってきた。
その時。
カスイがすぅっと軽く息を吸い込み、雷鳴が轟くような大声で一喝した。
「いい加減にせぬか!イナリ様が教えてくださっている事の大切さがわからんのか。
整えるということは清めるということだ。
場を整える事で、空気も澄み、所作も美しくなる。逆もまた然り。無用な言い合いなど、言語道断。
神格とは、単なる力の強さではない。神聖なる力を操るに足る、高い精神性と存在の格。格を上げるという事は即ち、自分を高めることである。
朝は顔を洗い、櫛で髪を梳かし、己の身なりを整え、豊かな実りに感謝し、朝餉をいただく。昼は神のおわす居を清め、己の所作や調子を整える。夜は一日に感謝を捧げ、夕餉をいただき、己を清め、寝所を整え、しかと眠る。
日々の暮らしの循環を大切にすること、そして共に過ごす相手を敬うことこそが、何より格を上げるのだ」
一息で言い切り、少し息を整えた後、もう一言続けた。
「……相手を想う心を何より大切にしなさい」
カスイの貫禄ある言葉を浴びせられた白狐たちは、全身の毛を逆立て、そそくさと作業へと戻って行った。
淡々と、だが重みのある言葉だった。
そして、カスイは一呼吸置くと、今度は僕に向き直り、その鋭い瞳でまっすぐに見つめ、小さく、でも重く、声を響かせた。
「一人だけに合わせ、大切にするのではない。その周りの皆も大切にするのだ。そうだな……自分を軸に、敬う相手や周りとの『心の時間を合わせる』のだ」
「……『心の時間を合わせる』……」
僕の中でゆっくりと反芻したその言葉は、胸の奥に静かに広がり、そしてずっしりと温度を伴って残った。
今の自分には何を疑問に思っているのかすらわからない。何を探しているのかもわからない。まだまだわからないことだらけだけど、何かの答えの端をわずかにでも掴めたような気がした。
◇
気を取り直してもう一度、掃除をしなおそうと、ふーっと息を吐きながら転げたバケツを手に取ろうとした。
またいつの間にやら二匹の子狐がきて、掃除をする白狐たちを囃し立てていた。
「そうだそうだ、カスイ様のいう通りだ!しっかり働けー!」「働けー!」
「こら、お前たちも働かんか。そんなことだから、ニチゲツにこってり絞られるのだぞ」
「うぅッ」「うぅッ……」
しっかり二匹揃って、カスイにも怒られていた。
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