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一蓮華《いちれんはな》は溺愛白狐《シロ》に守られている  作者: 猫邑 ゆか
第一章

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第19話:目の前が朱色に染まる

 頭を鈍器で殴られたような衝撃に、思考が凍りついた。

 無知な子供だったとはいえ、自分の行いが華から母親を奪っていたなんて。


『シロを、見たくない』


 華のその一言が、自分のやってしまった事が、鋭利な刃物となって僕の心臓を何度もえぐる。


 自分は霊体だから呼吸なんて必要ないはずなのに、周囲の空気が急に薄くなったようで、肺を満たすことができない。動悸がして、目の前が真っ暗になり、自分の輪郭さえも頼りなくほどけていくような感覚。華の心の叫びが、僕の全てに重く圧し掛かり、底の見えない罪悪感と喪失感が身体の内側を支配していた。


 華の家を出てから何処へ行くでもなく、フラフラと街を歩きまわった。足が棒になっているような感覚もあったが、立ち止まることが出来なかった。


 神社へ続く長い石の階段の下を歩いていると、二匹の真っ白な子狐が、四つ脚で器用に階段の上から駆けてきた。


「キツネキツネ、白いキツネ。金の眼に、艶の髪。迎えに来てやったぞ。お前はイナリ様の手伝いをするんだ!」「するんだ!」


「な、なんや!?子狐!?」


 僕の足元で舞うように騒ぐ二匹の子狐は、作務衣の裾を引っ張って、ぐいぐいと神社の石段を登り始めた。


「はよう、足を上げろ!きりきり歩け!時間は有限!」「時間は有限!」


「うるさいし、そんな引っ張らんといてや……いったいどこへ行くねん」


 引き返そうにも、どういうわけか足がそちらへと向いてしまう。


 僕は仕方なく、二匹の子狐が誘う神社へと進んで行くしかないのだった。



 途方もない石段を登り、否応なしに、ハァハァと肩で息をついてしまう。


 対照的に、全く疲れを見せない子狐たちは、石段をぴょんぴょんと駆けて行く。


「キミらの体力、どないなっとんねん……」


「はようはよう! 主がお待ちだ!」「主がお待ちだ!」


「そもそも、こんな長い石段やったか……?キミらの主はどれだけ僕のこと歩かせるんや……ほんま……」


 何十本という朱色の鳥居がいくつも過ぎ去り、長い長い石段を登りきると、一本道の参道を守るように、これまた朱色の大屋根に純白の扉が美しい、堅牢な門が現れた。


 側に控えていた数名の白狐によって、うやうやしく開けられる両の扉。扉が開け放たれると、一際大きい、尖り屋根の建物がそびえ立っていた。


「こちらにございまする」


 呆気にとられている僕に、一匹の白狐が案内を申し出てくれた。


 門番もそうだったが、二足歩行ではあるものの、僕とは見た目が決定的に違う。顔は獣の狐そのもので、手や足にもふさふさの体毛がある。狐が後ろ足で立って、袴を穿いている。二匹の子狐は四つ脚の動物のそれだったけれど。


「さぁ、こちらへ」


 驚きつつも、僕はしずしずと案内されるがままに付いて行った。


 いつの間にか、あの騒がしい二匹の子狐はどこかへ行ってしまったようだ。


「こちらは、拝殿。拝殿の奥へ進むと本殿がありまする。謁見の間、主はそこにおわすゆえ」


 直径一メートルはあるであろう巨大な朱色の柱に、天まで届きそうな尖り屋根。どこまでも真っ白な塗り壁が奥まで広がり、そこかしこに、一瞥するだけで素晴らしい名工の細工だとわかる金の装飾が施されている。


 静かに佇む豪奢なお社は、その威厳ある姿形もさることながら、何より清浄だった。

 屋外に面した外廊下にすら塵一つなく、その佇まいに負けないくらい美しく磨き上げられている。


「こちらにございまする」


「次は右」


「次は左」


 案内役の白狐に連れられて、こんなに奥があったのかと思うほど、ぐるぐると奥へ奥へと進む。

 廊下から見える中庭には大きな岩と白い砂が敷かれ、その砂には、何本もの線が真っ直ぐに引かれていた。


「こちらの奥にございまする。御簾みすの前にてお待ちくださいませ。――こちらにおわすは、高貴な御方。主の御前で努々《ゆめゆめ》、失礼のなきようお気を付け召されよ」

 

 それだけを告げると、案内役の白狐は元来た道をサッと帰ってしまった。


 外廊下を少し進むと、大きな部屋が現れた。

 部屋の奥には、外界を拒絶するかのように、幾重にも重なる御簾みすが下りている。

 その手前の開けた場所に、僕はぽつんと立ち尽くす。


 なぜここへ連れてこられたのだろうと、ぐるぐると考えを巡らせてはみたけれど、今の僕に出来ることといえば、ただぼんやりと周りを見渡すことだけだった。


 ここからも先ほどの白い砂が敷かれた中庭が見える。――というより、きっとここからの眺めが一番美しく映えるように作られているのだろうと感じた。


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