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一蓮華《いちれんはな》は溺愛白狐《シロ》に守られている  作者: 猫邑 ゆか
第一章

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第18話:願いは枠の外

 しばらくして、僕の周りの音が戻ってきた。


「よぉ」


 低い声が聞こえた。


「お前に言うとんや」


 僕?


「そう、白狐のお前や」


 目を開けて、きょろきょろと周りを見渡すと、なんと、向こう岸の景色だった。


 やった!僕、この川を岸から岸まで泳ぎ切ったんだ!

 弱くないって認めてもらえる!仲間に入れてもらえる!


「……ちゃう、下、見てみぃ」


 おじさんが人差し指を立て、そのまま下に向けた。

 その方向へ視線を下げると、『僕』がいた。


 えっ?!僕はここなのに、僕がいる?!


「そうや。お前は死んでしもたんや。しゃべっとるお前は『魂』で『霊体』。あっちの動かんなってしもたんは『肉体』。とりあえず、ここにおってもしょうがないから、今から別の所へ連れてったる」


 ……あの、僕の肉体の下にいる、人間は?


「あの人間は……香の魂は、天国まで連れていってもらったみたいや……良かったわ。――さぁ、いくで」


 ぐっと顔に力を入れ、難しい表情をしたおじさんと一緒に、僕は歩き始めた。



 お母さんやシロの過去を話し終えた狸のおじさん、ブンタさんは、静かに目を伏せて締めくくった。


「……で、シロを一蓮寺に連れていったんや」


 頭がクラクラする。心臓の拍数がバクバクと上がり、空気が吸えない。頭の中に色が無くなり、彼の話は途中から、何も分からなくなっていた。


 でも私は、お母さんが迎えに来てくれなかった時の事を覚えている。


 くらくなって、おほしさまとおつきさまがでてきてもまだ来てくれなくて、晩御飯の前になってやっとお父さんが迎えに来てくれた。「華ぁ…ゴメンなぁ…」って泣きじゃくりながら。


 お母さんの大きな写真と沢山の花が飾ってあって、お兄ちゃんもお父さんもすごくすごく泣いていて、おじいちゃんが叫ぶようにお経をあげていたのを覚えている。そして、お母さんが家に帰って来なくなって、毎日お家の中が暗くなった。


 パズルのピースのように私の記憶がカチリとはまっていく。


 あぁ……まさか。私は《《強く思ってしまった》》。


(シロを、見たくない)


 その途端、ビクッとシロの耳が跳ねた。

 そして、弾かれたように大きく瞳を開き、瞼を伏せ、姿を消した。


「……華……ごめんな」


 消えゆく僅かな言葉を残して。


 声をかけようとしたけれど、もう遅い。


 お母さんがいなくなってしまったあの日と同じ冷たい風が、心の中に吹き荒れる。それと同時にシロがいないこの場所は、呼吸をするのも苦しいほどに静まり返り、私は行き場のない罪悪感の中で、ただただ立ち尽くすことしかできなかった。


 窓の向こうでは、夕日が庭の大きな木の影を伸ばし、夜の帳が降りようとしていた。



 ユラユラと揺れる景色の中、声を弾ませ、呟いているものがいた。


「あぁ……我の花嫁。水底から湧いてくる心が、震えておるわ。あぁ……待ち遠しい……」


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