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一蓮華《いちれんはな》は溺愛白狐《シロ》に守られている  作者: 猫邑 ゆか
第一章

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第15話:いつでもどこでもどこまでも

 あの頃のシロ、小さな白狐の騒がしさは、今でも思い出す。


 また俺の傍でギャーギャー喚いとる。

 毎日騒がしいて、かなわん。

 そんなにギャイギャイ言うとったら、昼寝しとる華も起きてまうわ。


 ……なんて。俺ら、華には見えへんし、冗談やけど。


 溜息をつきながらシロの小言を聞く。


「ブンタ!華のこと、ちゃんと見てや! 痛いことから守ってやらなあかんのに、毎日毎日傷だらけやん! 僕ら、『守護霊』っていう大事な《《おやくめ》》を任されとるんやで!?」


 ほんまに毎日毎日、ごちゃごちゃと同じこと言いよる。

 うるさい奴や。

 誰や、こんな子狐に育てたんは。

 ……ほとんど、俺か。


「あぁっ!華がまたコケてもた……!」


 華に何かあるとすかさず駆け寄る、甲斐甲斐しいシロを見ながら、どう言ったもんか、と悩んでしまう。


「僕だけやったら全部は守り切れへん!ブンタもしっかり見といてや!」


「あんなぁ、子どもっちゅーのは古今東西、怪我するのは当たり前なんや。はぁ……。そんなんじゃ野生でやってけんぞ! 子どもなんか鼻垂れて傷だらけの方が強くなるもんや。放っといたほうが成長するわい!」


 華はもちろん、シロもまだ子狐。

 酸いも甘いも分かるはずがない。


「……もう、ええわ!僕一人でええ…僕一人の方が華を守れるんや! 狸のオッサンなんかポンコツや!もういらん!でていけぇぇえええ!!」


 おお。耳に響く、えらい剣幕や。

 衝撃波もでるなんてな。

 さすがに『守護霊』なだけあるわ。


 シロの音の圧にちょーっとだけ驚きながら、俺は言い返す。


「分かったわ!そこまで言うんやったらやってみぃ!」


 くるりとシロと反対の方向を向き、歩き出す。


 背中にちょっとだけ、汗かいたわ。

 少し散歩でもしてこよ。

 ふん、一週間程で根ぇ上げて、俺に泣きついてきても知らんぞ。


 ………………


 …………


 ……


 ……あれ?


 家、分からんなってもうた。


 ……クソ、俺、実は方向音痴やねん。



 「――っちゅうわけで、今、ここに来たってわけやな」


 堂々と語るオジサンに、事のあらましを聞かされたシロは、言葉を失って呆然としていた。


「それで……どっか行って帰って来れへんなったって。……オッサン、アホちゃう?」


 図星をつかれ、もにょもにょと言い訳を考えているであろう、私の元守護霊らしい狸のおじさんは、しどろもどろで二の句が紡げない。


「いやぁ……まぁ……」


 はっきりとしないおじさんを、シロはイライラとした様子で見ていた。

 ぐっと拳を握り締めながら、喉の奥から捻りだすようなシロの声。


「……方向音痴やったから、こんな無茶苦茶なったんやろ……この間なんか大きい看板まで飛んできて、華、ほんま危なかったんやで」


 俯いたシロの声が、静かな玄関に重く響く。


「華を守ることも完璧に出来ん……僕一人で、僕一人でも華を守るって。でも、ちゃんと……全部……守りきれんくて……」


 シロの言葉が零れる度に、胸が締め付けられるように痛む。彼は、毎日毎日怪我ばかりの私を必死に守ろうとしてくれていた。その背中に、どれだけの重圧がかかっていたのだろう。


 張り詰めた沈黙の中、シロは握っていた拳をわずかに緩め、口を開いた。


「……ブンタに出ていけなんか言って……なんか……その……ごめん……」


 苦しそうに言葉を絞りだしたシロは、見た目の年齢よりも遥かに小さな子供のように見えた。


 彼がこれほどまでに自分を追い詰めていたのかと、胸が締め付けられた。同時に、私が見えていない時も、彼は孤独にたった一人で守り続けてくれていたのだ。私に向けられたその一途な思いに、心の奥がじわりと熱くなるのを感じた。


「……いや、売り言葉に買い言葉ってやつやったな。大人げないっちゅうのはこのことか。俺もすまんかった。……それにしても、まだ身内以外に姿見せられへんのか?大きなったんは図体ずうたいだけか。まだまだ子どもやな」


 しんみりとした空気を打ち消すように軽口を叩くおじさん。


 あ、またシロからムカムカした空気を感じる。


 おじさんはニヤニヤしながら、再びポケットから煙草を取り出そうとした。その隙だらけの態度に『いやいや、なんでやねん!』と思わず関西弁で突っ込んでしまいそうだ。私は呆れを通り越して、間髪入れず言い放った。


「煙草、だめです!」


「あ……ごめんな」


 私に怒られてしょんぼりしながら、煙草をもう一度ポケットへと戻した。


 おじさんは顎をさすりながら、私の頬や手の甲、膝のキズをじっと見て、何かを考えているようだった。


「うーん、それにしたって、華はこんなに大きくなったっちゅうのに、まだ生傷ばっかりってのは、おかしいなぁ。また今度ウロウロしてちょっと調べてみるわ」


「ウロウロって……方向音痴なんやから、また迷子になって、帰ってこれんだけやろ」


 その途端、狸のおじさんは高笑いしながら、反対のポケットから取り出したものを、まるで時代劇の印籠よろしく、ばばーん!と、こちらへ向けて突き出した。


「ははは!なんと!今はスマートフォンっていう、文明の利器があるんや!これで……俺はもうなんにも迷うことは、ない!」


「……ほんまかぁ?」


 ジト目で狸のおじさんの方を見るシロ。


 スマホかぁ……特に使うこともないので、私はまだ持たせてもらってないけど興味はある。


 高笑いから一呼吸置いて、声色を落としたおじさんが続けた。


「さて。そしたら、とりあえず。せっかくここに来たし、かおりに挨拶させてもらうわ」


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