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一蓮華《いちれんはな》は溺愛白狐《シロ》に守られている  作者: 猫邑 ゆか


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第14話:知らないけれど知っている

 季節が何周も廻り、俺もまたこの寺へと巡って来た。

 四つの足で、てくてくと境内を歩く。


「あら、ブンタさん」


 久しぶりに見た柔らかな陽だまりのような、可憐な花のような笑顔。

 あれから変わっとらんな、かおり


 そして、香は大きな自分のお腹を愛おしそうに撫でながら、教えてくれた。


「ふふ、赤ちゃんがいるのよ。女の子で、名前はもう決めてあるの。『はな』っていうのよ」


 『はな』か。

 それはそれはかおりに似て、咲き誇る花のように美しい娘(べっぴんさん)になるやろなぁ。


「お母さーん!手伝って―!」


 小さな男の子が香を呼んでいる。


「はーい!今、行くわー!……じゃあね、ブンタさん。華のこと、見守っててね」


 春風が花の良い香りを運んでくる中、俺は、幸せそうな母親になった香の華奢な背中を見送った。



 バイト帰りに三葉みつばを誘ってお茶でもしようかと、中学校の校門の前まで来たら、よりによって、またオッサンに出くわしてしまった。


「あ、昨日の怪しい奴だ……」


「おう、昨日のおねえちゃんの一人やん……俺は、怪しい奴とちゃうねん。なんていうか、昨日探してた奴の身内みたいなモンや。……あ、やっぱりアロハシャツがあかんかったか。大阪の洋服屋が仲良うなるには、このアロハシャツが一番や、言うからこれにしたのに……騙されたわ」


 自分の着ている服を引っ張りながら、口を尖らせ、文句をたらたら言うオッサンは、まったく可愛くはない。


 下校のチャイムが響き渡る。まもなく三葉と華が出てくるはずだ。

 本当は、今すぐにこの場から消えてほしいところだが、どうしても確かめたいこともある。

 待ち時間を持て余した私は、葛藤を振り払うように昨日の疑問を言葉にした。


「アンタ、なんで『一蓮さん』を探してるの?」


「あぁ、頼りないボンが、少しは成長してるかと思ってなぁ」


 ……ボン?

  『ボン』というのは基本的に男の子を指す言葉だ。


 一蓮いちれんはなは女の子だ。


 華の兄の伊吹いぶきのことかと思ったが、彼は大学生だ。この中学校の周りをウロウロ探す理由がない。どういうことだ?


 ――いや、今は理由なんてどうでもいい。もし万が一にでも、三葉みつばや華に危害を加えようものなら、ぶっ飛ばして、警察に突き出してやる。


 昨日よりもさらに疑いの目を光らせ、彼の次の一挙手一投足を凝視した。


「お。出てきよったな」


 そう言って、鼻をひくつかせるオッサン。

 校舎の方へと目をやると元気に帰宅してくる我が妹とオッサンの探し人がやってきた。


 両手を上げて、こちらへ飛んでくる我が妹、三葉みつば

 その少し後ろを、てくてくとマイペースに歩いてくる我が妹分、華。

 

「あ、一葉かずは姉ちゃーん、おっまたせー!……誰?この人」

「ただいま、一葉かずはさん」


 きょとんとした顔の二人を他所に、オッサンはニヤニヤしながら二人を一瞥し、ニッコリ微笑んだ。


「久しぶりやなぁ、シロ」


 その視線は、華の背後――なにもない空間を真っすぐ見据えていた。



「……狸のオッサン、なんで帰ってきてん」


 このアロハシャツ、短パン、ビーチサンダルを身に着けた、見るからに怪しいおじさんは、どうもシロの知り合いのようだ。

 でも、このままの状況だとジロジロとおじさんを見て怪訝な顔をしている一葉かずはさんに警察を呼ばれかねない。そうなると、とても面倒になる、はず。


 うーん、仕方ない……!意を決して、私はおじさんへ声をかけた。


「あ、あー!おじさん!おじさん、久しぶり!え?一年ぶりかなー!だいぶ太った?痩せた?前と違う雰囲気だったからわかんなかったよ!迎えに来てくれてありがとう!さ、私のお家へ行こう」


 私は捲し立てながら、そそくさとおじさんの背中を押す。


「……華の知り合い?」


 なんと、まだ一葉かずはさんの疑惑が晴れていない!


「そうそう!遠くに住んでる、お父さんの親戚のおじさんの……そのまたおじさん!今日くるの忘れてた!おじさん、めちゃくちゃ忙しい人だから、先に帰るね!」


 二人に怪しまれながら、シロとおじさんを連れて猛ダッシュで帰宅し、そのまま玄関に押し込んだ。


 私に向かって「すごいなぁ、華」と大笑いする怪しいおじさん。

 一方、腕を組んで不機嫌極まりないシロ。


 謎の二人が対峙する。

 ……この我が家の狭い玄関で。


「なんで今更帰ってきたんや、狸のオッサン」


 シロが『狸のオッサン』と言うからには、この人は白狐のシロと同じく『狸』の妖怪かなにかなのだろう。でもシロはなんでこんなに機嫌が悪いんだろう。苛立ってきたからか、シロの足が貧乏ゆすりのように小刻みに動き、喉の奥から小さく唸り声がでている。


「おーコワ。久しぶりに会った同僚に、なんでそんな嚙みついた物言いするねん。……あ、華。煙草吸うてええ?」


「だめです」


「あかんか……今はどこも禁煙禁煙や……」


 そう言いながらポケットから出した煙草をもう一度押し戻し、しょんぼりしている。だけど、わが家に喫煙者もいないし、私も煙草の匂いは苦手だし、絶対にごめんだ。


 すごくマイペースなこのおじさんは、一体何者なんだろう。なんで私の名前を知ってるんだろう。


 遠い記憶の断片を刺激されるような気がして、なぜか彼を放ってはおけなかった。


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