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一蓮華《いちれんはな》は溺愛白狐《シロ》に守られている  作者: 猫邑 ゆか


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第13話:さすらう心は風のよう

 これは、とある夏の終わりからの俺の記憶。


 俺は風来坊。


 ……風来坊って、かっこいい響きやろ?さすらいの旅人って意味や。


 まぁ、俺は今、人やなくて、狸やけどな。気に入ってんねん。


 九月とはいえ、まだまだ日差しが容赦ない季節。

 今日は、たまたまふらっと立ち寄った涼しい寺の中を散歩しとる。スーハーと深呼吸をすると、澄んだ空気が肺を満たしてくれる。しっかりお掃除されて、清浄を保ってるいい寺やなぁ。


 お、ハマナスの実まであるわ。ラッキー。俺、ハマナスの実、好きやねん。甘くて酸っぱくて、キューっとなるところがええんや。


 後ろ足で立ち、鼻歌交じりにハマナスの実に手を伸ばしかけた時、人間の足がこちらを向いてるのが視界に入った。バッと顔を上げて、その人間の顔を見た。


「あら?ふわふわの狸さんだわ。山からきたの?」


 俺と女の間を、やかましいセミの声だけが通り抜けていく。


 俺は目を丸くして、固まってしまった。

 その女は俺が見えてるらしい。

 妖である、この俺が。

 へぇ……変わった女や。


 何も言わんとハマナスの実をササッと手に持ち、寺を後にした。


 おーコワ。さっさと次の街へ行こ。


 ………………


 …………


 ……


 ……あれ?


 歩いて歩いて、また同じ寺に戻ってきてもうた。


 ……クソ、俺、実は方向音痴やねん。


「あら、狸さん、また会ったわね」


 ニコリと優しい笑顔でその女は笑った。



 その女は毎週毎週、俺のところへ来て、独り言を呟いていくようになった。


「狸さん……またハマナスの実ばっかり食べて、栄養偏らない? リンゴは? 食べる? でも、ハマナスの実って甘くって、酸っぱくって美味しいわよね」


 そうつぶやくと、女は数個、実を取り、石段に座っている俺の横に「よいしょ」と腰を下ろした。


「子供の頃たくさん食べたなぁ。久しぶりに私も食べたくなっちゃった」


 手のひらに乗せた実を目を細めて懐かしそうにみると、口に放り込み、きゅっと顔をしかめた後、「やっぱり酸っぱいわね」と笑った。


「私の名前、かおりっていうの。いい名前でしょう。そういえば、狸さんはなんて呼ばれているのかしら……」


 時折、俺の頭や背中を撫でながら、独り言のように続けた。


「知ってる? ハマナスの実って巷じゃ、ローズヒップっていうのよ。ビタミンCがとっても豊富なんですって。だから狸さんの毛は艶々なのかしら?」


 そんな豆知識、俺にはどうでもよかったが、女の手はとても心地よかった。空気が冷たくなってくる季節であり、その優しい手つきについ居眠りしてしまいそうになる。


「今、私がお付き合いをしている方がいてね。ただしさんっていう名前なんだけど、とっても感動屋でかわいいのよ。ふふ、ちょっと狸さんに似ているわ」


 俺みたいな男か。それはきっといい男に違いない。そう思いながら、俺はフンフンと鼻を鳴らした。


ただしさんってびっくりするくらい鈍感なのよ?お寺ってお墓もあるから、なんだか怖い時があるじゃない? 私、今でも時々ぞっとすることがあるんだけど……この間ね、暗くなりかけた境内の奥に柄杓ひしゃくとバケツを片付け忘れちゃったの。そしたら彼、そういう気味の悪い場所でもちっとも怖くないみたいで、平気な顔でずんずん進んでいっちゃうの。普通の人が『何となく嫌だな』って避けるような薄暗い場所も、一人でぐいぐい行けちゃうのよ。もう、怖がらなさすぎて私、逆におかしくなっちゃって!でも、やっぱり怖いのは本当だから足がすくんじゃったんだけど、彼、『手を繋いでいこう』って、私の手を優しく取って、一緒に柄杓ひしゃくとバケツを取りに行ってくれたの!」


 そう言って両手を両頬に当て、きゃーきゃーと騒ぐ女。この話になると随分と饒舌になるな、と呆れ半分に思いながら、俺は側に座っていた。


 けれど、はしゃぐ女の横顔があまりに幸せそうできらきらと輝いているものだから、俺までなんだか満ち足りた気分になる。まぁ、こんな気持ちも悪くない。


「狸さんの毛って意外と柔らかいのね。ふんわり暖かくて、なんだかお日様みたい。」


 女は急に「そうだ!」と俺を撫でる手を止め、嬉しそうにこちらを見た。


「いつまでも狸さんじゃ変かと思って、名前を考えてきたの。『充分』の『ブン』に、太陽の『タ』。ブンタっていう名前、どう?太陽の光に満たされた温かな狸さんにぴったりの、素敵な名前だと思うんだけど」


 それから俺の名は勝手に『ブンタ』になった。



「実はね、毎週ここにお父さんを説得しに来ているの。お父さんったら、このお寺を継ぐ人じゃなきゃって。お父さんはただしさんとの交際には反対で……私は、彼がいいのに」


 女はここへ来る度に溜息がだんだんと増えてきているようだった。

 うつむき顔で、さらさらと俺の背中を撫で続けた。


「はぁ……結婚は絶対にダメだって。今時、困っちゃうわよね……」


 だんだんと陽が長くなり、木々が芽吹く頃のことだ。


「お父さんが、婿養子なら許すって言ってくれたの。渋々、だけどね」


 いつも通り石段に腰掛け、いつも通り俺の背中を撫でながら、嬉しそうな、だが、少し寂しそうな声色で続けた。


「実は彼と一緒に海の方に住む予定なの。ブンタさんに会えなくなるのはすごく寂しい……けれど、楽しかったわ。また会いましょうね。ありがとう、お日様みたいな狸さん」


 俺が去るまで、少し涙を溜めながら手を振っていた。


 この日を境に、かおりは来なくなった。


 ふん……人間なんてこんなもんか。


 そうしてまた、俺は風来坊になった。


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