第12話:かわいい子は目に入れても痛くない
今日の放課後はおじいちゃんのところへ行く。
何の用事かはわからないけど、お願いがあるから放課後に来て欲しいと言われたのだ。
おじいちゃんのお家は、『一蓮寺』というこの辺りでは有名なお寺で、なんと建てられてから、四百年も経つらしい。
いつも少しピリッとした空気が張りつめていて、難しい言葉を使うなら、荘厳な雰囲気を漂わせている、というのが一番しっくりくる。
敷地内の中心には仏様を祀っている本堂があり、その傍に、美しい白の蓮の花が咲き誇る大きな蓮池がある。
この蓮池は恋愛成就を願えば叶うという、まことしやかな言い伝えがあり、特に若い女性には人気なのだそうだ。
蓮の花の見頃を迎えるのは来年の六月頃なので、今はまだ一面、大きな緑の葉っぱだけが静かに水面に浮かんでいる。池の中には錦鯉が泳ぎ、亀も日なたぼっこをしている。のんびりとした風景に癒やされる場所だ。
手水舎で清めてから、本堂ではなく、おじいちゃんがいつも事務作業をしている寺務所へと向かい、ガラリと引き戸を開ける。
「おじいちゃーん、こんにちは」
「おお!華、よく来たね。ささ、ここに座りなさい」
作業の手を止めて、隣の椅子を引き、笑顔で出迎えてくれた私のおじいちゃんは、この『一蓮寺』の住職だ。
私やお兄ちゃんのことを目に入れても痛くない程、とても可愛がってくれている。
実際、おじいちゃんが小さい私を膝に抱きかかえて、『華や伊吹は目に入れても痛くない』と言った瞬間、目に指をぶすっと入れちゃったことがあったそうなんだけど……痛かっただろうな。ごめんね、おじいちゃん。
「ありがとう、おじいちゃん。今日はお願いがあるって聞いたけど……どうしたの?」
「おお!そうだった、そうだった!華のかわいい顔を見ていたら、忘れるところだった!そろそろ、秋の例祭の準備を手伝ってもらいたくてな」
「あ、そっか。来月だもんね。もちろん手伝うよ!」
秋の例祭は、収穫の感謝と地域の平穏を祈る、年に一度の大切な行事だ。
近隣のお寺や神社、近くの商店街たちもみんな参加して、出店がぎっしり並び、地域みんなで盛り上がる。いつもは仕事で忙しいお父さんも、この日ばかりはおじいちゃんを手伝うために必ず休みを取る。
夜遅くまで遊んでも怒られないから、子ども達にとってはさらに非日常を感じ、ウキウキとワクワクが止まらない一日なのだ。今年は射的で一発でも当てたいところ。焼きそばやたこ焼きはマストでしょう。あ、でもシロはあれだけ熱弁してたからお好み焼きがいいかなぁ。シロは他に何が好きなんだろう。そうそう、綿あめとりんご飴、毎年どちらにしようか迷うんだよなぁ……なんて、私の頭の中では今から妄想が止まらない。
何はともあれ、今からとっても楽しみだ。
◇
「二葉、三葉を迎えに行くぞ」
「一葉姉ちゃーん、ちょっと待ってー。クロのリード絡まったー」
我が家の愛犬、少々大き目の茶黒の雑種犬。
本名クローバー、通称クロの2本のリードが絡まって悪戦苦闘している我が妹、二葉の様子を伺っていると、変なオッサンに声を掛けられた。
「お、ピチピチのおねえちゃん達、はっけーん」
「……なんだ?このオッサン。二葉の知り合い?」
「えー……私、こんなオッサン、知らなーい……」
私も知らない。
二葉も知らない。
これは完全なる要警戒人物、不審なオッサンだ。
「オッサンやなんて、酷いなぁ。生まれてこのかた、ピチピチやのにぃ」
カカカと笑いながらおどけるそのオッサンは、アロハシャツに短パン、ビーチサンダルといった出で立ち。背が高いというよりも全体が大きく威圧感がある。少々雑な言いまわしだが、『デカい』という言葉がしっくりくるだろう。髪の毛はバサバサ、たれ目のニヤケ顔。しかもバリバリの関西弁を話す、怪しさ百点満点の男だった。こんな奴は無視するに限る。
「一葉姉ちゃーん……よくわかんないし、ほっとこー」
「……そうだな」
そうしようとした瞬間、オッサンが私たちを呼び止めるように声をあげた。
「あー……ちょっとちょっと……無視しないで欲しいなぁ。えーっと。この辺に、『一蓮さん』ってお宅あるの、ご存じ?」
二葉の目が大きく見開いたのがわかった。
その苗字は知っている。
我が妹、三葉の友達であり、かわいい我が妹分、華の苗字だ。
変わっている苗字だから、十中八九そうだろう。
しかし、怪しい奴には教えてはいけない。
身を守る為には当たり前のことだ。
私の猜疑心は警戒レベルMAXになった。
相手の細かな動き一つ見逃すまいと目を凝らしながら答える。
「……知りません」
「ふぅん、そうかぁ。でもこの辺から、確かに”匂い”がするんやけど……」
私たちの周りを鼻をひくつかせながら一周くるりと回って立ち去った。
「なんなんだ、あのオッサン……」
「知らなーい。一葉姉ちゃん、変なことに首突っ込んじゃだめだよー」
二葉がオッサンに向かって「ヴゥー……」と唸るクロを撫でながら、ジト目で忠告してきたが、絶対に首なんか突っ込むつもりはない。
「ふん、変なオッサン……」
絡まったリードがやっと解けたようで、しっかりとリードを持ち直した二葉は、こちらに向かって真剣な面持ちで言った。
「一葉姉ちゃーん。クロ、うんちした」
私は溜息をつきながら、二葉にビニール袋を渡した。




