第11話:隣にいる、特別なふわふわ
寝る前の準備を整え、私は自分の部屋で本を読んでいた。
先日の熱もすっかり良くなり、本の内容もスルスルはいってくる、もういつもの元気な私だった。
「……ホンマ、キミの部屋は相変わらず『ふわふわ』の飽和状態やなぁ。足の踏み場もないわ」
シロが呆れたように指差したのは、棚やベッド脇を占領している大小様々なぬいぐるみたちだ。
「このうさぎなんか特に場所とってるで」
彼は一番大きなぬいぐるみ――私の半分くらいもある、枕元のうさぎさんのあたまをポンポンと叩いた。抱っこするのにちょうど良い、私のお気に入りの子だ。
「ふふん、大きいうさぎさん、いいでしょ。この子は特別!私がひとりで寝るって決めた日、お父さんとお兄ちゃんが買ってきてくれたんだよ」
私がうさぎさんを手に取り、抱きしめながらそう言うと、シロはニヤリと意地悪く笑った。
「そうやったなぁ……。はじめの二週間くらいは、夜中になるたびにめそめそ泣いてたもんな。結局、おとうや伊吹が部屋まで様子を見に来るまで泣き止まへんかったし」
「な……! なんでそれ、知ってるの……! あ、そうか、シロはあの時も……」
見えてはいなかったけれど、五歳の頃から、シロはずっと私の隣にいたんだ。そう思い出したら急に顔が熱くなった。
「小さい時なんだからしょうがないじゃない! この子をぎゅってして寝ると、すごく安心するんだ。……この柔らかい感じが、なんとなくお母さんのことを思い出させてくれるっていうか」
お母さんのことを思い出し、少し寂しくなって、目を細めてしまった私。その素振りを見たシロの耳が、ぴくりと動いた。彼は少しだけ視線を泳がせると、私の腕の中にあったうさぎさんのぬいぐるみをひょいと取り上げた。
「あ、ちょっと、何するの!」
「……綿の詰まった人形もええけどな。今の僕は、『だっこ』出来るねんで? このうさぎさんと違って、ぴょこぴょこの耳に、華が洗ってくれたさらさらの髪の毛、ふわふわの尻尾もあるし……あったかい身体もある」
シロは自分の身体を丁寧に触りながら、言葉を続けた。
「……僕も抱っこできるようになったんやから……ぬいぐるみやなくて、僕を抱っこしてもええんやで?」
その言葉が耳に届いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
至近距離で、シロの黄金の瞳がまっすぐ私を射抜いている。逃げ場を探そうと視線を彷徨わせても、彼はずっと私を見つめたままだ。まるで、私の瞳の奥まで覗き込もうとするかのような、重たくて熱い眼差し。
そして以前感じた、シロのお日様みたいな匂いがふわりと鼻先をくすぐり、心臓の音がうるさいほどに高鳴った。
「な、なな、何言ってるの、シロ……ッ!」
顔から火が出るほど熱くなって、私は反射的に彼が抱えていたうさぎのぬいぐるみを取り返した。
「しょうがないなぁ……。キミが頑固なんは、ずっと前から知っとるけどな」
シロはもう一度、私の手からうさぎさんを奪い取った。そして、その腕で、ぎゅーっと、愛おしそうに抱きしめたのだ。……うさぎさんを抱きしめながらも、彼の瞳は、片時も私から離れることがない。
「あ……」
その深い視線に釘付けになり、胸の奥で、モヤモヤとした得体の知れない感情が湧き上がってくる。
(なんで、うさぎさんばっかり……!)
……あ。私、今、ぬいぐるみに嫉妬した?いやいや、まさか!
自分でも驚くような独占欲がこみ上げてきて、心がひどく波立つ。
シロは幸せそうに目を細め、「よしよし、キミはええ子やなぁ」なんて言いながら、うさぎさんのほっぺを自分の頬にすり寄せている。その楽しげな顔を見ていたら、どうしようもなく悔しくて、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
シロはわざとらしくチラリと私を見て、動揺を確かめると、くすりと楽しげに笑い――今度は背を向けて、その立派な尻尾を私の元へ差し出してきた。
「そんな顔せんと……。ほら、しょうがないから今日は僕の尻尾だけで我慢したげるわ」
うさぎさんよりは少し小ぶりだけど、シロの立派な尻尾。悔しいけれど、甘えるように思う存分モフモフさせてもらった。
「さぁ、そろそろ寝よか。おやすみ」
そう言って照れているシロに優しく頭を撫でられる。撫でられながらふと顔を上げると、まだ彼は、じっと私を見つめている。シロに撫でてもらった場所から、じりじりと熱が広がっていく。今夜は、なんだかあまり眠れそうになかった。




