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千日の雨を越えて、あなたの声だけが響いていた〜私がすべてを捧げた彼は、時空を越えて私を守る最強の盾でした〜  作者: 萩雨 柊


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第5話 瞳の中の宇宙と、不器用な口実(結愛視点)前編

オンラインで仕事を共にしてきたこの二年間。


ずっと画面越しにしか知らなかった九条さんと、ついに直接会う日がやってきた。


私のパソコンの動作が遅いからとPC交換の申請をしてくれた彼。オフィスにそれを取りに行くタイミングで、その時関西から東京に出張に来ていた彼と初対面することになった。


指定された階に到着し、エレベーターの扉が開いた瞬間。そこに、私を迎えに来てくれた彼が立っていた。


「……やっと、会えましたね」


見上げるほど背が高く、仕立ての良いスーツから、成熟した大人の男としての密度が滲んでいる。

二年間、画面越しに見ていた平面の輪郭が、確かな体温と息遣いを持って目の前に現れた瞬間、心臓がふわりと音を立てた。


静かな微笑みとともに落とされた、私の好きな、あの柔らかくて優しい彼の声。

それは、突然の通り雨に降られたような感覚だった。

傘を開くまもなく、彼の笑顔に魅入られていた。


コロナ禍の閑散としたオフィス内に案内されると、彼は「会議室で話しましょう」と言って、四人掛けの小さな会議室に私を導いた。

そこに荷物を置き、二人でIT部門のあるフロアまで階段を上ってパソコンを受け取る。


会議室に戻り、彼にサポートしてもらいながら初期設定を進める。

彼は斜め前の席に座っていたが、私が設定について質問すると、わざわざ立ち上がって私の隣まで来てくれた。


「あの、……ここのパスワード設定なんですけど……」


「あ、……ここは、こうして」


彼が私の背後から身を乗り出し、小さな画面を指差しながら丁寧に教えてくれる。不意に近づいた彼の大きな身体から、清潔で落ち着いた大人の香りがふわりと漂ってきた。


「これで大丈夫です。……分かりますか?」


すぐ耳元で囁かれる、彼特有の微かに掠れた柔らかい響き。その吐息が髪を揺らし、鼓膜を直接震わせた瞬間、背筋から指先へと甘い痺れが広がった。

社会的な距離を保たなければならないのに、肩を少し傾ければすっぽりと彼の体温に包まれてしまう。その想像が、理性の輪郭を曖昧にしていく。


初期設定を終え、私たちは少し早めのランチに行くことにした。

日頃自宅で仕事をしている私にとって、吐く息が白く滲む冬のオフィス街の景色は新鮮だった。


「午前中、水瀬さんとのランチでどこに行こうか考えていて。調べていたら、ここのパスタが評判良さそうなんです」


歩きながら彼がふとそう言って、私を見下ろす瞳が柔らかく和らいだ。


本当は今日、九条さんと静かなところで和食が食べたい気分だったことなど、もうすっかりどうでもよくなっていた。

忙しい仕事の合間に、彼がわざわざ私のためにお店を調べてくれていたという事実が、胸の奥を甘く満たしていく。

自然と綻んでしまう口元を隠すように、私は弾む足取りで彼についていく。

彼は歩くのが遅い私のペースに寄り添うように歩き、言葉を交わすたびに何度も私と目を合わせては、優しく微笑んでくれた。


九条さんの調べた通り人気のお店らしく、十二時前だというのにすでにお客さんが並んでいた。

十二月の身を切るような冷たい風の中、店の外で並んで待つことになったけれど、肩が触れそうなほど近くに立つ彼の大きな気配が、私を内側から温めてくれていた。


やがて店内に案内されると、彼はごく自然な動作で「奥へどうぞ」と、私をソファ席の奥へと座らせてくれた。

ただ、店内はこぢんまりとしていて隣の席とも近く、活気あるざわめきに満ちていたため、少し話しにくさを感じる。

(……やっぱりもう少し静かなお店で、ゆっくり彼の声を聴いていたかったな)

密かにそんなささやかな不満を胸の内で呟いた。


「食べられないものはありますか?」


周囲の喧騒に声を掻き消されないよう、彼がテーブル越しにすっと身を乗り出し、私の顔を覗き込むようにして尋ねてきた。

不意に視界を奪うように近づいた彼の整った顔立ちと、ふわりと漂ってきた落ち着いた香りにドギマギしながら、私は「……辛いものが、少し苦手で」と、慌てて答えた。


注文を終え、料理を待つ間、私は飼っている犬と亀の他愛のない話をした。

私の日常の些細なエピソードを、彼はとても嬉しそうに微笑みながら聞いてくれる。


微笑むたびに、目尻から頬にかけて、彼の人柄そのままの穏やかで優しい皺が幾重にも広がる。

ふと、その整った顎の輪郭に、ほんの少しだけヒゲの剃り残しがあるのを見つけた。

(肌が弱くて、今朝は剃れなかったのかな……)


画面越しでは決して分からない、彼という人間の確かな息遣い。そんな一つ一つの小さな発見が嬉しくて、彼と一緒にいるだけで自然と笑顔がこぼれていた。


やがて運ばれてきたパスタを一口食べると、予想外のピリッとした香辛料の刺激に唇がじんわりと熱を持った。

思わず微かに息を乱し、ひりつく刺激を和らげようと、無意識に舌先で自分の唇を舐め湿らせる。


「大丈夫ですか? ……私のと交換しましょうか?」


ほんのささいな私の仕草を逃さず、彼が咄嗟に心配そうな声をかけてくれた。

ふと視線を落とすと、彼のお皿にはまだ手がつけられていなかった。

私がすでに口をつけたものを何の躊躇もなく受け入れようとする、その彼の私に対する距離感に、胸の奥が小さく粟立つ。


「あ……大丈夫です。少し辛いみたいですが、食べられます」


揺らいだ息を整えて顔を上げると、彼の真っ直ぐな視線が、私の赤くなった口元を気遣うように注がれていた。

気遣うような言葉とは裏腹に、その静かで熱を帯びた瞳に見つめられるだけで、下腹部の奥に甘く熱い雫が落ちたような錯覚を覚える。

彼の視線が肌をなぞるたび、微かな火傷の跡が残る気がして、私は甘い息苦しさを感じていた。


その甘い余韻を胸の奥に抱えたまま、少し長めのランチ時間も終わる頃。


お会計の時、彼は「水瀬さんの分も払わせてもらえませんか」と、とても控えめで優しい聞き方をしてくれた。


「はい……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。ごちそうさまでした」


そう伝えてお店を出る。最後に店員さんからもらったお口直しのガムを彼に渡すため、先に店を出ていた彼の腕にそっと触れて呼び止めた。

服の上からでも伝わってくる、確かな体温と大人の男の硬い骨格。

呼び止められた彼がゆっくりと振り返り、私を静かに見下ろす。


「九条さんの分です」


「……ありがとうございます」


ガムを手渡すほんの一瞬、指先が微かに触れ合う。


優しく細められた彼の瞳に見つめられながら、冬の冷たい風の中に立っていても、私の中の熱は静かに高まり続けていた。


いつも応援ありがとうございます。萩雨はぎさめ しゅうです。

ついに、二人が画面越しではなく現実に対面を果たすエピソードをお届けしました!


同じ空間、すぐそばにある体温と香り。

表面上は冷静な仕事のパートナーを装いながらも、実はお互いがお互いに強烈に惹かれ合い、心の中で限界まで相手を求めていた……そんなギリギリの焦燥感を感じていただけていたら嬉しいです。

続きは、本日22時頃に更新予定です。

(もし「彼視点も良かった!」「二人の幸せを見守りたい」と思っていただけましたら、ページ下部からの評価やブックマークで応援していただけると、日々の執筆の大きな励みになります!)

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