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千日の雨を越えて、あなたの声だけが響いていた〜私がすべてを捧げた彼は、時空を越えて私を守る最強の盾でした〜  作者: 萩雨 柊


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第4話 君の弱さ、僕の生き甲斐(九条視点)

彼女はいつも完璧だった。


僕の思考を先読みし、すべてをそつなくこなす、凛とした聡明な女性。僕にとって誰よりも頼りになる、強くて美しい存在だった。


だからこそ、彼女が微かな綻びを見せた時、僕は迷わず『少し話せますか?』と連絡を入れた。


イヤホン越しに、彼女の呼吸が浅くなっているのが分かる。僕は努めていつも通り、穏やかな声を保ちながら、彼女の重荷を少しでも減らそうと「補佐として、佐藤さんが会議に同席しますから」と伝えた。直後のことだった。


「九条さんがいいです……他の人じゃ嫌です」


震えるような声でこぼれ落ちたその言葉に、一瞬、僕の心拍が跳ね上がる。


有能な彼女が、僕の前でだけ見せてくれた無防備な弱さ。「九条さんがいないと、私どうしたら」と、今にも泣き出しそうなその響きに、僕は完全にペースを乱されていた。取り繕う余裕など、とっくに霧散している。


「わかったから、逃げないから……大丈夫ですよ」


焦りが滲み出た、不器用な素の言葉。上司としての仮面を装うことすら忘れて零れ落ちてしまった。しかし、それを聞いた彼女が、ふっと安堵したように、柔らかな笑い声を漏らした。


彼女が笑ってくれた。ただそれだけで、僕の胸の奥で冷え切っていた何かが、途方もない温もりで満たされていく。

それからは、僕が彼女の最大の支えであり続けようと決めていた。些細な不安も、業務の悩みも、彼女が言葉にする前に気づけるよう常に意識を向け、連絡があればすぐに耳を傾けた。彼女が一つひとつ不安を解消し、前を向けるよう、僕はその歩みに寄り添い、共に課題を乗り越え続けてきたのだ。


しかし、それでも押し寄せる業務の波はあまりに過酷だった。いよいよ限界を感じた彼女から、「一人ではこの先、仕事をやりきる自信がありません」と相談された時、僕は迷わずこう答えていた。


「僕が、水瀬さんの盾になりますから」


画面越しにそう言った瞬間、自分の中にある「彼女を守り抜きたい」という強烈な庇護欲の熱さに、改めて気づかされる。それは上司としての義務を超えた、僕自身が渇望していた誓いだった。


僕は宣言通り、彼女の前に立ち続けた。気難しい顧客との会議の前には必ず作戦会議を設け、彼女の不安を一つずつ消していく。


「この難しい部分、九条さんにお願いしてもいいですか?」


聡明で隙のないと思っていた彼女からそう頼まれるたび、僕は喉の奥が熱くなるのを感じた。彼女が苦手とする交渉ごとはすべて僕が引き受け、矢面に立った。僕を頼り、甘えてくれる彼女をただそばで支え、守り抜きたかった。


けれど、僕がどれだけ盾になろうとしても、ギリギリまで張り詰めていた彼女の心は限界を迎えていた。無事にプロジェクトのリリースを見届けた後、涙をこぼしながら「辞めたい」と告げられた時、僕の心は軋むような痛みを覚えた。


笑顔を失い、心を凍らせたような強張った気配。僕の元から去ろうとする彼女を手放すことなんて、できるはずがなかった。


どうかもう一度、あの真っ直ぐな笑顔を見せてほしい。その一心で、僕は荒ぶる鼓動を静めるように深く息を吸い、静かに本心を口にした。


「昨夜寝る前に、水瀬さんと一緒に仕事ができて、幸せだなと考えていたんですよ」


画面の向こうで、彼女が戸惑い、息を呑む気配がわかった。構わず、僕は堰を切ったように言葉を重ねた。


「水瀬さんを笑顔にすることが、最近の生き甲斐になっているんです」


自分でも無意識のうちに微笑んでいた。ほんの少しの勇気を振り絞り、素の気持ちを言葉にする。


「細くてもいいから、末永く繋がっていたいです」


自分の口からこぼれ出た言葉は、一片の嘘もない本心だった。彼女を笑顔にすること。それがいつしか、何よりもかけがえのないものになっていた。


僕の言葉を聞いた後、画面越しの彼女の気配から、すっと氷が溶け落ちていくのがわかった。


震える吐息、鼻をすする微かな音。大粒の涙をこぼしながら、ふわりと安堵したような柔らかな笑顔を浮かべてくれていた。


僕は彼女を安心させるため、負担になっているすべての業務を引き受け、「定例会議に出てくれるだけでいい」と伝えた。彼女が隣にい続けてくれること。それが僕の唯一の望みだった。


面談の後、彼女から『わたしも九条さんとお仕事ができて幸せです』というテキストが届いた。


ただ、そばにいてほしい。僕を頼り、僕の前でだけその弱い素顔を見せてほしい。


彼女を守り抜くという決意の裏側で、僕の心はすでに、後戻りできないほど深く、彼女という場所へ足を踏み入れていた。


いつも応援ありがとうございます。萩雨はぎさめ しゅうです。

今回は少し視点を変えて、彼(九条)の胸の内をお届けしました。


完璧で頼れる上司という仮面の下で、実は彼の方が彼女の存在に救われ、誰よりも彼女を手放すことを恐れていた……そんな不器用で深い愛情を感じていただけていたら嬉しいです。


次回からは初対面を迎えた2人の距離がさらに変化していきます。

明日も21時頃に更新予定です。


(もし「彼視点も良かった!」「二人の幸せを見守りたい」と思っていただけましたら、ページ下部からの評価やブックマークで応援していただけると、日々の執筆の大きな励みになります!)

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