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千日の雨を越えて、あなたの声だけが響いていた〜私がすべてを捧げた彼は、時空を越えて私を守る最強の盾でした〜  作者: 萩雨 柊


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第3話 私の盾、君の笑顔(結愛視点)

その日、私は息をするのも苦しいほどのプレッシャーに押し潰されそうになっていた。


終わりの見えない業務量、そして、気難しい顧客への単独訪問。完璧にこなさなければならないという責任感と、一人でやり切る自信のなさが、真綿で首を絞めるように少しずつ私の精神をすり減らしていた。


パソコンの画面から漏れる無機質な青白い光に晒されながら、冷たい不安の底に溺れそうになった時、不意に彼から連絡が入った。


『少し話せますか?』


促されるままに繋いだ通話。イヤホン越しに届いた彼の声は、いつものように穏やかだった。


私が抱えている重圧を、その響きだけで静かに受け止めてくれるような温かさ。


「補佐として、佐藤さんが会議に同席しますから」と、優しく告げた。


その言葉を聞いた瞬間、私の中でギリギリまで張り詰めていた糸が、ぷつりと音を立てて切れた。


胸の奥底に溜め込んでいた幼い本音が、堰を切ったように涙声となって溢れ出す。


「九条さんがいいです……他の人じゃ嫌です」


その言葉は、自分でも驚くほどすがりつくような、幼い響きを持っていた。大人の女性が上司に言うべき言葉ではないと分かっていても、喉の奥から零れ落ちるのを止めることはできなかった。


「九条さんがいないと、私、どうしたら……」


今にも泣き出してしまいそうな私の声に、通話の向こうの彼はハッと息を呑み、慈しむように、子どもをあやすような柔らかな声色で返してきた。


「わかったから。逃げないから……大丈夫ですよ」


彼から不意に零れ落ちた、焦りの滲む素の言葉。


いつも完璧な彼が、私が泣き出しそうなのを察知して、思わず取り繕う余裕をなくしてしまったのだ。


その不器用な優しさと必死さに、私は心の底からほっと安堵し、涙ぐんでいたにもかかわらず、思わずふふっと小さく笑い声を漏らしてしまった。


私が感情のままに弱音を吐き出しても、彼は決して呆れることなく受け止めてくれた。


私が笑ったことに気づくと、彼もまた、つられたように嬉しそうな息遣いを漏らす。


張り詰めていた空気がふわりと緩み、ただひたすらに温かい時間が流れていた。


しかし、寄せ来る仕事の波は容赦がない。

その仕事の波と共に押し寄せる顧客からのプレッシャーに、追い詰められていく。


いよいよ限界を感じた私は、縋るように彼に本音を吐き出した。すると彼は、迷いなく言った。


「僕が、水瀬さんの盾になりますから」


表面上はあくまで上司としての言葉だ。

だから私も、冷静に受け止めるべきだと頭では分かっている。


しかし、その言葉が持つ甘く、恐ろしいほどの破壊力に、私の理性は完全にノックアウトされていた。


まるで、私という存在そのものを世界中のあらゆる重圧から守り抜くと、ひざまずいて誓われたような錯覚。


カメラをオフにしたまま、私は顔を真っ赤にして深く俯くことしかできなかった。


彼はいつだって、言葉にしたことを必ず守り抜く、誠実で頼りになる人だった。


気難しい顧客との会議があるたびに、彼は必ず「事前に作戦会議をしましょう」と声をかけてくれるようになった。


その会議の中で、私が「この難しい部分は、九条さんにお願いしてもいいですか?」と頼むと、彼はいつも快く「分かりました、そこは私が担当します」と深く頷いてくれた。


そうやって私が最も恐れていた泥沼の交渉ごとは、すべて彼が矢面に立って引き受けてくれたのだ。


その頼もしい背中を見ているだけで、あんなに重くのしかかっていたプレッシャーが嘘のように軽くなっていくのを感じた。


彼のその献身に守られながら、私はなんとか無事にプロジェクトのリリースをやり遂げた。


しかし、その直後だった。


張り詰めていた緊張の糸がプツンと切れ、私の心は完全にショートしてしまった。

何をしてもただ涙が止まらず、心が暗い水底へと沈んでいくような深い虚無感。何も手につかなくなった私は、ついに彼との面談で「辞めたい」と零してしまった。


私は、辞意を伝えたことで何を言われるのだろうと緊張し、体が強張っていた。


そんな視線を受け止めた彼は、微かに微笑むと、静かに相槌を打ってからゆっくりと紡ぎ出すように口を開いた。


「昨夜寝る前に、水瀬さんと一緒に仕事ができて、幸せだなと考えていたんですよ」


「……え?」


予想外の言葉に、私は戸惑った。呆然とする私に、彼は静かに、けれど熱を帯びた声で言葉を重ねた。


「水瀬さんを笑顔にすることが、最近の生き甲斐になっているんです」


その言葉が耳に届いた瞬間、わぁっと体中が熱くなった。


ガチガチに凍りついていた心が、内側から急速に溶かされていく。


「細くてもいいから、末永く繋がっていたいです」


さらに彼は、私が負担に感じている業務をすべて聞き出すと、「水瀬さんはもう、社内の定例会議に出てくれればそれだけでいいですから」と、残りの実務をすべて自分が肩代わりすると言ってくれたのだ。


それは、即戦力であるべき「業務委託」という私の立場からすれば、到底あり得ないことだった。

期待された仕事ができなくなっているのに、何もしなくていい、自分がすべて背負うから、と。


一人で抱え込んでしまう不器用さも、重圧に押し潰されそうになる脆さも。すべてを当たり前のように丸ごと受け止め、静かに肯定してくれるその包容力と、底知れぬ懐の深さ。


壊れかけていた私の心に、彼のその言葉はじんわりと、確かな熱を持って沁み渡っていった。


辞めなくていいという深い安心感。


そして、これほどまでに一人の人から大切にされているという温もり。気づけば私は、ポロポロと涙をこぼしながら、同時にふわりと微笑んでいた。


――なんて、素敵な人なんだろう。


もちろん表面上は「仕事上のお言葉ですよね、嬉しいです」という顔を必死に保っていたけれど。

内心は(これってもはやプロポーズなのでは……)と激しく動揺するほど、私の魂は間違いなく、彼という絶対的な安全基地にすっぽりと抱きしめられていた。


その時は胸がいっぱいで何も言葉を返せなかったけれど、面談のあと、私は彼にテキストを送った。


『わたしも九条さんとお仕事ができて幸せです』


役割も肩書きも関係ない。ただ、彼がそばにいてくれるだけでいい。


私は人生で初めて、重い鎧を脱いで心から安らげる「帰る場所」を見つけたのだった。


いつも応援ありがとうございます。萩雨はぎさめ しゅうです。

昨日の初公開から本作を見つけてくださり、本当にありがとうございます。

画面越しの声から始まった、二人だけの時間。

決して踏み越えてはいけない境界線の手前で、理性で覆い隠した彼の優しい声音と、その奥にある抑えきれない熱情が、少しずつ彼女の日常を溶かしていきます。

完璧な仮面の下で揺れ動く二人の距離感を、これからも温かく見守っていただければ幸いです。

本日の22時頃に更新予定です。

(もし「彼視点も良かった!」「二人の幸せを見守りたい」と思っていただけましたら、ページ下部からの評価やブックマークで応援していただけると、日々の執筆の大きな励みになります!)

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