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千日の雨を越えて、あなたの声だけが響いていた〜私がすべてを捧げた彼は、時空を越えて私を守る最強の盾でした〜  作者: 萩雨 柊


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第14話 ガラスの城と、蜜月の夜(九条視点)

『あ……はい。いいですよ』


画面越しに聞こえた、彼女の一瞬の空白とためらいの声。

その微かな震えは、僕の脳裏にけたたましい警鐘を鳴らした。


彼女の無防備な優しさに甘え、軽々しく距離を詰めようとする若く無遠慮な男。その背後に、かつて彼女を脅かし、怯えさせた男たちの不躾な欲望の幻影が、生々しく重なって見えた。


「何の件ですか?僕は必要ないですか?」


僕は咄嗟に焦りに似た鋭い声を張り上げ、その男の影から彼女を引き剥がした。

彼女の優しい心を、これ以上一滴たりともすり減らすわけにはいかない。


だが、過剰な防壁となって彼女を囲い込んだ結果、僕の手元には、彼から取り上げた重いセミナー資料のタスクだけが残されてしまった。


深夜のモニターの前で、僕は小さく息を吐き出す。


木下さんを追い詰めてしまった微かな罪悪感と、膨大な業務の重圧が、肩に重くのしかかる。僕は自分の非力さと不器用さを打ち明けるように、彼女へ静かに通話を繋いだ。


「水瀬さん、すみません……。この資料、これからどうしようかと考えていまして……」


画面の向こうの彼女は、不思議そうに瞬きをした後、僕の言葉の意図を汲み取るようにふわりと微笑んだ。


「起こってしまったことは仕方ないですね。私がサポートしましょうか?」


迷いのない、力強い響きだった。その瞳にはプロフェッショナルとしての誇りと、不器用な僕を根底から支えようとする温かさが満ちていた。


その前向きでイキイキとした姿を見た瞬間、僕の胸の奥でくすぶっていた罪悪感が、彼女の放つ眩しい光によって跡形もなく洗い流されていく。


ああ、彼女は僕の罪のすべてを温かく丸ごと抱きしめ、僕の隣でこんなにも美しく輝いてくれている。


やはり僕の判断は正しかったのだ。僕は彼女を不純物から護り、彼女はその優しさで僕のすべてを肯定し、支えてくれる。僕たちは、こんなにも完璧なパートナーなのだ。


それからの日々は、外界をすべて遮断したガラスの城の中での、濃密な沼に溺れていくような甘い蜜月だった。


二人きりで資料を作り上げていく深夜のミーティング。僕の言葉の端々から意図を深く理解し、彼女はそれを完璧な形へと組み上げていく。


優秀な彼女と完全に呼吸を合わせ、一つのものを創り上げる喜び。他の誰一人として介入できない、僕と彼女だけの完璧な世界がここにあった。


その絶対的な肯定感のなかで、僕は深く甘い陶酔に沈んでいった。


「お疲れ様でした。明日もよろしくお願いしますね」


深夜、画面越しの彼女が嬉しそうな声を残し、通話が切れる。


青白く発光するモニターをぼんやりと見つめながら、暗い部屋に響くその声の余韻をゆっくりと噛み締める。僕を支えようとしてくれる、底なしの優しさ。


その温もりを思い返すだけで、僕の意識は現実の冷たい部屋を軽々と飛び越え、仄暗い照明に包まれた京都のホテルの密室へと、滑らかにスライドしていった。


密室のドアが閉まる微かな音。


外界のすべてが遮断されたその空間で、僕は完璧な大人の男としての重い鎧を、自らゆっくりと脱ぎ捨てる。


彼女は僕のすべてを受け入れてくれる。その絶対的な確信が、僕の理性を甘く溶かしていく。


薄暗い照明の中、ベッドの端に腰掛ける彼女の肩を引き寄せ、その華奢な身体を腕の中に閉じ込める。


驚いたように見上げる彼女の潤んだ瞳に、僕の孤独のすべてを預け、すがりつくように唇を重ねた。


彼女の甘い匂いと体温に溺れながら、この心も、身体も、そのすべてを僕だけのものにしてしまいたいという狂おしいほどの独占欲が、熱を帯びて部屋の空気を満たしていった。


「結愛さん」


「……うん」


「ずっと、こうしたかった」


正直すぎる言葉だと、自分でも思った。けれど、もう、嘘をついて取り繕う余裕がなかった。


彼女がここにいる。この部屋に、二人だけでいる。それが、僕の中のすべての堰を、静かに、けれど決定的に、押し流していく。


「……ん、っ……」


僕が深く唇を押し当てると、彼女は抵抗するどころか、僕の背中にそっと腕を回し、受け入れるように少しだけ口を開いてくれた。


そのあまりにも無防備な肯定のサインに、僕の中で張り詰めていた何かが音を立てて崩れ落ちた。


逃げ場をなくすように抱き寄せていたはずの僕の腕から、一瞬で力が抜ける。代わりに、まるで僕の方が彼女という命綱にすがりつくように、背中に回した指先が震えながら彼女の服を強く握りしめた。


「あ……っ, ん……っ」


息継ぎの隙間すら惜しむように何度も角度を変えて口付ける。彼女を僕のものにしたいという真っ黒な独占欲は、彼女の温もりに触れた瞬間、ただひたすらに僕の空洞を満たしてほしいという、みっともないほどの飢餓感へと変わっていた。


「……結愛さん……っ」


一瞬だけ唇を離し、掠れた声で名前を呼ぶ。そのまま首筋へと唇を落とし、柔らかな肌を強く吸い上げた。ビクッと震える彼女を宥めるように、背中を撫で下ろしていく。


「ごめん……もう、限界やった」


余裕をなくした男の情けない本音。けれど、彼女は僕の背中にしがみつき、喘ぐような声で「九条さん……っ、私も……待てなかった、です……」と返してくれた。


その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が張り裂けそうになるほどの愛おしさが込み上げ、彼女の頬を包み込み、濡れた唇を親指で艶かしくなぞる。


そして、息を呑む暇も与えず、再び深く、すべてを奪い尽くすようなキスを降らせた。


彼女の服の裾から、片手を内側へと滑り込ませる。直接触れた素肌は、驚くほど柔らかくて熱い。背筋から肩甲骨へと撫で上げると、静寂の部屋に熱を帯びた吐息の音だけが響き渡る。


「んぁ……っ、くじょう、さん……っ」


終わらない口付けと指先の愛撫に身悶える彼女の声を聞きながら、僕は着ていた服を無造作に脱ぎ捨て、ベッドの傍らへ投げ捨てた。


「結愛さん」


彼女の服へと手をかける。早く彼女の全部が見たくて、触れたくてたまらない。


けれど、暗闇の中で彼女が小さく震えた気配を感じ、僕はその手を一度止め、彼女の頬を優しく撫でた。


恐怖を与えたくない一心で、時間をかけて彼女の羞恥心を溶かしていく。


暗闇の中、指先から伝わる彼女の素肌の感触が狂おしいほど鮮明だった。


服をゆっくりと滑り落とし、ひんやりとした空気に晒された彼女の柔らかな肌を、僕の熱い唇と体温ですぐに塞ぐ。


鎖骨から、さらにその下へ。這うように落ちていくキスの雨。


彼女のすべてを僕の印で埋め尽くしてしまいたい衝動に駆られながら、何度も執拗に口付けた。


「……綺麗……結愛さん……」


耳元で低く囁きながら、彼女の隅々までを味わい尽くすように深い愛撫を重ねる。


震える彼女の手をシーツから引き剥がし、僕の熱い指を深く絡め合わせてベッドに組み伏せた。


「結愛さん……、結愛さん」


呪文のように名前を呼びながら、僕は彼女の熱い肌へと、ゆっくりと、確かな愛をもって包み込んでいった。


「……っ、ぁ……!」


心と心が重なった瞬間、僕の細胞の隅々までが彼女という存在で満たされていくような、魂の奥底まで共鳴する甘く重たい充実感と、深い安堵に包まれた。


「っ……苦しくないですか?」


限界のはずなのに、彼女を傷つけたくないという理性が最後に働く。


「だいじょうぶ……です。もっと、九条さんを……感じたい、っ」


彼女は涙声でこぼしてくれる。


「……ほんまに……結愛さんは……」


切羽詰まった低い唸り声とともに、僕の中のストッパーが完全に外れた。


熱い肌と肌が触れ合う音と、甘く乱れた二人の吐息だけが部屋を満たす。


ゆっくりと確かめ合うような口付けから、やがてどうしようもなく深くて激しいものへと、僕は愛を確かめていった。


「あ、っ、九条、さん……っ」


「結愛さん、大丈夫、全部、僕に預けて……っ」


僕の一部になり、波に攫われるように身を委ねてくれる彼女を、きつく、きつく抱きしめながら、僕はただひたすらに彼女という海へと深く深く溺れていった。


頭の芯がすべてが純白のキャンバスのように塗りつぶされていくような強烈な波が、何度も二人を襲う。


深く口付けるたび、彼女の唇から声にならない吐息が零れる。


「結愛さん……っ、結愛さん……っ、」


汗ばんだ肌と肌が擦れ合い、どちらの熱かも分からなくなるほど完全に溶け合う。


限界まで張り詰めていた僕の感情が、愛おしさと幸福の頂点でついに弾けた。


「あ……っ, あぁっ!」


「っ……、結愛さん……!」


彼女を壊れるほどきつく抱きしめ、僕の奥底にある熱い想いのすべてを、彼女の心へと注ぎ込んだ。ドクン、ドクンと激しく脈打つ鼓動が、重なった胸元からダイレクトに伝わってくる。


彼女の細い腕が僕の背中に回され、すがるようにしがみついてくる感触に、もう二度とこの手を離さないと心の底から誓った。


再び部屋に静寂が戻り、荒い息遣いだけが重なり合う。


のしかかっていた身体の力を少し抜き、彼女の顔にかかった濡れた髪を、指先でそっと梳いた。


「……結愛さん……大丈夫でした……?」


汗ばんだ額をすり寄せ、掠れた優しい声で尋ねる。


「ううん……幸せすぎて、おかしくなりそうでした……」


その言葉に、胸の奥が言葉にできないほど温かい感情で満たされ、ふっと安堵の息が漏れた。


「……僕も。結愛さんが可愛すぎて、どうにかなりそうやった……」


彼女の背中を規則正しいリズムで優しく撫で、火照った身体を落ち着かせていく。シトラスの香りと彼女の甘い匂いが、僕たちを包んでいた。


「結愛さん」


「……はい」


「ずっと、こうして抱きしめたかった。……もう、絶対に離さん……」


剥き出しの不器用な独占欲。けれど、それが僕の本当の姿だった。


彼女は僕の腕の中にすっぽりと収まり、安心したように目を閉じた。


部屋の中、自分の呼吸の音だけが聞こえる。少し速い。


全身が、まだ熱を持っている気がする。錯覚だと、わかっていた。それでも、その熱を、手放したくなかった。


僕は、しばらく、目を閉じたまま、その熱が冷めていくのを、ただ静かに、惜しんでいた。

いつも応援ありがとうございます。萩雨はぎさめ しゅうです。


【完結まで執筆済み】

最終話まで毎日21時に更新予定です。


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