第12話 帰路の密室と、絡め合う指先
夜の古都を走るタクシーの車内は、外界から完全に切り離された小さな密室だった。
低くこもったエンジンのハミングが響く闇の中、等間隔に差し込むオレンジ色の光が、隣に座る結愛さんの輪郭を優しく浮き上がらせては消していく。
彼女は膝の上で小さな両手を重ね、身を縮めていた。
僕は無言のまま、シートの上に置かれた彼女の右手に、自分の左手をそっと重ねた。ピクリと彼女の肩が跳ねる。
僕は指先に微かな力を込め、彼女の細い指の隙間に、自分の指をゆっくりと滑り込ませた。
肌と肌が擦れ合う微かな摩擦、そして互いの指の輪郭をなぞるようにして、深く深く指を絡め合う。
「……九条さん」
暗がりの中で、彼女が潤んだ瞳で僕を見上げる。
繋いだ手から伝わってくる彼女の驚くほど高い体温に、僕はさらに指を深く絡ませた。
ひんやりとしたレザーシートの匂いの中、彼女の髪から漂う甘い匂いと僕の熱気が混ざり合い、境界線が少しずつ融解していく感覚に目眩がした。
「……結愛さん、お疲れですか?」
「……いいえ、大丈夫です」
吐息のような彼女の返事を受け取り、僕は繋いだ手をさらに優しく引き寄せながら、掠れた声で言葉を紡いだ。
「よろしければ……もう少し、お付き合いいただきたいのですが……いかがですか?」
彼女は言葉を返す代わりに、絡め合わせた指先にきゅっと力を込め、僕の肩へと小さく額を預けてくれた。
その柔らかな重みを受け止めた瞬間、僕の奥底で何かが軋むような音がした。繋いだ彼女の手を、痛いほど強く握り返してしまう。
タクシーが静かな佇まいのホテルへ到着し、車を降りる際も、僕は彼女の足元をそっと気遣いながら手を差し伸べた。
ロビーの穏やかな光の中を、彼女の小さな歩幅に合わせ、ぴったりと肩を並べて歩く。
他の何も彼女に触れさせないよう、そのすぐ隣に寄り添いながら、僕たちはエレベーターホールへと向かった。
二人きりで乗り込んだエレベーターの重厚な扉が、音もなく閉ざされた瞬間――完全な密室のなかで、僕が必死に張り詰めていた理性の糸が、あっけなくぷつりと切れ落ちた。
滑らかに上昇を始める微かな浮遊感のなか、僕は彼女の華奢な身体を両腕で抱き寄せた。
そのまま、彼女の柔らかな首筋に深く顔を埋め、自分自身の重みを、ほんの少しだけ彼女の肩へと預ける。
料亭の仄暗い光のなかで彼女が恥ずかしそうにくれた『……九条さんに限り、です』という切ない言葉の残響が、胸の奥を狂おしいほどの熱で満たしていく。
「……結愛さん、怖がらせてしもたら、ごめんね」
彼女の首筋に顔を埋めたまま、長く張り詰めていた糸が切れたような、震えるほど深い安堵の吐息を彼女の肌に落とした。
僕はゆっくりと顔を上げ、彼女の背中に回した腕に微かな震えを孕ませ、ブラウスの背中を縋るようにきゅっと掴んだまま、祈るように唇を重ねる。
互いの呼吸を確かめ合い、溶かし合うような、深く甘い融解の口付け。
触れ合う唇の柔らかさに焼き切られそうになりながら、僕は彼女の甘い内側へと沈んでいく。
ブラウスを掴む指先にさらに力がこもり、彼女の温もりのなかへ、すべてを投げ出すように深く溺れていった。
――新幹線の車内。
「まもなく、京都です」
車掌のアナウンスの声が、再び僕の鼓膜を現実へと引き戻した。
車窓を流れていく京都のきらめく街並みを眺めながら、僕の腕の中には、つい先程まで抱きしめていた彼女の驚くほど高い体温と、絡め合った指先の熱が、狂おしいほど鮮明に残っていた。
僕は自分の左手をじっと見つめる。
そこには、彼女の確かな体温の残響が、甘く、そして息が詰まるほど切ない熱となって残り続けていた。




