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歴史上初の女性騎士と、愛で結ばれた姫の物語  作者: 風見 咲良


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【第二十話】運命の少女


 二十 運命の少女


〜 ルカ side 〜


 わが国の領地へ入ったとき、すでに陽は登り切り、あたりには光が満ち溢れていた。


見慣れた景色に安堵感を抱く。

二人で帰ってきたのだ。


あの泉に、たどり着いた。


私たちが幼きころに出会った泉。

ルークとチェスに乗って、エルサと一緒に来た泉。


エルサの専任護衛に任命される前日、二人で雨宿りした木。

その木の下を通って、泉がある広場へと出る。


 エルサを埋める場所を探す。

ただ、どこかの土を掘ろうにも、敵が乗り込んできて掘り返されてしまうのではないかと、もはやぼんやりとしか動かない頭で考える。


傷を負った体で歩き続け、エルサを失ったショックで心も頭も、体もうまく動いてはくれない。


ひとまず血が乾いて茶色くなった固い両手を洗おうと、泉の近くに静かにエルサを横たえて、手を洗う。

ひんやりとした水の感覚が、少しは凛とした気持ちにさせてくれた。


それでも一歩二歩と立ち上がるたびに、意識が飛びそうになるため、ひとまず腰を下ろす。

隣に横たえたエルサの顔には、木漏れ日が落ちており、それが風で揺れる。

そんな光と影が動きをもたらすからか、まるでエルサは昼寝をしているだけだと言われれば、そのまま信じてしまいそうなほどだった。


私も隣で同じように眠り、次に目が覚めたら、そのまま喋り出すのではないかとすら思った。


 私は自分の洗ったばかりの右手をそっと、エルサの右頬に添えた。

泉で洗った私の手はまだ冷たく、エルサのそれも冷たかった。


せめて、と思いエルサの体を真っ直ぐに仰向けに動かす。

泉の水を手で救い、エルサの身体に付着した血に混じった泥や砂を洗い流して清める。


エルサの顔にかかった茶色く豊かな髪の毛を整え、両手を胸の前でクロスさせる。

どこまでも安らかで、清らかな顔だった。


見方によっては、優しく微笑んでいるようにも見えた。

大変だったこの世での役目を終え、いまごろ彼方で安堵しているのだろうか。


ガサッ。


そんなことを考えていると、すぐ近くで足音がした。


座ったまま、咄嗟に辺りを見渡すものの、その姿は一切見えない。


あれだけ派手に乱闘したのだ。

追っ手がついていて、いまに見つかっても不思議ではなかった。


あの髭男が城に一部始終を報告すれば、相手方はエルサの遺体を探し出すに違いない。

どこに埋めようとも、掘り起こしたばかりの土色で場所が分かってしまうだろう。


 安らかな顔で眠るエルサの顔を、あらためて見つめる。

輪郭から、顔のパーツまで、それらすべてを覚えておこうと、指先で優しく撫でる。


私はその顔をしっかりと心に焼き付る。

近づいてくる足音を感じながら、エルサの両腕を取る。


迷っている時間すらなかった。

胸の上にクロスするように両手を位置させて、豊かな髪の毛を撫でる。


「エルサ。必ずまた会いましょう」


私は、静かにそう言って、最後にエルサの唇へと口付けをする。


「ありがとう。愛しています」


私は大きく息を吸い込んで、仰向けに寝かしていたエルサの肉体を押し転がして、そのまま泉へと沈ませた。


身に付けていた衣類から水泡を浮かび、消えていった。


ゆっくりとエルサの肉体が、水のなかへと沈んでいく。


両膝をついて祈りを捧げ、騎士団の敬礼をし、私はその場を静かに立ち去った。


◇◇◇


「ルカ! 大丈夫か!」


いきなり大きな声がして、朦朧とした意識のなかでも反射的に身体が大きく跳ねる。

ロイの声だ。


「ここだ」


全身を預けるように岩陰に身を潜め、もたれかかっていた体勢で、片手を高く挙げる。


「待ってろ! いま行く!」


その声を合図に、ロイの息遣いと足音が近づいてくる。


「ルカなら、ここに隠れるんじゃないかって思って」


ロイの声が、頭上から降り注ぐ。


「俺だけ、隊列から別に離れて来たんだよ。大丈夫か?」


ロイの顔が視界に現れる。

それで安堵したのか、私の全身からさらに力が抜ける。


だが、私の姿を確認したロイが、一瞬ギョッとした表情を見せたのを私は見逃さなかった。


「息が荒いな。どこか痛むか」


冷静な声を装ってくれているが、先ほどの表情からするに、私はもはや瀕死の状態だと察しがつく。

ゆっくりと、私の左腕を担ぐようにロイが肩を貸してくれる。


岩から滑り落ちるようにして、なんとか止まっていた私の崩れた体勢を正してくれた。


「おい、背中一面が血に染まってる。いまも出血してるのか?」


「いや、私の血じゃない」


それじゃ一体誰の血なのかと、ロイの表情が曇る。


「エル……、女王様の血だ」


エルサ、その名を口にしそうになって、思い直した。

私たちだけが知っていれば、それで十分なこともある。


「なんだって!?」


ロイが信じられないと言うように、大きな声で私に問う。


 私は十分に整うことのない息で、矢継ぎ早に一部始終を説明する。

それらを聞いてもまだ理解が追いついていないのか、ロイが不思議そうな表情のまま、今度は声のトーンを落として私に尋ねる。


「じゃあ、女王様のご遺体は泉に沈んだと?」


私は、先ほど自分でエルサを沈めた感覚を思い出して、顔が涙で歪む。

そうだ、と声にならない微かな音で答えて、私は顔を覆い隠し、まるで子どものように泣きじゃくった。

その背中をロイが静かにさすってくれる。


「そうか、それは辛かったな。いま話してくれた事の始終は、俺が責任を持って国へ報告する」


もう無理に喋らなくていい、そんな気遣いがロイの手から伝わってきた気がした。


「俺が約束する。後世へと語りつかがれる伝説になるだろうよ」


静かに涙を流し続ける私に向かって、ロイが続ける。


「女王様が幼少期から大切に通われていた泉だ、ルカの判断は正しかったよ。城で堅苦しく祀られるより、いまごろ向こうで喜んでいらっしゃるんじゃないか」


最後に手を離したときの、エルサの感触が私にまだ残っている。

私はその感触が残る両手で、自分のことを力いっぱい抱きしめた。


「ルカと女王様のおかげで、我が国の平和は保たれたんだ。救われた人間の数は、我が国だけでなく、相手国においても計り知れない」


ロイの言葉に、私も静かに頷く。


「ルカ。一言断っておくが、俺は一切信じなかったぜ。お前が自暴自棄になって、異国の地で身を投げて死んだなんて」


自暴自棄?

爺やには、私は異国で身を投げたとだけ伝えて欲しいと頼んだのに。


「国への伝令が届いてから、人々の間に話が広がる際に、尾ひれが付くもんなのさ。どんな話題だってそうだ」


うまく息が吸えず、返事すら返せない私に、ロイが次々と話してくれる。


「我が国の歴史上初の女性騎士はスパイだった証拠がいよいよ出そうになったから、異国の地で感情に身を任せて、自ら身を投げたということに国民の間ではなっているらしい」


私はロイの話を聞きながら、馬鹿げすぎていて、もはや反応すらできなかった。


「話を聞いたとき、俺は馬鹿馬鹿しいと思って腹が立った」


私の背中を支えているロイの手に、自然と力が籠る。


「だが、ルカのことだ。なにか特別な事情があるのだろうと、あえて俺はなにも意見を物申さなかった」


ありがとう、そう声に出したはずが、自分でも聞き取れないほど掠れた音しか出なかった。


「ま、人々は好き勝手に有ること無いことを信じるもんだからな」


ロイが私の気持ちを汲み取ったかのように、代弁してくれる。


「でも、エゴ王配はさすがだったよ」


意識が朦朧として、顔すら上げられない私に、ロイが話し続ける。


「国民の手前、ルカが亡くなったという報を、そのまま受け入れたかのように振る舞っていた」


報告を受けたときのエゴ王配の反応が、脳裏に浮かぶ。


「でも、なにかしらの合図があった際には応戦できるように気を抜くなと、近しい者だけにはずっと忠告していたんだ」


 私が謀者ではないと知る唯一の人物でもあるから、無論当然ではあるが、エゴ王配はたしかにあの遠征以降で人がガラリと変わった。


その代わり様は、まるで生まれ変わったかのようだった。

そう、我が国のに生きるようになったのだ。


この国のため、ひいてはエルサのため。

エゴ王配がエルサを愛していた気持ちも、たしかに本物だったのだろう。


私はそう感じていた。


「だから、エクセスの称号を持つ者しか打てないはずの警告花火灯が打ち上がったとき、迷うことなくエゴ王配は、それがルカからのものだと信じて、こんなふうにすぐさま援軍を向かわせたのさ」


ロイが私の顔を覗き込んで言う。


「おかげで、全面戦争は免れた。もうすでにエゴ王配が話し合いのために、相手国の城へと向かっている。向こうからしたら、水面下で極秘に進めていた作戦がすべてバレて、もはや水の泡になったワケだからな。もう全面戦争する余力はないだろうよ」


ぼやけた視界のなか、ロイの薄い口角がキュッと上がって笑顔になる。


「話し合いによって、戦争が免れるんだ。起きるはずだった戦争が回避された。それによって、数え切れないほどの多くの人間の命が救われた。本当に偉大な女王様だ。それを支えたルカも、歴史に名を残す最高の騎士だよ」


こんな状況でも、いつものお調子者の口調でルカは続ける。


「ま、俺もそのルカを支えた最高の同期ってことで、歴史に名を残すけどな」


私は眠る直前のように、微笑みをたたえて大きく息を吐いた。

真面目すぎるほど物事を重たく考える私は、いつだってこのロイの軽さに救われてきた。


 そんなことを考えていたら、ロイがさらにこの緊張感にそぐわない素っ頓狂な声を出した。


「おい、あれは人か?」


私はなんとか頭を上げて、ロイが指差す先を見つめる。


視界がぼやけて見えにくいが、たしかに白いワンピース姿の子どもが見える。

軽やかに泉近くの湿地を飛び跳ねながら、茶色く艶やかな髪の毛を跳ねさせて、キャッキャとはしゃいでいる。


エルサ。


いや、ちがう。


とことんエルサのことを考えてしまう自分に気が付く。

エルサは、もうこの世にはいないのに。


 夢か(うつつ)か、朦朧とした頭では、色んなことの境界線が曖昧になって、分からなくなってきている。だからこそ、まるで幼きころに木の影から見守った景色を、再び見ているようだった。


私は、運命の力を知った。


「追っ手が潜んでるってのに、こんなところに一人でいたら危ない」


ロイがその子を鋭い目線で見つめる。


「近くの山では戦争が始まろうとしてたってのに」


ロイが目を細めて、声を潜めて言う。


 私は、楽しそうに泉の周りを無邪気に走る子を見ながら思う。

あの子にとっては、永遠のように続くと思われる日常の一日に過ぎない。


そんなあり溢れた一日こそが、エルサとともに守りたかったことだ。


「……それをまったく知らなくていいのが、平和ってものだよ」


私は大きく息を吸い込んで、その勢いでかろうじて声を出して答える。


「そうだな。そうなることを、俺たちはずっと望んでいたんだもんな」


私は何度か大きく深呼吸し、ある程度は息が整ったことを確認して、立ちあがろうとする。

力をこめると全身のあちこちに痛みが走り、思わず顔が歪む。


出血している部分が大きく脈を打つ。


「おい、無理するなよ。満身創痍だぞ」


すかさず、ロイが全身を支えてくれる。


「あの子に、会いたいんだ。私が、守らなきゃ」


ロイは半ば諦めるように、全身を支えて私の体を立ち上がらせてくれた。


ロイに肩を貸してもらいながら、子どもの方へと一歩一歩ゆっくりと近づく。


それがやはり少女であると確認できたとき、私は思わず息を呑んだ。

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