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歴史上初の女性騎士と、愛で結ばれた姫の物語  作者: 風見 咲良


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【第十九話】決行

 

 十九 決行


〜 ルカ side 〜


 ついに行動を起こす朝。


まだ朝露が足元の草木を湿らすなか、再び山の頂上へと向かい、茂った木の上から様子を伺う。


 すると、作業が昨日にも増して、非常に活発になっていた。

どうしても今日中に完成させようと、急ピッチで作業が行われ、次々に伝令が飛び交う。


相手方の人数や、おおよその武器などの把握をして、二人であらためて作戦を練る。

夜の帳が下りるのを待たねば私たちの作戦は決行できないため、わずかに残った食料を補給しながら、私たちはひたすら作業の様子を盗み見ていた。


 太陽の光が山の影へと隠れ、辺りの日が暮れてからも作業は続き、松明までもが炊かれ、轟々と作業はが行われていた。今日が最終日、絶対に今夜には完成させるという活力だけで、作業員たち皆が必死になって働いている様子だ。


相当に肉体を使う仕事量のため、ほぼ全員が疲労困憊なはず。

私たちはその隙を狙う。


 森深くの木々の奥でフクロウたちが鳴き始めたころだった。

ついに、そのときがきた。


「終わりました!」


若い男性の声に、ワッと男たちの野太い歓声が上がる。


「よし! よくやった! 宴を開くぞ!」


現場監督のようなあの男が、昼間から酷使しすぎて、すでに潰れて枯れた声を一段と高くして、伝令をかけた。


 いままでは散り散りになっていた作業員たちが、木々のない中央部分へと集まってくる。

ざっと見たところ、百人以上はいる。


景気良く松明はどんどんと焚かれ、その周りに食料などが着々と用意されていった。

完成後は、おそらくこの作業員たちも大多数が下山するのだろう。

下山の際の荷物を減すためか、各自のテントから食材や酒がふんだんに持ち寄られてくる。


 そこからは、どんちゃん騒ぎの宴が始まった。

だれも、こんな山の頂上で、まさか我々に監視されているだなんて微塵も思っていない様子だった。


 どんちゃん騒ぎが大盛り上がりして、全員に酒が周りきったところで作戦を決行しよう、そうエルサと決めていた。


 一人、また一人と、疲労に酒が回り、その場で寝始めるものたちの姿が目立ってきた。

だが、朝日が見え始めると、完成した兵器を視察しに、本部から幹部がおそらく来るだろう。

そうなっては面倒だ。


エルサと二人で、絶好のタイミングをただひたすらに待つ。


 何本かの松明が燃え尽きたものの、誰もそれに気が付かず、ほぼ全員が酔い潰れて寝ている。

はるか向こうの山脈の縁取りが、まだ昇り切っていないいない朝陽に照らされ、やや輪郭を見せてきたころだった。


 隣の枝にしがみついているエルサに、目で合図をする。

エルサがこちらを見て、大きく頷く。


その合図を目にしたとき、心臓が、これまでにないほど、全身を揺らし始める。

指先が微かに震えていることを自覚しながら、腰に巻いていた道具袋に手を伸ばす。


 外ポケットからマッチ棒を取り出し、そのまま着込んできた騎士団の行動着の上着の前を開く。

内側の胸ポケットに差し込んでいた、太く長い筒状のものを左手で掴む。


騎士団の、さらにはエクセスにしか配給されない、警告花火灯だ。


この山頂から発射すれば、おそらく我が国の監視塔から察知して見ることができるはず。


一度火をつけると、すぐさま三発の花火が打ち上げられる。

一発目は黄色。これは色によって宛先を示す。黄色は我が国に対して、と言う意味だ。

次に、青色の花火が打ち上がる。これは、差出人を示す。青色はエクセスの称号を持つ騎士という意味になる。

そして、最後に赤色の花火が打ち上がる。これは、緊急警告を示し、すぐに応援要請が必要であるという意味になる。


 私は大きく息を吸って、右手で挟んだマッチを木の枝に擦り付けた。

ポウ、と優しい小さな灯火が瞳を照らす。


そのまま、警告花火灯の導火線へとそれを近づける。

ジジジというかすかな音とともに、導火線を光が辿っていく。


すぐさま木の枝が交差しているところに、警告花火灯が落ちないよう力を入れて挟み込む。

導火線が半分まで燃えてきているのを確認して、私はエルサがいる木へと飛び移る。


その振動でかすかに木の枝が揺れ、木の葉がザワリと音を立てる。

野生の動物が通過したような音が辺りに響いたが、気がつくものは誰もいなかった。


私を抱き入れるように、包み込んだエルサの両腕に、私も上から手を添える。

二人で重なるようにして隣の木の枝に挟まったそれを見守る。


真っ暗闇のなかで、一瞬火が消えてしまったのかと思った瞬間だった。

バチッ、という閃光が見え、一瞬で天高くまで一筋の煙が登り詰めた。


ドン!


空気を震わせ、体をも震わせるような振動音が響いた。


黄色い警告灯の光によって、辺り一帯の視界が一瞬にして効く。

その瞬間に私たちは木から滑り落ちるようにして降り、広場の反対側へと駆け出す。


我が国の援軍が到着するまで、相手の様子を伺うために、広場から大きく外れることはできない。だが、警告灯が打ち上げられたすぐそばにいるのでは、すぐに見つかってしまい、危険すぎる。


草木が身を掠めて小さな擦り傷を作るのも気に留めず、私たちは必死に茂みのなかを走った。


突然の警告花火灯により、あたりは騒然としており、私たちの足音や茂みの揺れ動きなどは、誤魔化された。


広場に沿って走るなかで、なにごとかと慌てて起き出す作業員たちの姿を確認する。

さらには、髭を生やした現場監督のようなあの男が空をまっすぐに見上げている姿も見た。


ドン!


2回目の音とともに、警告灯の警告を示す赤い光によって、その男の横顔が赤く染まった。

すぐさま花火が打ち上げられている元へと駆けつけるよう、作業員たちに命令を下す怒号のような声が耳に入る。


ドン!


そんな騒然とした人々の騒ぎ対して、まるで落ち着けと言うかのように冷静な青色の光が、あたり一帯を照らした。


その光を見上げているエルサの瞳も、青く染まっていた。


警告花火灯を打ち上げた木とは、広場を挟んで真逆の位置に、私たちは身を潜めた。


我が国の援軍がここへと到着するのは、おそらく朝日が昇り切ってからになるだろう。

それまで相手の出方を伺い、少しでもこちらに有利となるように事を進めなくては。


 長い期間、作業に従事してやっと完成した達成感に満ち溢れていた現場は、いまや人々が行き交い、荒々しい声が飛び交い、武器を手にする金属音などで大騒ぎとなっていた。


「探せ! 探せ!」


あの髭の男の怒鳴り声が聞こえてくる。


「警告花火灯を打ち上げた輩を探し出せ! まだそう遠くには行っていないはずだ!」


その声とともに大勢の足音が地面を揺らす。


「見つけたら殺さずに、捕えろ! ここへ連れてこい!」


殺気だったその声に、私たち二人は目を合わせて合図をする。

やはり、想定していた通り、私たちを殺す権限までは国から与えられていないのだ。


それを確認したため、私たちは我が国に近い方面へ向かって山を降り始めた。


 先ほどまでの広場での喧騒がまるでなかったかのように、山道をかき分けて降りていくと、まだ眠りについた夜の山の静寂が訪れた。

どうにか夜明けまでに下山して援軍と合流しなければ。


国を守るため、国民を守るため、そして、エルサを守るため。

その想いだけで一心に山を転がるように降りる。


 辺りがうっすらと明るくなり始め、鳥たちの声が響き始めたころ。

だいぶ山を下ってきたときだった。


少し距離ができたことを不思議に思い、大丈夫かと振り返ると、エルサの表情が苦痛に耐えるように歪んでいる。


「エルサ! 大丈夫ですか?」


「大丈夫。なんてことない」


エルサが手で押さえている左足を見ると、服の上に血が滲んでいた。

痛みに歪んだ顔で笑顔を作ろうとしているが、声が震えている。


「エルサ! 左足から血が出ています。ここの岩に座ってください」


駆け寄ってエルサの肩を抱き、小さな岩へと座らせる。

私はすぐさましゃがみ、血が滲んでいる左足の服を捲り上げる。

すると、尖った木の枝が刺さっていた。


「いつからですか」


私は最適な応急処置を考えながら、自分の袖の一部を引きちぎってそれに持っていた水筒の水を浸し、患部を優しく拭き上げる。


血が乾いて赤黒く変色していることから、もうだいぶ前からこの状態だったのだ。


「ゆっくり抜きますよ」


木の枝が突き出している以上、刺激になると判断し、木の枝をゆっくりと引き抜く。

さらに血が出るかもしれないが、この状態では抜いた方が良いと私は判断した。


痛みで全身に力を入れて目を瞑っているエルサの様子を確認しながら、刺さっていた枝を抜き取る。

すぐさま先ほどの布で、患部付近を縛って止血をする。


「痛かったでしょう」


いままで一度も立ち止まることなく、突っ走ってきたのだ。

自分の痛みを我慢して突っ走ってきたエルサの姿に、女王としての一生がリンクした。


「大丈夫よ。まだ歩ける」


しゃがむ私の頭上に、いつもと変わらないエルサの慈悲に満ちたような声が降り注ぐ。

気が付くと辺りには朝日が満ち溢れてきており、視界もだいぶ効くようになっていた。


「ダメです。このまま歩くと出血してしまいます」


「そんなこと、いまは言ってる場合ではないわ」


毅然とした態度でそういうエルサに対して、私は立ち上がって子どもを宥めるように言う。


「私の背中に乗ってください」


今度はエルサに背を向けるようにして、しゃがむ。


「そんなこと出来ない。私は自分の足で歩くから」


頑固なエルサの性格が、こんな緊急事態でも滲み出る。


「困ったときは、人に頼るんです」


反論しようとするエルサを制しながら、私は続ける。


「助けてほしいときは、ちゃんと『助けて』って言うんです」


エルサが私の背中を見続けているのが伝わってくる。


「二人で手を繋いで一緒に歩いていきましょうって、昨日も約束したじゃないですか」


エルサから言葉が返ってこないのを確認して、続ける。


「私にも、その重荷を背負わせてください。二人で背負えば、その分すこしは軽くなります」


さ、早く、と両手の仕草でエルサを早く背中に乗るように急かす。


相変わらず言葉は無いままだったけれど、エルサが腰掛けていた岩からゆっくりと動いて、私の両肩へと腕が回ってきた。

私は、それを合図に立ち上がる。


おたがいが心地よい体勢へと背負い直して、再び一歩ずつ山を降り始める。


「ルカ」


右耳のすぐそば、エルサの体温が乗った吐息が耳にかかる。


「ありがとう」


右肩が濡れたのには気が付かないふりをして、私は「はい」とだけ返事をした。

朝の気配がする。


虫や動物たちが起き出して、一日の始まる気配がする。

視界がだいぶ開けてきた。


光溢れる夜明けは、もうすぐそこだ。


◇◇◇


 エルサをおぶりながら、山道を慎重に下っているところだった。


「まだ見つからないのか!」


髭を生やしたあの男の声が、すぐ近くで発せられた。

反射的にしゃがんで、草木の茂みに身を隠す。


エルサも私にしがみつくようにして、見つからないよう身を小さくしている。


 おそらく、この山には資材を運び上げる用の最短ルートが随所にいくつも存在しているのだろう。私たちが転げ落ちるげうに降りてきた迂回ルートではなく、それらのどれかを辿ってきた彼らは、もうすでにその辺にいるらしかった。


足音や声の気配から、男の他に作業員も複数人いるのが察知できる。


「少しだけ、ここで様子を見ましょうか」


背中にいるエルサに囁くように声をかける。


「うん。でも、ついさっきから、背後からも何者かがゆっくりと近づいてきている気がする」


私は辺りを見回したが、しゃがんで視線が低くなっているため、確認できない。


「もしかしたら、すでに気が付かれているかも知れない」


エルサは振り向くことすらせず、冷静な声でそう言う。


私は右手を上着のなかへ滑り込ませ、短剣を握った。

そのときだった。


ガサッ!


すぐ背後の茂みが大きく揺れたのと同時に、人影が私たち二人を目掛けて飛び出してきた。


すぐさまエルサを守るように身を翻し、相手の首元目掛けて短剣を差し出す。

キラリと光った短剣に怯んだのか、相手が大きく尻餅をついた。


「ヒッ!」男が思わず短い悲鳴をあげる。


「おい! あっちだ!」


いまの一瞬のやり取りでも茂みが大きく揺れ音を立ててしまったため、すぐそこにいた複数名の男たちの声や、草木をかき分ける音がどんどんと大きくなり、着実に近づいてくる。


「逃げましょう」


背中のエルサを支えながら、私は足音とは逆方向へと走り出した。

尖った枝が頬を掠め、体温のまま溢れ出した血を拭うこともせず、一心不乱に走った。


「追え! 逃すな!」


男たちの声は大きく、私たちを捉えて離さない。


もう少しで視界が開ける場所に到着すると思ったとき、足元のなにかに大きく足がつまずき、エルサを背中に乗せたまま、私は前のめりに滑って倒れた。


「隊長! やりました!」


足元には大きな縄がピンと一直線に張られており、それにつまづいたのだと、倒れて振り返ってから気がついた。


胸を強打した痛さを覚えるよりも先に、私はエルサを抱え上げて、さらに走った。


「逃すか!」


男たちの怒号が、すぐ背後で聞こえる。

草木が低く生え揃った少しだけ開けた場所へと出た。


私は走りながら足元の渇いた砂を手に掴み取り、それを力いっぱい背後に蒔く。


「痛っ!」


その際に確認したところ、ざっと五人ほどの作業員の姿が目に入った。

砂が入った涙の目をこすりながら、変わらずこちらを追いかけてきている。


「止まれ!」


ドンと脹脛の後ろに鈍い痛みが広がった。

おそらく、岩を投げつけたのだろう。


それらに構うことなく、私はエルサを背負ったまま走り続ける。

すると、真正面の茂みから人影が複数名出てきた。


「ルカ!」


背中のエルサが大きな声とともに、それらを指差す。


「逃れられないぞ!」


前後左右を囲まれる形となり、逃げ場がなくなる。

私はエルサをゆっくりと地面に降ろし、背中で庇うように立つ。


十人ほどの男たちが、四方八方から距離を詰めてくる。

私は足元にあった長い木の棒を拾い上げ、それと短剣を構える。


それを合図に、エルサも太ももの側面に携えていた護身用の短剣を取り出して、構える。


「かかれ!」


とある男の号令を発端に、一斉に男たちが私たちを目掛けて走り出してくる。


エルサと共に、私たちはそれらすべてを薙ぎ倒す。


エクセスの称号を持つ騎士と、その国を率いる女王のコンビ。

並大抵の者相手でない限り、そう簡単にはやられない。


だが、複数人が同時の相手となると、流石に何発かモロにくらってしまい、私は振動と鈍痛で意識が遠のきそうになる。


木の棒で薙ぎ倒し、急所を突き、相手の攻撃を剣で薙ぎ払う。

そして、最後の一人になったときだった。


「この野郎!」


男が振り翳した剣が、エルサの左肩をかすめた。


痛みに顔が歪むエルサ。

じんわりと溢れ出る血。


咄嗟に私は男の脇腹を切りつけた。

そして、馬乗りになる。


馬乗りに見下ろした、その男の首元に短剣を刺そうと、宙に大きく腕を振り翳したときだった。


「ルカ! ダメ!」


エルサの声が響く。


「怒りに行動を任せてはいけない!」


ひざまづいたエルサが左肩を押さえながら、私に向かって叫んだ。


私はエルサを振り返り、男の顔をあらためて見た。

すでに負った脇腹の傷の痛みに、男は悶え苦しんでいる。


このまま私が放って置いても、こちらを攻撃するほど動けはしないだろう。

私は、いままでの混乱をあらためて認識するように、振り翳した腕をゆっくりと下ろし、その男から身を離して解放した。


「エルサ、左肩が」


エルサに近寄って、止血をするために上着の裾をちぎろうとしたら、私の腹部も血で染まっていた。

血が染み込んでいない箇所を選んで上着をちぎり、エルサの左脇を縛り上げる。


「これで、大丈夫です」


向かい合うような形で、私もひざまづいた。


「ルカも、お腹が」


上着をちぎったことで露わになった私の腹部の傷から、服に血が滲み出している。


「大丈夫です。こんなの、騎士にしたらかすり傷です」


私はわざと軽い口調で笑顔を作って、エルサを安心させようとそう言った。

エルサは私の様子に、同じように笑った。


緊迫した窮地をなんとか抜け出した開放感もあり、まだ体に力が入らなかった。

意識が正常な状態へと戻ってくるにつれ体のあちこちの痛みが鮮明となり、意識していないと呼吸が整わない。


だが、一刻も早くここから抜け出さなければ。

そう思って私は立ち上がった。


「エルサ、手を」


ひざまづいたエルサを立ち上がらせようとしたときだった。


「覚悟しろ!」


真後ろの茂みから、あの髭の男が飛んで来た。


私はエルサを庇うように、咄嗟に男の方へと向き直り、短剣を突き出した。

だが男は、容赦なく全体重をかけてきたため、その重さに防御するのがやっとになってしまった。


「お前たちのせいで、俺の人生は台無しだ!」


向き合う形で対面した男が、私たちに向かって大声で言う。

その男の手には長い槍が固く握りしめられており、非常に興奮した様子だった。


「俺には家族がいるんだ! 国から任された大仕事が、前代未聞の大失敗に終わる!」


話を聞こうと、エルサが毅然と立ち上がって、恐れることなく男の前に出る。

その姿は、まるで傷や痛みなどないかのように、凛としたものだった。


「私にも、我が国を守る使命があります。数え切れないほどの国民を守る義務があります」


私はすかさずエルサの一歩前へと歩み出て、エルサを守る大勢に入る。


「俺の家族はどうなる! 俺の人生は!」


「もしこの計画が遂行されていれば、あなたの家族はおろか、我が国においても、貴方の国でも、数え切れないほどの人命が失われていたでしょう」


男がわざとらしく大声で笑って言う。


「それが、戦争ってもんだからだよ」


エルサが静かに首を振って、哀れみに満ちた声で言う。


「私は、それを避けたいのです」


男がエルサを馬鹿にしたような態度を示して、歯向かうような口調で言う。


「じゃあ、分かりました、戦争をやめましょう、なんてなるものか! そんな単純なものじゃない」

「それは私にも重々分かっています。だけど、それでもやはり、私は人々が笑って暮らせる豊かな国を、争いは避けられぬども、無残な戦さ無しで、つくりたいのです」


男が納得できないと言う顔で続ける。


「それで戦争無くして、話し合いで解決しましょうってか。あんたの頭はお花畑か」


「私は、それができると信じています。信じているだけではなく、実現しようと、こうして行動しているのです。命をかけて」


男がフッと、不気味に笑う。


「隣国の女王。エルサ。貴方は、もうすでに死んだことになってる」


話の先が読めず、さらには男の表情が人を蔑むようなものへと変わる。

私は全身に力を込める。


「ま、あんたがどんなに大それた理想を語ろうが、どれだけ尊い願いを持っていようが、俺の人生はこれで終わり。不名誉だけが残り、家族は国を追われて路頭に迷う」


自暴自棄になった男が話し続ける。

長い槍の穂先はすでに地面へとつき、持った手は力なく垂れている。


「最後にお目にかかれて光栄でした。死んだはずの、女王様」


「貴様、なにをするつもりだ」


黙って見守るつもりだったが、男の動向が見えず、思わず私も口を挟んでしまう。


「すでに死んだことになっているあんたを殺したところで、俺にはなんの徳もない」


男の視線が不気味に泳ぐ。


「俺の人生も、ここで終わらせてもらうよ」


そう言った男は、持っていた槍の矛先を自分へ向けるようにして地面に立てた。

そして、その矛先が自分の首元へ刺さるよう距離を見計らって、体を傾けた。


「やめなさい!」


エルサが叫ぶ。


それと同時に私の体は動いていた。

男の体を矛先から遠ざけるように、全身で体当たりして、男もろとも地面に倒れ込んだ。


「なにをする! 死なせてくれ!」


ジタバタと抵抗する男を押さえ込もうと、背中側から羽交締めにする。


男が力を込めて動くたびに、身体中の傷から血が溢れ出るのを感じる。

全身が痛みで脈を打っている。


「生きなくてはいけないの!」


地面に背をつけた状態で、男に向かって頭上から叫ぶエルサが見える。

夜明けの薄明るい、希望が見え始めた新しい空に、エルサの豊かな髪の毛が風になびく。


「どんな生まれであろうと、どんな生き方であろうと、どんな役目であろうと、私たちは生き抜けなくてはいけないの」


男が、私たちの目も憚らず泣き出す。


抵抗する気もなくなったのか、男の全身から力が抜けた。

男は泣きじゃくっているため、私も力を抜いて、男を解放して立ち上がった。


地面に寝転んでおいおいと泣いている男に、エルサが声をかける。


「生きている限り、貴方にもきっと、新たな生きる道があります」


なにをするか分からない男から、一刻も早くエルサを離そうと、私はエルサの背中を押して言う。


「さ、早く。行きましょう」


エルサの右脇の下に自分の肩を入れ、軽く持ち上げるように支えながら歩く。


エルサは木の枝が刺さっていた左足を引き摺りながらではあったが、なんとか少しずつ歩いていた。


男はもはや泣くでもなく、ただ寝っ転がって静かに空を見つめていた。

その様子がなんとも不気味で、私はその男の様子を振り返りながら警戒していた。


エルサの歩幅に合わせてではあったが、少しでも遠ざかろうと先を急かすように歩いた。


「あの男は危険です。気が立っているので、なにをしでかすか分かりません」


エルサの耳元にそう囁く。


「分かっている。でも、私たちが首を刎ねてしまってはいけないと、そう私の心が言っている」


「どうして!」


もどかしさから、つい強い口調になってしまった。


「歴史が繰り返されるだけだ、と。そんな声が心に囁いて離れない」


どこまでも落ち着いた冷静な声でエルサがそう返してきたので、私も押し黙る。


「では、先を急ぎましょう。とりあえず、ここから少しでも離れなければ」


ジャリ。


乾いた砂に足底が擦れる音がした。


「やっぱり、考え直したぜ」


急いで振り向くと男が槍を手繰り寄せて、それを支えに立ちあがろうとしているところだった。


「なにをするつもりだ! 次は容赦せんぞ!」


私は短剣を構えて、エルサを背中に守り、向き直る。


「やっぱりヨォ」


フラフラとした足取りで男は完全に立ち上がり、槍を構えた。


「止まれ! それ以上動くと、首を突くぞ!」


男の目に殺気が満ちていた。

人間の目ではない、飢えた獣の目。


「俺の人生は終わったも同然よ。いまさら悔いることなどないわ」


なにも守るものがなくなってしまった人間の、危うくて脆い姿だった。


「槍を捨てて、地面に伏せろ!」


私は声の限りにそう叫び、エルサに一歩下がるように仕草で伝える。

それなのに、エルサは動じない。


「女王様ァ。あんたにはあんたの正義があるように、俺にも俺の正義がある」


私の後ろに立っていたエルサが一歩前に出て、私と並ぶ。

そして、毅然な態度で言う。


「貴方の正義を、聞きましょう」


「この作戦が成功していれば、俺は多額の報酬と名誉ある地位、そして名声を手にしたはずだったんだ! 俺が愛する家族のために!」


「私たちが事前に阻止しなければ、貴方の国の人たちも大勢が犠牲になったはず。そのなかには貴方の家族だって含まれていたかもしれないのに?」


「俺の息子はどうなるってんだ! 不名誉な親父のせいで、もう一生が決まった」


男の頭のなかには、それしかないのだろう。


「仮にこの作戦が成功して、戦争が始まっていたら、貴方の息子さんも無惨に命を落としていたのかもしれない……それならば、」


「それが、この世だろ!」


エルサが言い終わるよりも先に、男が口を割る。


「……だからこそ、私はこの世を変えたい。変えられると心から信じている、私が変えてみせるとも」

「綺麗事ばっかり口にするのは、あんたが女だからか?」


男が馬鹿にしたように笑いながら、そう言う。


エルサがそれを聞いて、余裕のある表情で返す。


「そんな綺麗事を心から信じて、大切な人と語り合い、心を通わせて行動した私たちに、貴方は負けたのよ」


緩んでいた男の口が閉まり、男の目線がエルサを睨む。


「時代は変わるの。いや、変えていくの。私たちで」


エルサの右手が私の左手に絡んで、握る。

私もすぐさま握り返す。


「すべての生命は母から生まれる。その偉大な存在を見下す限り、貴方たちは、永遠に私たちには勝てないでしょう」


まっすぐと男に向き合って語り続けるエルサは、もはやこの世の人間ではないような厳かな口調だった。


「そんな綺麗事の説教で、俺が心変わりして引くとでも思うのか?」


ザッ。


乾いた砂の音がまた響く。


男の右足が一歩下がる。

その瞬間、私は全身に力を入れた。


男が槍を構えて、全力でこちらに向かって走り出す。


素早くエルサの手を握っていた左手を、私は背中側へと引く。

真正面から一騎打ちで立ち向かう大勢に入った。


カン!


鈍い感覚が右手に振動し、手が痺れる。


こちらに向かって来た槍の穂先を弾いた衝撃で、私が持っていた短剣が宙を舞う。

男は弾かれた衝撃で、後ろへと転がりそうになる。


守るため、遠くへとエルサの体ごと飛ばすように、手を振って振り払う。

宙に待って飛んでいった短剣よりも近い距離に、エルサが尻餅をついたのを確認する。


男は倒れないように上体を振り起こして、つんのめる大勢で私に穂先を向けている。


次の一撃に備えようと、穂先を掴もうと両手を差し出した。

たしかに両手で穂先を捉えたものの、その感触が軽い。


男が寸前で槍から手を離したのだ。


視線をズラすと、男が上着の内側から短剣を取り出して、硬く手に握っているのを見た。

私の胸元に、その短剣が刺さると悟った瞬間だった。


「ウッ」


いままで男と立ち向かっていた視界が、茶色くウェーブした豊かな髪の毛で埋まっている。

なにが起きたのか理解するのが先か、体が反射的に動くのが先か、私はその背中を思い切り抱きしめる。


「エルサ!」


男の短剣が、エルサの胸を貫いていた。


突き刺さった短剣をそのままに、男が手を離して言う。


「ちょうどいい。女王エルサの首を取ったのは俺だと、城に報告しに連れて帰ろう!」


私はエルサを抱きながら、手にしていた槍で男を突き放した。


もちろん、刃物がついている穂先ではなく持ち手側で。


胸の中心にある急所を突かれた男は、顔のパーツすべてを中心に寄せるように顔を歪め、地面に後ろ向きに倒れ込んだ。

私はすかさず男に馬乗りになり、無我夢中に殴った。


「救いに対して、お前はそれを仇で返したのか!」


私は泣きながら、拳にこれでもかと力を込めた。

この男が、これで死ぬことはないだろう。


だが、他人の助けがないと身動きが取れないほどまでには力の限りに殴った。

男の低い呻き声が響き、やがて気を失ったのか静かになった。


私は、急いでエルサに駆け寄る。


「エルサ!」


自分の喉がまるで焼けるかのように、大きな声を出した。

地面にゆっくりと、へたり込むエルサを抱き抱えるように地面に座る。


「目を閉じてはいけません、私をしっかりと見てください」


エルサの瞳が、力なく揺れ動いて、私を捉える。


ゆっくりと右手が私の頬へと伸びて、触れる。


「私、幸せよ」


ゆっくりと安堵した表情で、エルサが私に言う。


「……どうして」


私の目から溢れ出た涙が、エルサに降り注ぐ。


「ルカが死ぬところなんて、私は見たくなかったから」


「……どうして!」


私はいま起こった現実を受け入れられず、同じ言葉を口からこぼすことしかできなかった。


「いつだってルカに救われて守られてきたんだもの。私だって、貴方を守りたかった」


「エルサ! 貴女がいなくなっては、この国はどうなるのですか! 私は!」


エルサの丸くて小さい頭を抱き抱えながら、私は叫ぶように言う。


まだ、あっちにいってはいけない。

まだ。


まだだ。


「後のことは、大丈夫。私がいなくても、国のことは話がつくでしょう」


そういうことではない。

私は、残される私はどうなるのだ。


エルサ。


「ルカ。どうか喜んで。私たちが夢見た、武器ではなくペンを握る時代へと変わるの」


エルサ!


「これで国は守られ、国民たちは平和に暮らせる」


私の頬に触れている手が、力なく離れようとする。

私はそれを力強く、押さえ止めた。


重なった二人の手が、私の頬で震えていた。


「私も、幸せです。エルサ」


私の言葉に、エルサの頭がわずかに頷く。


「ルカ。もしまた生まれ変わっても、出会いましょうね」


溢れ出る涙が邪魔をして、喉からうまく声が出ない。

焼け付くような喉に力を込めて、私は言う。


「もちろんです。どこにいても、貴女を探し出します」


エルサの口元に、微笑みが浮かぶ。


「ふふ、貴方なら、きっと必ず見つけ出してくれそう」


もはや吐息に声が混じる程度に、どんどんとエルサの声が小さくなっていく。

両腕により一層の力を込めて、エルサを抱きしめる。


私の嗚咽で二人の身体が揺れる。


「ルカの言った通り」


私は涙で揺らぐ視界を鮮明にしようと、キツく瞬きをした。


「あの日、私のことを優しく抱きしめてくれたときと、まったく同じ」


エルサは空のずっと先にある宇宙を見るように、最後に、まっすぐこの世界を見ている。


「いま、なにも恐くない。こんなにも満ち足りた気持ち」


私の目から溢れ出る涙は止まらず、込み上げる嗚咽に喉が痛む。

なにか言葉を紡ぎたいのに、感情が先に溢れ出て止まらない。


生きるのは、こんなにも痛い。


「ルカ。貴方がいたから」


エルサの瞳が、真っ直ぐに私の瞳を捉える。


その瞳には、夜明けの新しい朝の光が差し込み始めていた。


「エルサ。貴女を愛しています。心から」


震える声で私は精一杯伝える。

いくら言葉で伝えても、この気持ちが十二分にも伝えきれないのがもどかしい。


「ルカ、私も愛している。心から」


そう言った直後に、エルサが大きく息を吸ったかと思うと、吐く息に力を込めて言った。


「ふふ。私、やっぱり私という人間に生まれて良かった。だって、貴女に出会えたから」


そう言って目を閉じて、囁くように、まるで眠りに入る直前のように言う。


「ありがとう。ルカ」


満ち足りた笑顔を浮かべたと思った次の瞬間だった。


「私と結ばれてくれて……」


その言葉を最後に、エルサの体が重みを増した。


「エルサ!」


私は力の限り叫び、体を揺するも、一切の反応がない。


事切れて力が抜けた体は、こんなにも重たい。

肉体は、こんなにも重たい。


私は、自分の震える唇を、エルサのそれへと優しく重ねた。エルサのなに一つ変わらな表情と肉体を見て、覚悟を決める。


エルサの大切な肉体を、敵地に置いてなど行けない。

エルサを、あの泉へと連れて行こう。


幼きころ、私たちが出会ったあの泉。

ルークとチェスにまたがって、二人で出掛けたあの泉。


せめて我が国の領地に、エルサの肉体を埋めて返して差し上げたい。


 私は両手に抱えているエルサを抱き直して、立ち上がる。

自分にも、どこにそんな力が残っているのか、分からなかった。

もはや精神の力だけで立っていると言っても、過言ではなかった。


力なく肩から垂れるエルサの体に、もう魂はいない。

宙に還ったのだ。


 私は涙が枯れるほど涙を流しながら、ゆっくりと歩き始めた。


先ほどよりも、ずっと重たく感じるエルサの肉体をおぶって、私はひたすらに歩き続けた。


何度も意識が飛んで倒れ込みそうになりながらも、膝を着いては立ち上がった。


火事場の馬鹿力のように、私は黙々とエルサを担いで歩き続けた。


夜が完全に明け、新しい光が差し込んで、辺りを満ち照らしていた。


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