【第十八話】運命
十八 運命
〜 ルカ side 〜
「エルサ。あれを」
ほぼ触れ合うかのような距離で頬を並べている隣のエルサに、囁くように言う。
「うん。やはり、間違いないわね」
木々の隙間から、身を潜めて敵陣の様子を伺う。
山に入ってから二日目にして、山頂には到着した。
我々は遠回りをして逆ルートから登ったため、二日の時間がかかったが、おそらく最短ルートを辿れば半日あれば登れる程度の標高だった。
敵陣から漏れ出るガヤガヤと人の声がまず聞こえ、それに加えて鉄材同士が擦れ合うような、騒がしい音が聞こえてきてからは、割とすぐだった。
山頂に来て気がついたが、この山には特徴がある。
山頂部分の割と広い範囲にだけ木々がなく、芝生が広がっている珍しい地形を成していた。
その地形を利用してか、そこに大きな兵器のようなものが、いくつか設置されている。
そのほとんどが完成形に近かったが、そばに積まれている資材の山を見ると、まだ最終的な完成はしていないらしい。
それこそ数日前に確認した光信号の「マダ、マタレヨ」の通りなのだろう。
ここから見える反対側は、地平線の向こうの海のように丸い傾斜があるため、こちらからは設置されている兵器の全容はまだ窺い知れなかった。
「いち、に、さん」
エルサが目を細め、指を親指から順に立てて、兵器の数を数える。
「等間隔に設置されていることから、反対側にも、これの倍はありそうですね」
私も目を細めて、揺れる木の葉の隙間から、向こう側の様子を想像する。
そよそよと拭き通っていく風が、私たちの声と気配を紛らわせてくれている。
「うん。おそらく、真ん中にあるのが主要機でしょう。周りに設置されているのは副機のようなもの」エルサが言う。
「おい!」
急に近くで男の声がした。
私は咄嗟にエルサの肩を抱き寄せる。
私たちの体が反射的に強張る。
「早く運べって言っただろう!」
ここから百歩先ほどに、その声の主が見えた。
現場監督のような立ち位置なのだろうか。
髭を生やした中年の男が、積み上がった資材の山を指差しながら、大きな声で命令を下している。
その声に十名ほどの男たちが集まってきた。
皆、朝から働いているのだろう。
彼らの顔には早くも疲労の跡が見られた。
ガシャン、ガシャン。
重たそうな鉄材がどんどんと運ばれていく。
部外者がいるだなんて思ってもいない相手方は、こちら方面に一瞥することもなく、ただ黙々と足元を見続けて作業を続けていた。
現場監督のような男も、資材を運んでいる男たちとともに、向こう側へと歩いていった。
それを確認して、私はエルサを抱いていた手の力を弱めた。
二人で息を長く吐く。
「光信号を送っていた巨大な鏡の装置も、おそらく向こう側にあるのでしょうね」
再び訪れた束の間の静寂に、私はエルサに言う。
「そうね。向こう側に主拠点を置いているんでしょう。今夜、暗くなってから、あっち側に回ってみましょう」
私は了解の意味を込めて、静かに頷いた。
そうして見張っている間も、みるみるうちに鉄材が運ばれていき、ついには百歩先にあった資材の山が、陽が暮れるころには無くなった。
相当、設置を急いでいるのだろう。
完全に日が暮れてしまっては、私たちの視界も効かなくなった。
さらには初めての山であることから、滑落などの危険性も含め、夕暮れからはより一層慎重にならなければならない。
私たちは逆側、つまり相手の主拠点がある側へと慎重にゆっくりと移動し始めた。
山頂の木々が無い部分はまるで計算されたように円の形を作っており、それ以外の範囲には木々が生い茂っていたので、我々二人が身を隠すのには助かった。
山頂から少し下り、また茂みと木々の間を縫うように進む。
耳を澄ませて、相手の声がする方面と距離を予測し、それらを避けるように、なんとか逆側へと進むことができた。
大きな茂った木によじ登り、エルサは右に伸びる太い枝に。私は左に伸びた太い枝にしがみつくようにして身を隠した。
すぐ下の方で若い男の声がする。
「進捗状況は、なんと報告しましょう?」
木の葉の隙間から、その人物の背中を捉える。
「そうだな、『カンセイ、マヂカ』としておけ」
先ほど命令を飛ばしていた、あの男の低い声がした。
さらにはそれに続けて、男の笑い声までが聞こえてきた。
「今日の様子だと、明日には完成するだろうよ。喜べ、明日の夜には完成祝いだ。あとは本部から命令があり次第、弾を詰め込めば、すべては終わる」
カンセイ、マヂカ。
弾を詰め込むだけ。
すべては、終わる。
それらの言葉に、私は目を見開いた。
さらに、その男が歩みいった先を見つめると、想像していたよりもはるかに大きい主要機の全貌が見えた。
暗がりでよく見えなかったものの、その大きさに本能的に恐怖心を抱く。
おそらく、主要機はもう完成しているのだ。
今日運んでいた資材は副機のものなのだろう。資材の大きさからしても、そのように思えた。
もし、あと一日でも私たちの到着が遅ければ?
そんなことを考えながら、少し離れた枝にしがみついている、エルサの様子を横目で伺う。
思っていた以上に、深刻な事態を目の当たりにしても、エルサは取り乱すことなく、冷静にただ目の前の現実を見つめていた。
どうやら男たちは見張りも兼ねて、主要機を取り巻く形でテントを張って寝泊まりしているらしかった。
早朝から肉体を酷使して作業しているからか、夜の帳が落ちてからは早くも寝静まった様子で、辺りには人の気配が一切なくなった。
私たちは目配せで合図しあって、静かに木から降り、昨日見つけた岩場へと降った。
巨大な岩同士が支え合うようにしてできた隙間、大きな岩の真下に小さな空間を見つけたため、昨晩もここで夜を過ごしたのだ。
油断できない緊張感のなかではあるが、大きな岩の隙間にできたわずかな狭い空間に安堵する。
空に広がる星空と、爽やかな夜風が幾分か私たちを癒してくれた。
岩場の隙間に滑り込むようにして体を入れ込み、二人で横になる。
「ルカ」
「はい」
「明日の夜、決行しようと思う」
「私も、同じことを考えていました」
「覚悟は良い?」
私は思わずフッ、と鼻から息を漏らして笑う。
エルサがこちらを見る様子を感じとる。
「覚悟は、もうすでに出来ています」
私はエルサの目を真っ直ぐに見据えて、揺るぎなく答える。
「だって、いくら『死にに行くのではない、生きに行くのです』と言っても、生きては帰れないかもしれない。いや、その可能性の方が遥かに大きい」
エルサの声が震えて強張る。
すかさず、私は左手を伸ばして、エルサの右手を握る。
それでもなお、エルサが不安に駆られて矢継ぎ早に言う。
「やっぱり。ルカ、貴方だけでも残って生きてほしい。これは国を背負う私の使命なのだから」
エルサがそう言いながら、指が私の甲を優しく撫でている。
「……私は、エルサに心から感謝しているのです」
エルサの指が止まる。
どういうことかと、その無言が話の先を急かす。
「この時代の、この国に生まれたからこそ、貴女、つまりエルサに出会えた」
私は隣に寝そべるエルサの顔を見る。
長く揃ったまつ毛が細かく震え、瞳はまるで水面のように、私の右目と左目を行ったり来たりと揺らめいていた。
「そして、私が女性に生まれ、女性騎士となったからこそ、貴女と愛し合えた」
エルサが手に力を入れて、私の手のひらををギュッと握る。
それらを感じながら、私は続けて言う。
「貴女と出会えたこの国を、貴女が心から愛するこの国を、貴女が治めるこの国を。私も心から愛しています」
エルサの瞳には溢れんばかりの涙が込み上げている。
「だから、もうそんな寂しいことを言わないでください」
長いまつげに縁取られたエルサの瞳から、ついに涙が流れる。
「貴女の使命を支えるのが、このルカ・エクセスの使命なのですから」
私はそう言って、エルサの瞳から流れた涙を、握っていない方の指で拭った。
エルサはいままで我慢してきた分、たくさんの涙を流した。
それはまるで、いままでの孤独を埋めるかのように。
「私は、ずっと……」
エルサが途切れ途切れに、話し始める。
「どうして生まれてきたのだろうと思っていた」
嗚咽にも近い、涙でくぐもった声でエルサが話し続ける。
「生まれながらに決められた運命があり、定めがある。この世で生きている以上は、一生それから逃れられない。それならば、私以外でも良かったのではないか、と。誰でも良かったのではないかと。後ろを向きながら、歩き続ける日々があった。過去ばかりを振り返り、どうしてどうして、と考えていた」
鼻を啜り上げながら話し続けるエルサの頭を、私は胸元に寄せてゆっくりと抱きしめる。
「でも、いまやっと分かった」
私の胸元に顔を埋めていたエルサが、いまにも鼻先が触れ合いそうな距離で私の顔を見上げる。
「私、生まれてきて、良かった」
そう言ったエルサの顔が、どんな星よりも輝いて見えた。
月夜の暗い夜だったが、どんな光よりも眩しく、輝いて見えた。
希望に満ちた顔だった。
私は、たとえ死んでもこの顔を忘れないだろう。
「私が、私に生まれたからこそ、出会えた人。私が、私だったから、愛した人」
エルサがそう言って、私の胸元に顔を押し付けて、大きく息を吸う。
「私も、私として生まれてきて良かったです。こうして、貴女と出会えた」
私はそう返事をして、柔らかく、夜風でひんやりと冷えたエルサの髪の毛を、撫でる。
「私たち二人だからこそ、この国のために出来ることがある。国民を守れる方法がある」
いつもの調子が戻ったのか、エルサの声に力強さがみなぎる。
「はい。その通りです」
エルサの調子が戻ったことで、私も嬉しくなり、明るい口調で返す。
「私たち二人が愛するこの国を、永遠に愛と光で守りましょう」
それは、女王らしい、神々しく厳かな口調だった。
「はい。どこまでも。このルカ・エクセス、女王様にお供いたします」
あらためてお互いの気持ちを確認し合い、安心感と多幸感に包まれた私たちは抱き合ったまま、いつの間にか眠りについた。
温かい。
どんなに風が吹こうとも、雨が強く打ち付けようとも、二人で抱き合っていれば、温かい。
肉体を持つ喜び、楽しさ、経験。
それらすべてを覚えておけるように。
生きる喜びを忘れないように。
私たちは、存分にそれらを味わいながら、噛み締めながら、朝日を拝んだ。




