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歴史上初の女性騎士と、愛で結ばれた姫の物語  作者: 風見 咲良


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【第十五話】愛の誓い


第十五話 愛の誓い


〜 ルカ side 〜


 階上の部屋、エルサが使っている部屋のベッドに二人で横になる。


まだ眠るには勿体無いという気持ちが芽生えた。

そんなことを感じたのは、生まれて初めてだった。


 満月が近いのか、月明かりが部屋全体をぼんやりと明るく染めている。周囲の音に耳そそばだてて警戒するも、乾いた風がサワサワと木の葉を揺らし、穏やかな虫の音だけが遠くでこだまするだけの穏やかな夜だった。


ほのかに照らされた天井を見つめていると、エルサが静かに口を開いた。


「ルカは、誰かと恋仲になったことはないの?」


「えっ」


真横で同じように天井を見つめていたエルサが突然そう言い、その質問に驚く。なぜか顔を見てはいけないように思い、さりげなさを装おうとするも、素っ頓狂な声が出てしまった。まさか、そんな質問をされるとは思っておらず、一気に顔へと熱が上がる。


「だって、そんなに美しくて、武術も勉学も出来たら声をかけてくる人は多いでしょう」


いつもの強気なエルサの様子とは打って変わり、少し拗ねたような声で続けて問われる。


「いえ、そんな。入団前も、入団後も訓練に明け暮れていたので……。そんな暇はなかったというか」


別に責められているわけではないのに、どうしても弁明のような口調になってしまう。


「イーリスとの噂も耳にしたけれど」


エルサの声が一段階、冷たく鋭くなった。


「……イーリス?」


思わぬ名前に、私からさらに間抜けな声が出る。話の先が読めず、私はエルサの顔を見ようとする。すると、エルサは言いにくそうに、私とは逆方向の壁側にやや頭を逸らした。


「馬舎に頻繁に出入りしているから、二人は恋仲であり、頻繁に密会していると」


「……はぁ」


根もはもない噂話を、城の者たちが熱心に話し合っている様子を思い浮かべた途端、私の口からは呆れたため息がこぼれ落ちた。


「私はね、信じなかったのよ! もちろん!」


勢いよくこちらに向き直ったエルサの声が、思わず少し大きくなる。


「イーリスとは、無論そんな関係ではありません」


私はエルサの瞳を見つめながら頭を優しく撫で、そう言う。


煙のないところに火は立たぬとは言うが、もはや水から火が立つレベルの噂に思わず私の口元に笑みが浮かんだ。


「……それに」


私は少し考えてから、言った。


「イーリスには、生涯を誓った相手がいます。もうこの世では会えずとも、永遠を誓った相手が」


エルサはその一言でなにかを察したのか、それ以上は聞いてこなかった。


「では、いままで私のためだけに、すべての時間を使っていたということ?」


話の流れを切り替えるように、エルサが上半身を起こして、イタズラっぽく、私の顔を真上から覗き込んでくる。

白い肌に月明かりが反射して、まるで肉体の内側に光が灯っているようだった。

地上に流れる川のように、曲線を描いた豊かで柔らかいエルサの髪が相まって、まるで女神を描いた絵画のように、とても神聖で神秘的なものとして私の目に映った。


「はい、そういうことです」


私も上半身を起こして、イタズラっぽく言い、そのままエルサの唇に自分のそれを重ねる。


二人で顔を見合わせて、静かに笑う。


 また、自然と顔が近付く。私は背筋を伸ばす。

たがいの意思で同じ感覚ずつ近づいていき、唇が触れる。


何度か触れ合わせた後、顔を離して、どちらともなく先ほどの会話に戻る。


「私は、ずっと小さいころから誰にも頼らずに生きていきたいと思っていました」


ポツリと話し始めた私に、エルサが優しく相槌を打つ。


「だから、自分一人きりで生きていこうと決心していた頑なな部分があって」


「良いな、とかは思わなかったの? 他の人を見て。貴方の同期騎士ロイが結婚したときなど」


「えっ!?」


思わず出してしまった大きな声に自分で驚いて、慌てて口を塞ぐ。


「まさか、知らなかったの?」


「だって、そんな話は一度も……」


まさかロイが結婚していただなんて。そんな様子を感じたことはなかったし、話だって微塵も聞かなかった。


「本当に興味がなかったことが、これで分かった。彼の薬指には結婚指輪まで嵌められているのに」


「えぇっ⁉︎」


ほぼ毎日、騎士団の訓練で顔を見合わせていたのに、私は知らなかった。知らなかったというよりも、知ろうとすらしていなかったことに近いのかもしれない。


 エルサが左手を天井に向かって上げる。それはまるで、小さい子が太陽に血管を透かすかのようだった。滑らかな手の甲に、細長い指が伸びている。


「ルカも」


同じことをしろ、という意味なのだろう。

私は素直に、右手をエルサのそれと同じ高さまで上げる。


月夜で微かに照らされた天井を背景に、二人の手が左右対称に二つ並ぶ。


「ルカの手、綺麗よね」


私は自分の手をあらためて、マジマジと見る。

手の甲には訓練での矛先がかすめた筋のような傷跡が残っており、手のひらには多数のマメができている。お世辞にも綺麗な手だとは言えない。


「そうですか? エルサの方が綺麗ですよ」


エルサの手は、透き通っていると錯覚しそうなほど滑らかで、暗闇では指の細長さがさらに際立っていた。まるで、清らかな泉から、川が分岐して地上に流れ出たような細長い指だと思った。


宙に浮かんでいたエルサの手が、私の手に重なる。

剣や手綱を握って固くなった私の掌に、柔らかい感触が加わる。


エルサはピッタリと自分と私の手のひらをつけて、いろんな角度から見ている。


「私たち、手の大きさ、ほとんど同じ」


本当かどうか、私も眼を凝らす。


「ほんとですね。指の長さまで同じです。太さは違うけれど」


私がそう言ったと同時に、エルサが手のひらの角度を少しずらして、指を絡めた。

まるで二人で祈るように、お互いの存在を確かめ合うように、しっかりと握り合う。


「じゃあ、私が最初で最後の最愛の人ということ」


また、イタズラっぽくエルサが言う。


「はい。私は貴女だけを愛しています。これからも、この先も。ずっと。永遠に」


今度は、そのイタズラっぽさを逆手にとって、私は至極真剣な顔で答えた。

エルサもまた、口元に微笑みを湛えながらも、瞳は真剣そのものだった。


 私はそれに応えるように全身を起こす。

それを合図に、エルサが身体を横たえて、私を全身で受け入れるように両手を広げる。


私は、その広大な海に身を預けるかのように、それらの瞳に吸い込まれるかのように、沈んでいく。


どこまでも二人で、海の底へとゆっくりと沈んでいくような感覚だった。

エルサの熱い吐息が、私の耳にかかった。


 私は、この瞬間を忘れないだろう。






〜 女王エルサ side 〜


 柔らかい朝の光が、部屋を満たしている。


まだ朧げな頭で、昨日までとはなにかが違うことを感じとる。

なにも纏わずに眠ってしまったのは、生まれて初めてだった。風邪を引いてしまわないかと一瞬不安になったものの、全身が形容し難い神聖な温かさに包まれていることに気がつく。


 隣で規則正しい寝息を立てている顔を見る。

まるで子どものように、清らかで純粋な寝顔だった。


顔にかかっている髪の毛をどかそうと、静かに毛布から右手を出す。

伸ばした指先が柔らかな毛先に触れる。


長いまつ毛に、きりっと整った形の良い眉。それらすべてにルカの意志の強さが表れているようで、それらすべてが心から好きだと思った。


そんなふうに見つめていると、ルカの瞼が細かく動いた。そうかと思ったら、次の瞬間には目が開かれ、ゆらりと宙を泳いでいた瞳が、意思を持って私を捉えた。


「おはようございます。エルサ」


私は、愛しい気持ちをどうにか発散したくて、ルカの頬に自分の手のひらを添えた。


「おはよう。ルカ」


ルカは私の挨拶に微笑んでから、静かに寝ていた私の方へ向いた横向きの体勢から仰向けになり、全身の筋肉を伸ばすために両腕を伸ばした。

その瞬間、艶やかな肌に筋肉が浮かび上がった。


さっきまで頬に触れていた手を、そっと胸の上に添える。

ルカの規則正しい呼吸と心音を手のひらで直に感じる。


「朝ごはん、食べましょうか」


胸元に置いた私の手をルカが上から包み込み、そう言う。


「もう少しだけ……このままで」


私は縋るような声が出たことに、自分で驚き、恥ずかしさを覚えた。だが、ルカはそんなことも気にしないそぶりで、優しい笑みを返してくる。


「かしこまりました。では、ずっと永遠にこのままで」


冗談なのか、本気なのか。私たちが置かれた状況では、その真意はどちらにも取れるな、と思いながら、ルカの言葉を頭のなかで反芻する。


「こんな朝が、あったのですね」


なにを言い出すのかと思い、思わず顔を浮かせてルカの表情を伺う。


「目覚めた瞬間に不安に苛まれることなく、また新たに始まる人生に光が満ちているように感じる朝が」


まるで、独り言のようにそう言って、ルカの手が私の腰に触れた。


そのまま言葉なく、私たちはまた包み込み合うように抱き合った。

安堵感が満ち溢れた。


それはまるで、生きながらに天国を体験するような、どこまでも光に包まれた瞬間だった。


こんな朝を、飽きるほど永遠に、続けばいいのにと願わずにはいられなかった。

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