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この世界で、君だけが獣を王にした  作者: そよら
フェーズI 裏路地で、獣は奪う
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Ep.5 月を弾く翼

 夜が一段と深くなった頃、幌の向こう側で金属が擦れる、重い音がした。

 灯りが、布の向こうをゆっくりと横切り、低い声が交わる。


「起きろ!」

「登録証の照合だ」


 その言葉に、リフは跳ねるように身を起こした。


(こんな時間に……?)


 背中を、冷たいものが一気に走る。

 布一枚の向こうで、影が増える。

 二つ、三つ。足音が、長屋の前で止まった。


「おい、聞こえてるだろ。とっとと外に出ろ」


 幌が、無造作に引かれかける。


「うるせぇな」


 ゼルは苛立ったように身を起こし、リフの前を跨ぐようにして立ち上がる。

 幌を押さえ、半分だけ捲り上げると、外へ顔を出した。


「蝙蝠族?なんで人間の住処なんかにいる」


 外から、驚いたような声が聞こえた。

 ゼルは眉をひそめ、舌打ちする。


「ったく、そっちこそ夜中に何の用だ」


「逃げた実験個体を探してる」


 短い沈黙のあと、念を押すように続いた。


「あれに関わったらどうなるか、獣族なら分かるだろ」


「あれ?」


 ゼルの機嫌は目に見えて急降下していく。

 リフは身じろぎもせず、ただ俯いたまま動けなかった。


「終身奴隷に手を貸した者は、例外なく粛清され、関わったと言うだけで、抹消対象になる」


「なんだよそれ、知るかよ」


 リフは驚いた様子で、ゼルの背中を見つめた。

 獣族のくせに、ゼルは彼らの絶対的な掟についてなぜか何も知らないようだった。


「ここには俺しかいねぇ」


 ゼルは眠気と苛立ちを、そのまま声に乗せる。


「用がないなら帰れ。試合帰りで機嫌が悪ぃんだよ」


 奥で、しばらく間、リフは息を殺していた。


 幌の向こう側で、甲冑がわずかに擦れる音がした。

 灯りが一度揺れ、やがて隣へと移っていく。


(切り抜けた……)


 それだけで、肩から、力が落ちた。


「こんな時間に、ふざけんな」


 ゼルは小さく悪態をつくと、不機嫌にまた横になった。

 背を向け翼を雑に畳むと、しばらくして寝息が聞こえ始める。


 リフは胸の奥の小さな痛みを押しつぶすように、ゆっくりと目を閉じた。    


「ありがとう」


 小さなつぶやきは、隣で眠るゼルには届かなかった。


 夜は変わらない。

 ただ、すぐ近くにある生温い存在が、左肩に走る震えを、少しだけ和らげてくれた気がした。


 *


 巡視兵の声が頭から離れず、目を閉じていても、眠りは浅いままだった。

 長屋の外で何かが触れ合うような音に、リフはゆっくりと目を開ける。 


 隣にあるはずの気配がないことに気づき、胸の奥がわずかにざわついた。


(……いない)


 体を起こし、膝をついたまま幌へ手を伸ばす。

 夜気が細く入り込み、頬を冷やす。


 長屋の脇、月明かりの落ちる場所に、壁にもたれるような影があった。


 片手で額を押さえ、浅く息を吐いている。

 その背に落ちた月明かりが、輪郭を淡く浮かび上がらせていた。


 見慣れた皮膜の翼ではない。


 背から広がるそれは、鱗が重なるような、月光を弾く鋼色の巨大な翼だった。

 翼膜は幾重にも重なり、その一枚一枚の縁が刃みたいに光を拾っている。


 鈍い銀色の光が、月を砕いたみたいに揺れていた。

 翼がわずかに動くたび、金属がかすかに擦れる音がした。


(……何、あれ)


 喉の奥がひくりと鳴る。

 目を凝らすほど、背中の影は硬質な光を帯びて見えた  


(……蝙蝠族、じゃない?)


 言葉が、喉の奥で止まる


 ゼルがわずかに身じろぎ、翼の影が壁いっぱいに広がった。

 不意に、その動きが、止まる。

 気配を探るように、顔がゆっくりとこちらへ向いた。

 月明かりを受けた瞳は、血を溶かしたみたいに真紅に光っていた。


 視線が重なりかけた気がして、リフは咄嗟に幌を下ろした

 早まる鼓動を押さえるように、膝を抱え直す。

 幌越しの影は、またかすかに揺れた。

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