表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界で、君だけが獣を王にした  作者: そよら
フェーズII 森に棲む銀灰の獣
31/34

II-EP.FINAL 贖いの途中

「束の間の出会いだったな」


 ナトカは戸口に立ったまま、

「気をつけて」と続け、小さな布袋をリフに手渡した。


 袋の中には、薄紙でひとつずつ丁寧に包まれたコアレットが、いくつも詰められている。


「ありがとう。こんなにたくさん」


「あと、これも持って行け」


 そう言って、ナトカはリフの好きそうな、白のもこもこのフードがついた厚手のコートを、肩にそっとかけてくれた。


「俺が仕立てた。これからどんどん寒くなる。人間は獣族ほど寒さに強くないだろ」


「すごい!なんでも出来るんだね」


 リフは心底うれしそうに笑う。


 その素直な笑顔に、ナトカは数年前までいた、ルーメン研究施設の終身奴隷たちのことを思う。


 研究所では、実験体は資源であり、物だった。

 治療も、試薬も、成功率も、記録の数字でしかなかった。


 何度も繰り返し命を失わせてきた。

 実験の成果こそが全てだった。


 その罪が消えることはない。


 償えるとも思わない。


 それでも今、目の前で嬉しそうに笑うリフを見ていると、せめてもの、帳尻合わせくらいにはなるかもしれないと思えてくる。


「ゼル。お前の分もできてる」


 短くそう告げて、いくつかのカプセルが入った小瓶を差し出す。


「即席だ。日常生活に支障が出ない程度には効く」


「感謝する」


 低い声で、それだけ告げる。

 ナトカのほうは見ないまま。


「礼なんて言われると思わなかったぞ」


 軽く笑ったナトカに、ゼルは視線を逸らしたまま、

 握手を求めるように手を差し出した。


「世話になった」


 無愛想な物言いに、ナトカは一瞬だけ嬉しそうに目を細め、その手をしっかり握り返す。


 そのまま、ナトカはその手を離さず、ゼルの耳元へわずかに身を寄せる。


「このまま一緒に旅を続けるなら、」


 声を落とす。


「逃げるだけじゃ足りない」


 ゼルの肩が、ほんの一瞬だけ強張った。


「そいつは他の誰かみたいに、ただ隣にいられる存在じゃない」


 ナトカはそれ以上、言葉を重ねなかった。

 ゼルは何も返さず、ただ短く息を詰めた。


 ナトカは手を離し、一歩引く。


(自覚は、ないだろうな)


 視界から消えれば探す。

 声が聞こえなければ気配を追う。

 それを好意だと認めないまま、当然のように隣に置いている。


(甘えてるとも知らずに)


 リフの正体を告げれば、2人は今はまだ壊れる距離だと、ナトカは分かっていた。


「良い旅をな」


 ゼルは一度だけ頷き、リフのほうへ歩き出した。

 森の外れで、リフが大きく手を振る。

 揺れるコートのボアを、ナトカは最後まで見送った。


 ゼルは振り返らなかった。

 リフの隣を歩きながら、前だけを見て進んでいく。


 やがて、ふたりの気配は、完全に森に溶けて消えた。


 *


 翌朝。

 ナトカは家の前に立ち、迷いなく火を放った。


 乾いた木が音を立て、炎が一気に広がる。

 吊るしていた薬草も、調合台も、研究の痕跡も、

 すべてが赤に呑まれていった。


 迷いはなかった。


 鳳凰属のアーヴェント卿──

 名を聞くだけで、研究者たちが口を閉ざす男。

 命をどう扱っているのかを、わざわざ確かめる無粋な者はいない。


 二年──

 リフはそれだけの時間、逃げ続けている。

 あの男が、それをこのまま放っておくはずがない


 獣族と違い、人間の気配は薄い。

 普通なら追えない。

 だが、神獣ならば、微かな痕跡でも辿ってくる。


 ここに留まれば、いずれ嗅ぎつけられる。


 リフのためにも、自分のためにも、それは避けなければならなかった。


 炎が屋根を舐め、崩れ落ちる音が深い森に響く。


「間違ってなかったか」


 研究施設を離れ、自然の素材だけで組み上げた代替ルーメン。

 神獣と思われるゼルが、歩けるだけの力を取り戻した。


「続けるだけだ」


 決意を込めた呟きは、誰に向けたものでもなかった。  


 森の奥へ歩き出しながら、ナトカは次の場所を思い描く。


 次に調べる薬草。

 次に作る配合。


 そして、いつか、また、あのふたりと交わる日が来ることを願って。


 灰の舞う空を一度だけ振り返り、ナトカは森の奥へと姿を消した。







II章完結しました。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

次の章では様々な獣人が出て、

2人の関係も更に進みます。

引き続き読んでいただけると、とても嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ