Ⅲ-EP.1 通行ゲート
石と金属で組まれた巨大な門が、空を切り取るようにそびえ立っていた。
見上げるほど高い城壁の向こう側にあるのは、巨大交易都市マーケット・ゼロ。
人も、獣も、物も、噂も、買えないものも売れないものもないと謳われる街。
列が進み、リフも一歩、前へ出た。
等間隔に置かれた国境審問所には、入国のための照合を待つ獣族の長い列が出来ている。
その流れに混じりながら、リフはふと足を止めた。
振り返っても、そこに、探していた気配はない。
(まだ、到着してない……)
横に並ぶはずの気配は、しばらく空いたまま。
歩幅を合わせる相手がいないだけで、身体の置きどころが分からなくなりそうだった。
進む列は止まらない。リフの番が巡る。
壁面に刻まれた紋章が目に留まった。
向かい合う二体の獣、麒麟属支配領。
角と鱗が絡むその下で、赤鹿族の照合官は、「登録証を」と短く告げた。
リフは何も言わず、懐に手を入れた。
照合台の上に、ヴォルガから貰った金貨をそっと一枚置く。
赤鹿族の照合官は、そこで初めて目線を上げた。長い指が伸び、無言のまま金貨を摘み上げる。角度を変え、光にかざし、指先で擦った。
一瞬の沈黙。
やがて金貨は押し返されることなく、視線だけで前を示した。
「通れ」
通行ゲートが開く。
その瞬間だった。
「ふざけるな!!」
横の列が、跳ねるように崩れた。
「通せと言ってるだろうが!!」
振り返ると、門前でひときわ目立つ女が暴れていた。腰まで流れる派手なピンクの髪。長い脚。外套の隙間から覗く白い肌が、妙に艶めいている。
赤鹿族の照合官が二人、距離を取って構えた。
「登録証を出せ」
「そんなものはない」
女は鼻で笑い、腕を組む。
「とっとと、通せ!」
隣の照合所からの怒声は、収まらない。
列が乱れ、照合官たちが女を取り囲んだまま動けずにいる。
リフは通行ゲートを通過しかけ、踵を返した。
照合台へ戻り、もう一枚、金貨を取り出す。台の上に置き、視線を伏せたまま、短く言った。
「これ、隣の人の分も」
「ふむ」
照合官は金貨を素早く懐に入れ、隣の審問所を見やると、腰を上げた。
騒ぎの外側に立つ赤鹿族の一人に近づき、低く言葉を落とす。
ほどなく、隣のゲートも開いた。
同時に、リフの列も再び流れ出す。
背後で、ひそひそと声が重なった。
列の後方。
猿族が、照合台とリフの手元を交互に見ていた。
リフは振り返らず、そのまま門をくぐった。




