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第21話:神の目覚めと、新たな産声

 俺とミリは、完成した黄金色の液体――俺が『生命の(ドロップ・オブ)(・ライフ)』と名付けたミネラル補給液――を手に、再び世界樹の根元へと来ていた。数日ぶりに間近で見る世界樹は、以前よりも、さらにその緑を濃くしているように見えた。栄養剤の点滴と、共生菌の導入は、着実に効果を上げている。だが、それはあくまで、延命治療に過ぎない。完全な覚醒には、この最後の一押しが必要不可欠だった。


 ミリの表情には、以前のような恐怖や不安はなかった。彼女は、この数日間の、俺の狂気的とも言える調理(錬金)のプロセスを、全てその目で見てきた。グロテスクな骨の山が、科学と菌類の力によって、神々しいまでの液体へと昇華されていく様を。その過程に、一点の穢れも悪意もなかったことを、彼女はもう理解していた。


「レンさん。世界樹様は、きっと受け入れてくださいます」

 彼女は、強い信頼を込めた瞳で俺に言った。

「ええ。あなたがこれほどの叡智と情熱を注いで作られたものですから」

「感傷的な意見は不要だ。僕は、科学的な根拠に基づいて成功を確信しているに過ぎん」

 俺は、そっけなく答えながらも、彼女のその言葉にわずかながらの満足感を覚えていた。


 投与方法は前回の栄養剤と同じだ。生きた(インジェクション・)注射針(ファングス) を、世界樹の主根に接続し、そこからゆっくりと『生命の雫』を注入していく。

 俺は、ミリに前回と同じように、幹に手を触れて世界樹の内部の様子をモニタリングするように指示した。彼女は、もはや俺の優秀な生体センサーとして、欠かせない存在となっていた。


「注入を開始する。ミリ、どんな些細な変化でも見逃さず報告しろ」

「はい!」

 俺の合図で注射菌がその管状の菌糸の先端から、黄金の液体を世界樹の体内へと送り込み始めた。

 スキルを最大まで集中させ、その浸透プロセスを分子レベルで観察する。


 黄金の液体は樹液の流れに乗り、ゆっくりとだが、驚くほどの速度で、その巨体の隅々へと行き渡っていくのが視えた。

 それは、単なる液体の拡散ではなかった。

 枯渇していた微量元素が必要とされる細胞の一つ一つに、まるで意志を持っているかのように吸い寄せられていく。

 マグネシウムイオンが葉の葉緑体に達し、光合成の効率を爆発的に引き上げる。

 鉄イオンが魔力伝導を司るタンパク質と結合し、滞っていたエネルギーの流れを正常化させていく。

 亜鉛、マンガン、モリブデン……これまでほんのわずかしか存在しなかった元素が、生命活動の歯車として、次々と、その本来の役割を果たし始める。


「……レンさん……!」

 ミリが感極まったような声を上げた。

「世界樹様が……喜んでいらっしゃいます……! まるで、長い間ずっと渇いていた喉を、甘いお水が潤していくような……とても、心地よい感覚が……伝わってきます……!」

 彼女の報告は、俺の観測データと完全に一致していた。

 世界樹の細胞活動レベルを示すグラフが、垂直に近い角度で急上昇している。魔力生成量も、回復期とは比較にならないほどの、爆発的な増加を見せていた。

「……ふっ。当然の結果だ」

 俺は、口元に満足の笑みを浮かべた。

 俺の仮説は、そして、治療法は完璧だったのだ。


 その時だった。

 投与が完了したわけでもないのに、聖域全体が再び、激しく揺れ動いた。

「なっ……!? また、結界が……!?」

 ミリが悲鳴を上げる。

 だが俺は、首を横に振った。

「違う! これは、前回の崩壊の揺れとは全く性質が異なる!」


 これは、衰弱による悲鳴ではない。

 内側から力が満ち溢れている。

 数百年もの間眠りについていた巨人が、その手足を伸ばし覚醒しようとしている、力強い胎動だった。


 ―――ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!


 世界樹の幹がミシミシと、音を立てて太くなっていく。

 枝が天に向かって、目に見えるほどの速度で、伸びていく。

 そして、これまで固く閉ざされていた無数の蕾が、一斉に、その花を咲かせ始めたのだ。

 白、赤、青、金……。

 色とりどりの光り輝く花々が、聖域の空を埋め尽くす。

 花々から放たれた濃厚な魔力を含んだ花粉がキラキラと輝きながら、聖域全体に降り注いだ。


 ミリは、そのあまりに幻想的で、神々しい光景に言葉を失い、ただ、涙を流していた。

 これは、彼女が物語の中でしか知らなかった、世界樹がその全力で生命を祝福する姿。

 数百年間失われていた本当の聖域の姿だった。


 だが、俺はその光景に見惚れている場合ではなかった。

 俺の観測データがとんでもない数値を叩き出していたからだ。

「……なんだ、この魔力の上昇率は……!? 回復どころの騒ぎじゃないぞ……!」

 世界樹は、ただ元の健康な状態に戻っただけではなかった。

 数百年間、癌に蝕まれながらも蓄積し続けていた、膨大な魔力。それがミネラルという最後のピースを得たことで、今、暴走的なまでに解放されようとしている。


「おいおい……まさか……」

 俺は一つの信じがたい可能性に行き着いた。

「こいつ……ただ、目覚めただけじゃない。()()する気か……!?」


 俺の仮説を裏付けるように、世界樹の根元が、ひときわ強く輝き始めた。

 そして、地面がまるで巨大な何かが生まれようとしているかのように、ゆっくりと、隆起し始めた。


 神の目覚めは、静かな奇跡では終わらなかった。

 それは、この聖域の、そして、あるいは、この世界の常識すらも、根底から覆す新たな「産声」の始まりだったのだ。

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