そのきゅう 生きる
奮闘したものの先につぶれたのは、無理をさせてきたソルたちの馬だった。
地に落ちても転がりながら攻撃を避ける。
隙を見て飛び起き剣で応戦したが、馬上の相手と戦うには不利だった。
ソルは二人の騎士と連携し、シャナが作成した刺激物を馬と襲撃者の顔へぶつけてまわる。
握りこぶしほどのそれは当たると同時に、中身のトウガラシや辛子の粉末をぶちまけて、覆面でほとんどは防がれたが小さな混乱を生んだ。
慌てる襲撃者を馬から引きずり落としたものの、善戦はそこまでだった。
いくら鍛錬を重ねてきた屈強な人物であっても、逃走劇とこの戦闘で三人の体力は等に尽きていて、致命傷こそないものの無数の傷を負っていた。
とうとう血に濡れて手が滑り、剣を弾き飛ばされてしまう。
「印璽を渡せば、命だけは助けてやる」
突きつけられた剣に、満身創痍であったが「欲しいか?」とソルは笑った。
息は上がっていたが眼差しは鋭く、態度も不遜そのもので、底の見えない貴族の顔をしていた。
先を促すように動いた剣先に、当然のように告げる。
「死の川を越えようと、アレは渡せぬよ」
逆なでされた気分のまま、剣が振るわれた。
威嚇を込めた剣先は、ソルの左頬をかすめたが、背を伸ばして立つ。
ソル様、と身代わりに今にも飛び込んできそうな二人の騎士を、軽く手で制す。
「おとなしく渡さぬのなら、貴様の骸から検めてくれる」
「ならば印璽の在処も失せ、貴様らの願いは叶わぬと、永遠に知れ」
微笑み同様の静かな声だったが、相手の気を損ねるには十分だった。
殺意の乗る剣は頭上へと掲げられ、一気に振り下ろす寸前。
突如現れた銀灰色の疾風が、その腕に牙を立てた。
悲鳴と同時に剣が、カランと音を立てて地面に落ちる。
肉が裂けほとばしる血に、恐慌しながらも剣を向けた別の襲撃者にも、獰猛な獣の牙が襲いかかった。
襲っては離脱し、また別の者を襲う。
疾風の動きを見せ、ルヴァはかみついたまま大きく首を振る。
剥きだされた牙は猛獣そのものだったが、ルヴァは剣を向けられてもひるまず、ソルとふたりの騎士を守るように立ちふさがった。
その巨大な雄姿は見る者に威圧を与え、引くことも攻めることもできず、襲撃者たちの動きを奪った。
襲撃者たちが乱れた統制を立て直す間もなく、王都から複数の蹄の音が近づいてきた。
救援に駆け付けた騎士たちは、襲撃者をあっというまに制圧した。
今までの乱戦が嘘のような素早さであった。
短くとも長い逃避行が終わったことに、ソルはほっと息をつく。
息をついたものの、全身が傷だらけでひどい有様だった。
泥と血で汚れ切った身は、命があったのが不思議なほどである。
横に目をやれば、領地から共に生き延びた騎士たちも、気が抜けた顔をしていた。
とりあえず生き延びたようだが、その実感はまだない。
残務処理は王都の騎士が引き受けてくれるらしいが、気力を奮い立たせて動き、自領の騎士にも立ち合いと引き継ぎを頼んだ。
一通りの指示を出すと気が抜けて、しゃがみかけたところで。
それまでやきもきしながら様子を見守っていたらしいシャナが、騎士の間から走り出てきて勢いよく飛びついた。
抱きとめ損ねて押し倒されてしまったが、目の前に真っ青な空が広がって見えた。
生まれたての朝が、透明な青に染まっていた。
生きている。
そう思った。
手のひらから伝わってくる相手の体温に、じわじわと実感がわいてくる。
ソルの胸に額を押し付けて震える様子に気が付き、そっと頭をなでながら「泣くな」と言った。
心配そうに見ているルヴァも手招いて、その首を抱いた。
生きている。
自分だけでなく、大切な者たちも、共に。
生き延びた幸せとぬくもりを、二人と一頭は分かち合い、静かな喜びに身を震わせた。
その様子を、騎士たちは温かく見守るのだった。




