そのじゅう 謁見
王都での領主交代の儀は、速やかに行われた。
反対の声は届いていたが、国王陛下は下知を飛ばす。
「我が裁定に不服を申すなら、覚悟せよ」
ソルが後継者だと、何年も前に認めているのだ。
領地の簒奪は重罪なので、陛下の動きも素早かった。
陛下からの要請を受けて、修行先の辺境伯も後ろ盾としての宣言を出す。
ソルへの襲撃から主犯があぶり出され、現領主の毒殺未遂以前の罪も遡って裁定し、乗っ取りを企てた反対勢力は粛清された。
辺境の騒乱は、隣国が付け入る隙となるので、常よりも重い刑となったのである。
粛清までの時間は、一週間もかからなかった。
それからほどなく、国王との拝謁の場が設けられた。
ソルは涼しい顔で王城に上がったが、傍らにルヴァを伴っていた。
獣連れの許可は得ていても、巨大な狼を直接目にすれば、一同はギョッとする。
大丈夫だと請け負いながら、ソルは穏やかな微笑みを見せた。
ルヴァが運んできた背負い袋から、子供の握りこぶし大はありそうな印璽を取り出す。
「我ら人は、速さも強さも友には敵いませぬ故」
もしもの時を考え、敵に奪われないようルヴァに預けていたのだ。
はじめはシャナが持つと言い張ったが、一番ありえないモノが印璽を運ぶべきだと、話し合いの末に戦闘力の高いルヴァが選ばれた。
シャナは頬を膨らませたが、ルヴァは誇らしげに首をそらせていた。
この世界で一番頼りになる友の背を、ソルは静かになでてやる。
背負い袋は不快だろうに、逃走劇の間もルヴァはいっさい嫌がらなかった。
領主交代の儀も、そのままつつがなく行われた。
粛々と国王とソルの会話は続いていたが、皆の目はソルの足元で寝そべるルヴァに集中していた。
「新領主よ、まさか猛き獣に印璽を預けるとは、剛毅よの」
「陛下。お言葉ですが、我が友は犬です」
集まっていた役人が、そろって苦い顔をしたのは言うまでもない。
どこからどう見ても狼であるし、通常よりも一回り以上大きい。
「未来の我が妻が可愛がり、育ちすぎました」
多くの人から奇異の目で見られても気にすることもなく、ルヴァは退屈そうにあくびをしていた。
そんな獰猛でデカい犬はおらぬと思ったものの、いけしゃぁしゃぁと告げる剛毅さに、国王は朗らかに笑った。
「すでに妻を決めているのか。そなたほどの猛き貴公子が既婚であったとは、都の花は哀しむだろうに」
「花は都で咲くからこそ美しく……私は風に惚れぬいております」
惚れこむほどの妻女ならばこの場に呼べばよかったのにと残念がる王に、ソルはまだ口説いている最中だとぬけぬけと言い切った。
ルヴァを伴って謁見すると言った時、シャナは自分も付き添いたがったが、薬師として怪我だらけの騎士の世話をしろと申し付けて、留守番をさせている。
強欲な連中に奪われる可能性すら業腹で、シャナを王侯貴族にお披露目する気はなかった。
ふと、国王は引っ掛かりを覚えた。
辺境にほど近い土地はこだわりが少ないとはいえ、貴族が平民を妻に望むなどありえない。
血族や権力以上の価値がある女に違いない。
ただの比喩とわかっていても、風の呼び名に、記憶の奥にあった苦い記憶を呼び起こされる。
今は亡き先代の王が欲をかいて、風の賢者を失ったことは、王国史の中でも屈指の過失だった。
「風とは、あの発煙筒を作った者であるか?」
「風は風。辺境をものともせず、しなやかに立つ者のことでございます」
シレッとかわされ、国王は詳細の追及をやめた。
百歩譲って発煙筒を製造したものが風の賢者でも、ソルの妻となるような年齢ではない。
ましてや、不老不死などありえない。
もし、風の示唆する事柄が、風の賢者に通じるならば。
ある意味、禁忌で、触れてはならぬものだと勘が働く。
辺境の処世や生き様は、王都のそれとは異なる。
味方にすれば心強いが、頼りになるのは味方でいる間だけだ。
深入りして藪をつつき、敵に回すと厄介な目に合うと、経験で知っていた。
だから国王は素知らぬ顔をする。
新領主は処世も上手い立ち振る舞いで、見逃せば少なくない恩恵があるだろう。
そして、ソルが婚姻する際には祝いを贈ると、気前よく請け負うのだった。
こうして、ソルは新領主となった。
隠居した父の助けを借りて、領民に慕われながら、良政を成していくのだった。




