そのはち 朝日に立つ
その頃。
ひた走るシャナは、王都を囲む塀に近づいていた。
通行門を守る人影も、豆粒の大きさから人とわかる距離となる。
開く時間まではしばらく待たねばならないが、救援を求めれば開くはずだ。
速度をさらに上げようとしたが、とうとう馬の足がもつれた。
ドウッと倒れた際に投げ出されたが、クルリと受け身をとって立ち上がる。
だが、長旅の疲れが足にきてよろめき、駆け出すことはできなかった。
乾いた喉で叫んでも、門番に届くかは賭けである。
一瞬迷ったが、すぐにシャナは思い出した。
苦し気にあがく馬に近づくと、急いで蔵に括り付けていた布と棒を外す。
三本に分かれていた棒をクルクルとネジを巻くようにつなげると、長い竿にする。
細く折り畳んだあった布を広げ、竿に括り付けた。
炭で描かれた紋章はところどころかすれていたが、風にはためく白い旗になった。
領地の騒乱は鳩と早馬で先触れとして、王都のソルの部下にも伝わっているはずだ。
見えさえすれば、この旗の意味もわかるはず。
常備している簡易狼煙を、シャナは腰の鞄から取り出して使う。
赤い煙が沸き立ち、一筋の赤い線を空へと描き始めた。
早く気付いてほしくて、シャナの気ははやる。
白い旗と共に赤い煙を見せつけようと、高く掲げかけた時。
シャナの手から、ルヴァが簡易狼煙を叩き落とした。
驚くシャナの手から狼煙を奪い取り、咥えたままルヴァは城門に向かって疾走する。
見る間に通行門に近づき、人の顔が判別できる距離になると、狼煙を地面に置いた。
そして、大気を震わせるほどの、長い長い咆哮をあげた。
ウォォォォォォォォォンと大気を切り裂くほどのその声は、門を越え王都の民にまで聞こえたという。
救援を求める赤い煙と、鋭い獣の咆哮は、早朝の静けさも揺るがした。
開門の準備をしながら、通行門付近に詰めていた警備兵たちは騒然とする。
だが、その中にはソルの到着を待っていた領地の騎士もいた。
小窓から覗き見れば、街道の途中には見知った顔がいた。
旅の過酷さそのままに、毛並みも髪も服もすべてが薄汚れていたが、二つの影はまばゆいほどの朝日を背に、凛と立っていた。
一頭の賢い獣と、朝日を背にして立つ紋章旗を掲げる女を、見間違えるわけがない。
その旗の意味を正しく理解し、騎士たちは馬で城門を飛び出した。
次期領主の危機だと咆えるように叫び、飛び出していく地方から来た騎士たちに、事情を上申して配置されていた王都の騎士も馬で続いた。
ルヴァは自領の騎士と目が合った瞬間。
煙を立ち昇らせる狼煙を咥え、駆け出していた。
そのままシャナの横を通り過ぎ、疾風の速度で来た道を戻る。
見る間に遠ざかる狼が残した道筋は、赤い煙が尾を引いて道先案内のようにたなびいていた。
通行門から飛び出してきたソルの騎士団の一人が、馬を駆けさせながら身を乗り出し、シャナを馬上にすくい上げる。
ソルと騎士がこちらに向かっているのは鳩により知っていたが、シャナも同行していたことは、今この時まで気づいていなかった。
辿り着き救援まで求めたその胆力と、不在を隠し通した村人の結束力に、内心では舌を巻いていた。
鍛錬を重ねた騎士でもつらい逃避行である。
若い女が耐えられるものではないはずだが、馬上の人となったシャナの瞳の輝きは衰えず、金の炎のように燃え盛っていた。
「お願い、ソルを助けて!」
常日ごろ見せていた大人びた表情をかなぐり捨て、必死に願うその姿に騎士たちの想いも滾る。
「御意! しばし、御辛抱を」
みすみす主を奪われるなど、騎士の恥辱。
行き先は、赤い煙が教えてくれる。
一陣の風となって、救援の騎馬は街道を駆け抜けていく。




