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風と狼  作者: 真朱マロ
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そのろく 賢者の遺物

 割れ目の中は意外と広く、ぽうっと小さな灯りが灯されると、右手に古い木の扉が見える。

 扉を開けると広い部屋が現れ、粗末な木のベッドや、机。製薬に必要だと思われる機材が見えた。


「オババの遺した作業場だ。村の者も知らない場所だから、安心して良い」


 まるで我が家のように装備を解いたシャナは、手際よく料理をはじめた。

 そして、あっという間にスープを作ると、荷を下ろして座っていた三人に渡す。

 煮込んだだけの素朴な味わいは、思いのほか温かく体にしみこんだ。

 

 食べ終わったシャナは、棚の奥から取り出した、大きな紙を広げた。

 古ぼけてところどころ文字がかすれていたが、この国の地図だった。

 なぜこんなものがここに、と不思議がるソルたちに、オババが描いたものだとシャナは答えた。

 オババは地図の悪用を恐れて隠していたが、得た知識は手放せなかったらしい。


「オババは何でも知っていたし、新しい知識にも貪欲だった」


 ソルは地図の危険性を思い、しばらく無言でいたが「そうか」とつぶやく。

 そして、予測していたオババの素性が、正しかったことを知った。


 国を見限り、愛と想い人を選んで、姿を消した風の賢者。

 おののくほど正確な地図もだが、この隠れ家には見たことのないモノが数多く置いてあり、使い方を誤れば国の在り方も揺るがすと予測できた。


「いいのか、シャナ。ここに私達を引き入れて」

「この意味が分からぬ愚か者なら、自分の目を恨んで終わる。その程度の問題だと思わないか、ソル」


 その信頼に、ブルリ、とソルとふたりの騎士は身を震わせた。

 次期領主すらまともに交代できない未熟な地に、過ぎた知恵は毒となる。

 公に渡されるのは、発煙筒程度の知恵で良いのだ。

 遺された叡智は隠すもので、騎士も含めた三人は目配せし合い、ここで見た物をすべて忘れると決めた。


「日が昇ってから移動する。山を突っ切れば街道を馬で越えるよりも早い。山を抜けた後のあては?」

「支援者の手を借り、各地に馬を置いている。乗り換えながら走り、王都に向かう予定だ」


 地図を指さしながらルートを示すと、シャナはうなずいて「覚えた」と言った。

 一瞬で記憶する聡明さに驚きながらも、自身も似た質なので気になる事や注意事項も情報として共有する。

 ただ、一つ確認のために尋ねる。


「シャナ、おまえはどう生きたい? 望むならば、賢者の称号も得られるぞ」

「ソル。間違った問いには、間違った答えしか返せない」


 ジトリとした目で睨み、シャナは溜息を吐く。

 そのまま寝る準備をすると思いきや、シャナは大きな白い布を取り出した。

 固く焼いた木炭で、手際よく文様を描いていく。

 それが自領の紋章だと気付き、次から次へとよく思いつくものだとソルはあきれた。


 この才覚は、見る者を魅了する。

 今までは小さな村の中で隠されてきたが、この逃避行の手際で注目を浴びれば間違いなく、権力者はこぞって欲しがるだろう。


「王に奪われたくない。村で待て、と言えば、おまえは私の帰りを待つか?」

「私を育てたのは風だ。行きたい場所に行き、消えたい時に消える。誰にも縛れない」


 この場で別れたならば、シャナは村からも姿を消す。

 それがわかって、ソルはため息をつくしかなかった。


「そうか……ずいぶん難儀な女に、私は惚れたようだ」

「惚れたついでに、共に生きよう、と言えば良いでしょう?」


 すねたような物言いだったので、はじけるようにソルは笑い出た。

 自らを風と同じく縛れないと口にしながら、ソルと共に生きるつもりはあったらしい。


 色恋を知らない顔をしておきながら、唐突に大胆なことを言う。

 そういう女だからこそ、突然の逃走劇にも慌てず行動しているわけなのだが、心底から愉快だった。

 ひとしきり笑った後でソルは手を伸ばし、シャナの長い髪に触れるとひと房すくい、軽く口付けた。


「シャナ。君はまさしく、私に希望と幸運を運ぶ風だ」

 

 シャナの手を取り「生き延びたら、その時は必ず」と指先に口づけを落とした。

 国王陛下の元にたどり着けば、ソルが新たな領主となる。

 そして、悪い男の顔で、足元で寝そべるルヴァの毛をなで、口元をほころばせた。


「誰が何を言おうと、領主の証である印璽は我が手にある」


 生きて王都にたどり着けば、ソルの勝ちだ。

 次第に交わされる声は細くなり、健やかな寝息だけが部屋に満ちていく。

 眠る時も肩を並べ手の指を絡めたまま語り合う二人に、気の利く騎士二人は早々に寝たふりを決め込んでいたのだった。

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