そのご 不穏
風の強い日だった。
菫色の空が、夜の藍に染まっていく。
村はずれにある自宅の扉を、コツコツと叩く音が聞こえて、シャナは立ち上がる。
暖炉の前で寝そべっているルヴァがあくびをしながら、耳だけ扉に向けている。
知り合いの訪問らしく、気のない様子だ。
また村長が腰でも痛めたのかと扉を開けて、驚いた。
ソルがいた。後ろに騎士が二人ひかえている。
三人ともマントを羽織り、剣を腰に携えていたものの、身に着けているのは豪華な絹の服で、ずいぶんチグハグな格好だった。
不測の事態が起こったのだろうと、シャナは素早く三人を家の中に入れた。
「すまないが、食料と薬を融通してくれ。生き伸びたら恩は返す」
「何があった?」
代金代わりだと身に着けている装飾品を押し付けられ、シャナは表情を険しくする。
ソルの身に良くないことが起こっているのは確かだった。
「誕生を祝う場で、父が毒を盛られた。容態は落ち着いたが、このまま国王陛下の元に参じ、正当な領主となれと申し付けられた」
「追われているのか?」
「今は、まだ。父が時間を稼いでいる」
ニヤリとソルは口角を上げる。
現領主も倒れた状況を利用し、印璽が自身の手にあるように見せかけている。
ソル直属の騎士団には、少人数で多数の隊に別れ、時間差で館から出立し、それぞれがソルのニセモノを連れ、バラバラに散るように指示した。
それでいくらかは時間が稼げるはずだった。
もとより、領主交代の準備は進めていた。
王都には手の者が待っており、領主の証である印璽を持って謁見すれば、つつがなく就任できるだけの手配は整いつつあった。
隠してはいても、そういった手続きには公的な承認も必要なので、隠しきれない部分も出てくる。
おそらく、その動きがどこからか漏れ、今回の犯行に至ったのだろう。
王都までの道のりは馬で十日。
敵も、いきなり国王陛下に、領主交代を申し出るとは想像していないはず。
もちろん、反対勢力を支持する者も王都近くにいるので、油断はできない。
人の追手は撒けても、王都へ鳩を飛ばされれば、目的地で刺客が待っているはずだ。
「どうあっても私が気に入らぬらしい」
落ちたつぶやきに、なるほど……と軽くうなずくとシャナは素早く手紙を書いた。
渡されたばかりの指輪やカフスを複数の薬と一緒に包み、ルヴァに「村長の所へ」と渡す。
ルヴァはピンと耳を立てて、包みをくわえると風のように外へと走り出た。
シャナは三人を待たせて、手早く長旅の準備を整えた。
薬や小物も別の袋に詰めこみ、携帯できる食料もいくつか持つと「行こう」と言った。
大きな荷を背負うシャナに、ソルも騎士も面食らった。
「シャナ、君は来てはいけない」
「その恰好では、この森すら抜けられないだろう。あきらめろ」
問答無用でいくつかの荷物を渡されて理解に苦しむ男たちを尻目に、戸締りを終えたシャナは先に立って歩き出す。
「君は私の大切な領民だ」
「では、私を護れ。それでチャラだ」
どちらの身分が上かわからぬ物言いに、反論できる者はいなかった。
確かに薄い絹の服では森を越えられないし、街道を通れば悪目立ちする。
鑑みれば過酷な状況なのに、シャナの歩みに迷いはなかった。
黙々と森の中を歩み、はじめにたどり着いたのは狩り小屋だった。
村の共有財産で、宿泊できる簡易な建物には、森に適した装備もそろっている。
「村長に連絡は入れた。好きなものを使うといい」
山歩きに必要な道具だけでなく、予備の衣服や武器もあり、男たちは素早く着替えた。
生きていたら新品を寄贈すれば村長も喜ぶと請け負われ、遠慮なく旅の装備も整える。
熊や猪と戦うための衣服を身に着け、大きな荷物を背負えば、騎士も体格の良い狩人のように見えた。
日が暮れてすっかり闇が落ちる中、シャナは更に森の奥へと歩いた。
先を行くシャナの背を追い、男たちも無言で進んでいると、ルヴァが追い付いた。
風のように横から不意に現れた賢い狼の頭を、シャナは当たり前の顔でなでてやる。
再びシャナが立ち止まったのは、そそり立つ岩肌の隙間だった。
割れた隙間に身を滑らせ、そのまま奥へと姿を消した。
ギョッとしながらも、真っ暗なその裂け目にソルと騎士も滑りこんだ。




