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風と狼  作者: 真朱マロ
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そのよん ソルとシャナ

 領民の生活にソルは心を砕いた。

 初めの邂逅以来、積極的に領地を巡り、シャナの村にも顔を出す。

 季節が変わるよりも早く、月に一度は顔を見せるほどの頻度でたびたび訪れた。


 家畜が怯えるルヴァの匂い問題は、なんとソルが解決した。

 はじめは小さな布に狼の匂いを付けて小屋につるすところから始め、徐々に敷き藁や身の回りのものへと範囲を広げていき、とうとう飼い主に匂いがついていても平気になった。

 とはいえ、匂いの調整は村人には難しく、騎士団が足しげく通ったので、村人と騎士団はすっかり仲良くなっていた。


 当然のようにソル専属の騎士団の馬も、ルヴァの存在に慣れた。

 はじめは遠吠えひとつで混乱していたのが、嘘のように仲睦まじい。

 最初は警戒していたルヴァも、騎士団が訓練をする横で昼寝をしている。

 近隣からの救援要請で、ソルとシャナが馬に騎乗すれば、当然のように騎士団と共に並走するルヴァは、主を追いかける飼い犬のようだった。


「それほど領主修行は暇なのか?」


 領主の館から馬で一日ほどの距離で、移動が苦にならないとはいえ頻繁である。

 あまりに頻繁なものだから、遠慮なくシャナが尋ねると、ソルははじけるように笑った。


「いちいち、おまえは面白い。用があるからに決まっているだろう」


 ソルが村に足しげく通うのは、良質の薬や道具を求めるだけでなく、シャナの知恵や技術も求めてのことだった。

 猛獣被害や盗賊被害での救援要請にシャナを伴うのも、領主館で雇っている治療師よりも能力が高いからだ。


 オババの優れた技術を受け継いだシャナは、驚くほどに多才だった。

 傷薬や病の薬だけでなく、獣よけや虫よけのように野営に役立つ物や、不思議な道具もたくさん作りだしていた。

 村長は「辺境の近くではありがちなことだ」としらばっくれていたが、薬師の域を明らかに超えていた。


 中でも、火を使わない簡易狼煙は、森の奥に入る村人の必須品だった。

 半日は効果を持続し、雨の中でも綺麗に発色するカラフルな煙は、遭難を伝える手段として優秀だった。

 それを見た騎士たちも欲しがり、今では王都にも卸されている。


 仲間に救援を求めたり、遠方から危険を知らせたりと、騎士だけでなく旅をする商人たちにも好まれた。

 製造法は隠さず王都の薬師にも伝えられたが、作成にコツがいるのか煙の発色はシャナのものが一番鮮やかだった。


「シャナ、おまえは得難く、稀有な存在だよ」


 オババと呼ばれたシャナの師に、ソルは心当たりがあった。

 数十年前、風の賢者と呼ばれた女が護衛騎士と駆け落ちしている。

 身分の低い想い人を彼女から遠ざけ、王族との婚姻を強要して囲い込もうとして、賢者そのものを失ったのだ。


 その愚を覚えているこの国の貴族は、知と恵みをもたらす者の自由を尊重する。

 小さな村では感じる機会はないが、この国では賢者に準ずる薬師や錬金術師の地位は高いのだ。

 それこそ、生まれのわからない異質なシャナを、領主の伴侶として求めても良いほどに。


「いつか君が、私を望んでくれたら良いのだけどね」


 別れ際に長い黒髪をひと房すくい取り、軽く口づけて去っていくソルの背を、シャナはポカンとして見送った。

 製薬の見学や、休憩する時間に、二人きりで過ごす時間は今までもあった。

 小さな小屋の中で雑魚寝したこともある。

 けれど、火傷しそうな熱を感じたのは初めてだった。


「なんだ、あれは?」

「意中の乙女に贈る、貴族流の挨拶ですよ」


 その意味が分からぬはずもなく、シャナは淡く頬を染める。

 やわらかく別れを告げて、騎士たちは会釈を残し、ソルの背を追った。


 お目付け役の騎士たちも、次期領主をたしなめない。

 自覚こそないようだが、薬師の視線はいつもソルの姿を追っていたので、少々の不埒も意思の尊重だと考えていた。


 ソルとともに移動する騎士は、十人ほどの時もあれば、初回のように三十人規模の時もあるのだが、全員が主人の想いに気づいていた。

 理性が強く素直さのない青年が、口では「利用できる」とか「貴重な薬師を取り込むのだ」とうそぶいても、シャナの側では年相応の顔で浮かれてはしゃいでいる。

 感情を読み取らせない、貴族然とした顔をちょくちょく忘れた。

 領主殿と呼ばれただけでふくれっ面になり、ソルと呼べと命じた話は今でも酒のつまみである。 


 後ろ盾の弱いソルの横に立つのは平凡な貴族よりも、賢者の知恵と技術を持った乙女はよほど好ましい。

 辺境に近い土地で生きるには、身分や権力は価値がない。

 自然の脅威の中でも大地を踏みしめ、数多の領民を生かす知恵と力が必要だった。


 それに。

 騎士たちがシャナに近づくと嫌そうな目を向けるルヴァも、ソルには気を許している。

 並んで座るソルをくっつけとばかりに押して、シャナにぶつけて遊んでいた。

 じゃれつく子供のような遊びに、見守る者は知らず笑顔を浮かべるような情景だった。


 問題点といえば、ただ一つ。

 オババに男言葉をしつけられたシャナは、色恋にも疎い。

 恋を自覚する日は、まだまだ先の事だろう。


 素直になった主が若者の情熱をもって、孤高の薬師を口説き落とす。

 その日が来ることを、秘かに期待する騎士たちであった。

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