そのさん ソル
ルヴァと共に暮らし始めてから三年目の春。
前触れもなく騎士の一団と青年が、村にやってきた。
ソルと名乗った二十歳前後の青年は、なんでも次の領主になるらしい。
10年ほど辺境伯の元で武芸や政道を学び、自身の騎士団を連れての凱旋を果たしたという。
現領主の前妻は子をなさぬまま早世し、領主は後添いを娶った。
後妻は爵位の高い貴族だったので、領主は連れ子のソルを嫡子として承認している。
ソルが嫡子として登録されたのも一歳と幼く、確かな血のつながりはないと知っても、記憶を振り返れば現領主が実の父と変わらなかった。
王からもソルは嫡子として承認されている。
だが、親族からは正当な血筋の持ち主を推す声もある。
反意を和らげるためにもソル自らが領地をまわり、父が健在の内に領民との理解を深めていると説明する。
村での暮らしぶりや、困っていることなど聞き取っている間に、騎士たちは村の周りに野営の準備をしていた。
村には宿屋もなく、30人規模の騎士をもてなす余裕もない。
降ってわいたような一団の訪問とざわめきに、村長に頼まれた腰痛の薬を届けに来たシャナは、村の入り口でたじろいだ。
肝心の村長はソルと話し込んでいるし、かといって背を向けて家に戻るのもおかしく、動けなくなったシャナの背を冷たい汗が流れていく。
今、シャナの横には、ルヴァがいる。
完全に大人となったルヴァは明らかに犬ではなく、通常の狼よりも一回りは大きい。
17歳となったシャナの横に並べば、更に際立って大きく見えた。
現れた巨狼にいきなり剣は向けなかったが、騎士たちに警戒のざわめきが広がっていく。
ざわめきに誘われて顔をあげたソルが、驚愕に目を見開いた。
突然の狼登場に息を飲んだが、すぐに心の内を見せない貴族の微笑みを浮かべる。
「ずいぶんと大きいな。狼か?」
とっさに言い訳ができず、シャナは答えに詰まる。
「犬です」
横から飛んできた声にソルが目を向けると、村長は人の良い笑顔で「優秀な薬師が育てた、ただの飼い犬ですよ」と言い切った。
この村の自慢なのです、と笑顔で胸を張る様子に、ソルは「ふむ」と思考を巡らせる。
確かに犬ならば、首輪さえつけていればそれで良い。
そして、狼を飼っていたからといって、報告の義務もないのだ。
罰を与えるつもりもないが、紐も口輪もつけずに危険な狼を、そのまま放している点だけはいただけない。
「君には何に見える?」
「どこからどう見ても犬ですね」
すがすがしいほどの嘘に、周囲の騎士たちはあきれたが、ソルは近くにいる村人にも同じ問いを繰り返す。
村人たちは一様に、飼い犬が育ちすぎただけだと言い切って、ふてぶてしいほどの笑顔を浮かべている。
辺境に近い村だけあって村人は、武器を持ち熊や狼の群れとも戦える胆力のある猛者たちなのだ。
剣を携えた騎士団を前にしていても、いけしゃぁしゃぁと嘘をつく気概にあきれはしたが、自領の領民の気質を頼もしくも思う。
この地は辺境にほど近く、辺境伯を第一の防衛の盾と呼ぶならば、この地は第二・第三の盾である。
たけだけしい騎士や、向けられた剣を見て、怯えるようでは生きていけない。
親の後ろに隠れてちょこんと顔を出していた、子供のあどけない表情にもソルは尋ねた。
「子供の君から見て、どうだ?」
「ルヴァはルヴァだよ。森の中で迷子になった、僕を見つけてくれたの」
気持ちのよい返事に、ふっと口角をあげたソルは「なるほど」とうなずく。
村人一行の眼差しにも言葉にも揺らぎが欠片もなく、動揺しているのは飼い主だけだ。
察するに、この狼は村の大切な一員らしい。
「ルヴァはルヴァ、ね。あぁ、確かに犬の証も首にある」
ソルは大きくうなずいた。
俗物的な利害よりも、辺境の絆は強い。
ルヴァの存在は村にとってはかけがえないもので、対応を間違えれば、根深く恨まれる案件だと理解した。
領民からの信頼を得るきっかけになるなら、犬と断じるぐらい安いものだ。
「飼い主と共にいる犬は、友であり家族である」
後ろに控えた騎士たちだけでなく、村人にも示すよう大きな声で宣言し、ルヴァの首に巻かれた飾り紐が飼い犬の証拠だとソルは認めた。
素直に観察すれば威風堂々とした見事な体躯の凛々しい狼で、立派に育てたものだと感心する。
次期領主の寛大な対応に、ホッとして肩の力を抜くシャナの横で、当のルヴァはふわぁと退屈そうにあくびをしていた。
緊迫感を漂わせる大勢の騎士たちに囲まれても動じず、陽だまりが心地よいのか眠そうだ。
その様子に「図太いな」とソルは肩を揺らして笑った。
「見事な犬だ。これまで通り大切に育てよ」
楽しくてたまらない様子の次期領主の判断に、騎士たちはやれやれと言いたげに微笑み、村人一同は深く頭を下げるのだった。




