第35話 【AIマンション・オアシス幕張 外伝】大富豪ジョウの負け犬のブリトー
【AIマンション・オアシス幕張 外伝】大富豪ジョウの負け犬のブリトー
[深夜3時15分・幕張のコンビニ サニーマート]
「……温めはどうされますか?」
「あ、はい……おねがいします…」
チーン、と気の抜けた電子音が店内に響く。
ネオHeavenの支配者であり、数百億の暗号資産を動かす天才サイバーメンタリスト・ジョウは、ひどく疲れ切った顔で、レジ袋に入った「ハム&5種チーズのブリトー」を受け取っていた。
もちろん、支払いは現金だ。
小銭が足りず、財布の奥から出した夏目漱石(あるいは北里柴三郎)の千円札が、やけに虚しく自動釣銭機へと吸い込まれていった。
「はぁ……。毎秒130回以上のMojoコード自動生成、R言語による時系列解析でのバグ発見、そして物理的な回線切断……。1秒間に消費した僕の脳のカロリーは、ビットコインのマイニング並みだ。完全に『2025年の崖』に叩き落とされた気分だよ……」
コンビニを出たジョウは、冷えてきた幕張の夜風に吹かれながら、ブリトーのパッケージを破った。
とろりと溶けたチーズと、塩気の効いたハムが、すきっ腹の脳に染み渡る。
「くそっ、美味いじゃないか……。Mojoの超高速アルゴリズムも、このジャンクな幸福感(糖質)は自動生成できない……」
ハフハフとブリトーを頬張りながら、ジョウがふと隣を見上げると。
ネットの線を完全に抜かれ、自家発電の最小限の明かりだけで「完全オフラインの聖域」と化したオアシス幕張の窓が見えた。
そこでは、パー子姉さん、タエコおばさん、スズエばあさんたちが、窓を開けて「やっぱり茹でピーナッツは裏切らないわねぇ」
[深夜3時30分・オアシス幕張のポスト前]
コンビニのブリトーを平らげ、微かにエネルギーを取り戻したジョウは、未だに諦めきれず、オアシス幕張の集合ポストの前に佇んでいた。
手元には、Mojoの算法で偽造した「デジタル買収合意書(100BTCの着金証明付き)」。これを管理組合のポストに叩き込んでやろうとした、その時。
カサリ、と暗闇で紙の擦れる音がした。
「……誰だい?!」
ジョウが振り返ると、そこには夜間巡回中のパー子姉さんと、データロガーを手にしたタエコおばさんが立っていた。
「往生際が悪いわね、ジョウさん。さっきも言ったでしょ。うちはビットコインなんていう、暗号の海に漂う『ただの揮発性メモリ』は受け付けないの」
パー子姉さんが冷ややかに微笑み、ポストの横に貼られた最新の「重要なお知らせ」を指差す。
【重要:修繕積立金および管理費の引き落としについて】
当マンションの決済基盤は、すべて『きらぼし銀行』の口座振替システムと直結しております。
暗号資産(BTC、ETH等)による算法決済、およびMojo言語による自動振込コードは、すべて東京圏の金融セキュリティ規約に基づき、不審パケットとして即座に抹殺されます。
「き、きらぼし銀行……!! 千葉銀行じゃなくて、そっちの地銀ネットワークか……っ!」
ジョウの計算が、またしてもハルシネーション(地理的嘘)を起こして崩れていく。
タエコおばさんが、ピーナッツの殻をジョウの足元にポイと捨てながら、勝ち誇ったように笑った。
「そうだよ! パー子とアタシが、きらぼし銀行の担当者とどれだけ深い繋がり(コネクション)を持ってると思ってるんだい! アタシらの統計データに基づく経営健全化計画書を見せたら、銀行の支店長さん、一発でこのマンションの専用決済ラインを承認してくれたのさ。最先端のIT地銀のセキュリティを、あんたのウイルス紛いの自動コードで突破できるわけないだろう!」
「くっ……地銀の手厚い対面営業と、地域密着型の信頼関係……! ネットの線を抜かれた上に、きらぼし銀行の口座振替で固められたら、僕の数百億のビットコインは、ただの『暗号化されたゴミデータ』じゃないか……!」
ジョウはガクリと膝をつき、コンビニのレジ袋(ブリトーのゴミ入り)を握りしめて咽び泣いた。
オアシス幕張の夜の平穏は、Pythonのコードと、ばあさま達の物理結界、そしてきらぼし銀行の口座振替という、これ以上なく強固な現実によって、今夜も完璧に守られたのだった。




