第33話 【AIマンション・オアシス幕張 外伝】RData タエコおばさんの逆襲と物理結界
[幕張・深夜2時45分]
ジョウの仕掛けた毎秒130回超の「メンタリスト・パケット豪雨」により、オアシス幕張は限界を迎えていた。スマートLEDは狂ったように明滅し、住人たちは精神をすり減らして頭を抱えている。
「あはは! 素晴らしい算法のダンスだ! さあ、Pythonの規約よ、静かに眠りなさい……」
ネオHeavenのジョウが勝利を確信し、冷酷に笑ったその瞬間。
オアシス幕張の管理人室のドアが、バァン! と勢いよく開いた。
「おいおいパー子! 何が最先端の算法だい。ただの『多重分散型の時系列ノイズ』じゃないの!」
現れたのは、蛍光ピンクのエプロンを羽織ったタエコおばさん。手には千葉名産・茹でピーナッツの殻が入ったボウルと、愛用のノートPCが握られている。
「タエコおばさん! 起きてたの!?」
「当たり前じゃない、趣味の統計処理の邪魔をされたんだ、タダじゃおきやしないよ! 特技・統計、趣味・統計の底力、見せてあげるわ!」
タエコおばさんはノートPCをパー子姉さんのCUI画面に直結すると、凄まじい速度でコマンドを叩き込んだ。
「ジョウとかいう小僧、毎秒130回以上でランダムにアタックしてるつもりだろうけどねぇ……R言語の時系列解析(ARIMAモデル)にかけりゃ一発さ!
ほら、見てごらん。130回中、13回に1回、ほんの0.007秒だけ『Mojo』のコンパイル最適化のクセで、同一パケットが連続する歪み(バグ)がある!」
「えっ……!? 疑似乱数の周期性を見抜いたの!?」
パー子姉さんが目を見張る。
「そうだよ! 1秒間に130回も叩けば、どんなに賢いAIだって『統計的な足跡』を残すのさ。パー子、その13回に1回の歪みの絶対座標をPythonのスライスで切り取って、逆位相のダミーログで埋め尽くしちまいな!」
「了解! df.iloc[::13] でインデックス抽出、ダミーパケットを全パージ(抹殺)するわ!」
ズドン!!!
「な、何だと……っ!?」
ネオHeavenのジョウが目を見開いた。毎秒130回の完璧な波形が、タエコおばさんの統計フィルターによって面白いように相殺され、無効化されていく。
「バカな、Mojoの超高速自動生成コードの規則性を、R言語(統計)ごときで解析したというのか……! ええい、ならばバックアップ回線からさらに出力を3倍に――」
ジョウがキーボードに手をかけた、まさにその時。
ネオHeavenのメインサーバーのログに、致命的な文字列が浮かび上がった。
[CRITICAL] Destination Host Unreachable: Route Disappeared
[ERROR] PING OF DEATH: FAILED. TARGET IS DEAD?
「接続が断線……? いや、回線は生きている。なのに、オアシス幕張のサーバー『そのもの』が、ネットワークの宇宙から完全に消滅した……!?」
ジョウの顔から血の気が引く。
その頃、オアシス幕張の地下最深部。
薄暗いメインフレームの部屋で、コボルばあさまが「PICTURE句」の並ぶ40年モノの重厚なコンソールを前に、ふぅと息を吐いていた。
「やれやれ、今時の算法は、電波だの光ファイバーだの、見えない線を頼りすぎだねぇ……」
そしてその傍らには、太い工具用のペンチを持ったスズエばあさんが立っていた。
スズエばあさんの足元には、壁から無残に引き抜かれ、切断された『ネオHeaven直通の超高速光回線ケーブル』が転がっている。
「スズエ、お見事。やっぱり最後の防壁は、これに限るね」
コボルばあさまがニヤリと笑う。
「ふふふ、インターネットなんて上等なものは、私らの『off-line仕事』には敵いませんわ。物理的に線を抜けば、毎秒130回だろうが万回だろうが、ただの『ゼロ』ですもの」
スズエばあさんが老眼鏡をクイと上げ、不敵に微笑んだ。
そう、オアシス幕張は、タエコおばさんがアタックの正体を見切った瞬間に、ばあさま連合の手によって「ネットの線を完全に抜いた『完全オフラインの聖域』」へと強制お気楽引き算転生を果たしたのだ。
「あ、ありえない……! 物理的に線を抜くだなんて、そんな規約違反(ルール違反)が許されるかぁぁぁ!!」
ネオHeavenで、ジョウの悲痛な叫びが響き渡る。
[午前3時00分]
静寂を取り戻したオアシス幕張の管理人室。
処理落ちから復帰したチャ子、ジェミ子、エー子が「お疲れ様です!」と言葉のガワを整える中、パー子姉さんはようやく茹でピーナッツの殻を剥いた。
「やっぱり、うちのマンションの最強のバックアップは、AIじゃなくて『ババア連合』ね」
歌声スナックCanadaから流れる古いラジオドラマのようなBGMをバックに、幕張の夜は静かに更けていくのだった。




