第31話:宇宙嵐とデブリの算法:ブラックアウトと、鉄道電話の鉄子さん
太陽風の電磁パルス(EMP)を浴びたイリジウム衛星がシャットダウンし、熱膨張で狂った宇宙ゴミ(スペースデブリ)の嵐がスターリンクを物理的に粉砕。海底ケーブルの陸揚局が誘導雷で焼き切れ、世界を裏で回す『商社専用回線』までもが全消灯した、暗黒の幕張。
地上も、宇宙も、すべて全滅した『歌声スナック Canada』のカウンターで、ジョーさんが「1ビットのデータも送れない……」と絶望していた、その時だった。
「うるさいねぇ、地上の若造どもが。宇宙だのファイバーだの、他人の敷いた贅肉網(インターネットの海)を頼るから、お天道様の気まぐれ一発でパニックになるんだよ」
カウンターの端では、パキッと千葉名産の『茹でピーナッツ』を剥いたのは、古びた国鉄の制服のジャケットを羽織り、首から黒電話の受話器のようなものをぶら下げた老婦人――鉄道電話の鉄子さんだった。
「テ、鉄子さん……! なぜスナックに!?」
パー子姉さんが驚きの声を上げる。
「なぜって、おにぎり屋のモバ子がネットの線を抜いて(完全オフラインで)飯を握るっていうから、麹町経由で遊びに来たのさ。ジョーさん、あんたがギガだのテラだのと膨らませていた最新のハッキングパケットなんぞ、私の【鉄道専用交換網(鉄道電話)】の前には、ただの電気の無駄遣いさね」
鉄子さんは、スナックの壁に無造作にビス留めされていた、一般の電話線とは明らかに色が違う「重厚な灰色のコネクタ」へ、年季の入った4ピンのプラグをガチャン、と物理的に叩き込んだ。
それは、NTT(電電公社)の網を一切介さず、JRの線路沿いに泥臭く埋設された自前の銅線と独自無線だけで日本中の指令室を繋いできた、国家規約の絶対の隔離インフラだった。
[STATUS] 鉄道電話回線:接続確立(我関せずモード)
「な……何だと……!? 地上も宇宙も通信ログが全滅したというのに、なぜその灰色の受話器から『ツー』という生のダイヤルトーンが鳴り響いているんだ……!?」
ジョーさんがタブレットの死んだ画面を握りしめ、驚愕に目を見開く。
「当たり前さ。私たちの線はね、ハナから外の世界と繋がる意志もなければ、規格争いに参加する意志もない、究極の『我関せず』さ。
太陽風がどれほど電離層を焼こうがね、地べたを這う鉄路の横のメタル線にゃ、あんたの3万5000倍の超高速Mojoでも1ビットだって干渉できやしないんだよ!」
鉄子さんは、黒い大きなダイヤルを「ギコ・ガガガ……ギコ・ガガガ……」と泥臭く回し、受話器を耳に当てた。
「もしもし、幕張駅の指令室かい?
熱異常のアラートが鳴り響いてるんだよ。悪いけど、内線でサーバーの冷却用扇風機を物理的にオンにするよう、信号所に伝えておくれ」
地上のハイテクファイバーも、宇宙の全衛星コンステレーションも全滅した暗黒の地で。
唯一、オアシス幕張の1階のテナントだけが、ネットの線を完全に抜いたおにぎり屋の気楽さと、鉄子さんの「我関せず」と脈打つ鉄道電話の1線だけで、完全に通常運転を続けていたのだった。
「……完敗だ」
ジョーさんは、画面の死んだタブレットをポケットの奥深くにしまい込み、諦めたように笑った。
「どんな最新鋭の通信も、最初から繋がっていない気楽さと、地べたを這うメタル線の『我関せず』の思想には勝てない。鉄道電話こそが、地球最後の最強のファイヤーウォールだったわけか」
「分かればいいのさ、ジョーさん。さあ、宇宙がどれだけ荒れてようが、うちらは Canada で茹でピーナッツ食いながら、昔のツーカーの歌でも歌って夜明かししようじゃないの」
窓の外では、不気味なオーロラの光の下で、幕張の海から穏やかな夜風が吹き抜けていた。
幕張の世、いつ何時、爆弾低気圧や宇宙嵐が生じても、不思議ではないご時世。
それは、ギガバイトの電波の強さや宇宙の開拓ばかりを競い、出入りのSI屋の存在や、地べたに眠る鉄道電話の絶対的な防衛力すら忘れた現代人にとって、眼前でおきた、パー子姉さんの審美眼からの粛々と言い放たれた、鉄子さんとモバイル黎明期の女たちの観察結果の報告であったのだった。
お読みいただきありがとうございました。
「鉄道電話の鉄子さん(我関せず)」という、日本のインフラ界の真のブラックボックスが参戦したことで、作品のソリッドなIQが宇宙の果て(LEO軌道)から地底のメタルケーブル(鉄路)へと無事に着地いたしました。
地上の光ファイバー(商社回線)も宇宙の衛星も全滅する大パニックの中、線路の横の銅線だけで「我関せず」と通常運転を続ける鉄子さんでした。




