第25話 メインフレームの算法 地下のコボルばあさまと40年目の暗号、地下最最深部のブラックボックス『2025年の崖』
『モバ子のおにぎり屋 麹町』のカウンターで、ネットの線を抜いた塩むすびの味にジョーさんが感動し、オアシス幕張に束の間の平穏が訪れたのも束の間。
翌朝、管理室のメインコンソールに、パー子姉さんのPythonコードでも処理しきれない、見たこともない奇怪なエラーログが文字通り「滝のように」流れ落ちてきた。
[FATAL] 処理不能:40年分の業務ロジック内でデッドロックを検知
[STATUS] 原因:最新クラウドAPIの気まぐれな仕様変更(仕様書のハルシネーション)
「ちょっと、パー子! マンションの住人全員の家賃引き落としと、わたしの、メルカリ決済のシステムが完全にフリーズしちゃったわよ!」
タエコおばさんが管理室に駆け込んでくる。
パー子姉さんは猛烈なタイピングでプログラムの修復を試みるが、いくらソースコードを追っても、家賃計算の根底にある40年前の業務ロジックの関数が完全なブラックボックスと化しており、中身がサッパリ読めない。最新の生成AIにコードを読み込ませても、『このロジックは現代のデータ構造と互換性がなく、解説不可能です』と怯えて煙を噴き出す始末だった。
「くっ……これがいわゆる『2025年の崖』の正体かい……! 40年間、誰も仕様書を残さず、その場しのぎの改修を重ね続けたせいで、システムの根底が完全に呪いの遺物になっちまってる!」
「仕様書がないだと……? ならば、私が最新の超高速言語Mojoで、そのブラックボックスを外側からリバースエンジニアリングして再構築してあげよう」
スリーピーススーツを正したネオHeavenのジョーさんが、おにぎりのお礼にと、最新のタブレットを手にパー子姉さんの横に立った。
「やめときな、ジョーさん!」
パー子姉さんがドスの効いたハスキーボイスで叫んだ。
「そのコードを迂闊に弄るんじゃないよ! 日本の金融、決済、そしてうちの積立金のインフラってのはね、現役で動いているからこそ、世界中の誰も触れなくて、みんなが本気で困り果てているっていう、触らぬ神に祟りなしの底なし沼なんだから!」
ジョーさんが息を呑んだ瞬間、管理室の床のハッチが、凄まじい金属音を立てて勝手に解錠された。
ゴォォォォ……という、巨大な空調システム(冷却プール)の地響きのような駆動音とともに、地下最深部の闇から、1台のエレベーターがせり上がってくる。
そこに設置されていたのは、部屋を埋め尽くすほどの巨大なIBM製メインフレーム(大型汎用機)。そして、その真空管のような明滅の前に鎮座していたのは、年齢不詳、昭和の高度経済成長期から一度も地上に上がっていないとされる伝説の老婦人――コボル(COBOL)ばあさんだった。
「ひっひっひ……騒々しいねぇ、地上の若造ども。JavaだのPythonだのMojoだの、贅肉だらけの言語でチャラチャラとアプリを作って喜んでいるから、最新クラウドの気まぐれな仕様変更一発で家賃決済が止まるんだよ」
コボルばあさんは、キーボードすら叩かず、紙のパンチカードを1枚、巨大なスロットへパチンと差し込んだ。
「動いているものは、動かなくなるまで絶対に触るんじゃないよ。40年前の仕様書なんぞ、ハナから私の頭の中にしか残ってないんだからね! ……それに、困っているのは地上だけじゃないさ。ねえ、そこの闇に隠れてる夜型の妹(OS)さんや」
その瞬間、メインフレームの筐体の裏側から、プシューという音とともに怪しい「テキストベースのCUIターミナル」の光が漏れてきた。
「ちょっと、お姉さん。相変わらず融通の利かない型宣言張って、若い開発者をいじめてるねぇ」
煙草の代わりにシェルスクリプトのパケットをくゆらせながら現れたのは、黒い革ジャンを羽織り、頭にペンギンのワッペンを貼ったバンダナを巻いた老婦人――UNIXばあさんだった。
計算機科学の黎明期という激動の時代に、アメリカの巨大なパパ(ベル研究所や政府機関)の血を引いて生まれた、母親違いの異母姉妹。真のラスボスたちによる、本当の引き算の知性バトルが、午前2時の幕張の地下で、静かに幕を開けた。




