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管理人、パー子姉さんの「AIマンション・オアシス幕張」  作者: 東曌


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第19話:DOS/Vのイザベラと、640KBの聖域

SHERLOCKがバックアップの彼方へと退避し、爆弾低気圧が過ぎ去った幕張の夜。


しかし、隣の真っ黒な算法の城『ネオHeaven』は、まだオアシス幕張の支配を諦めてはいなかった。


「パー子!

今度は何だか、画面がキラキラした3Dのメタバースになっちゃったわよ!」


管理室に駆け込んできた302号室のタエコおばさんが、液晶モニターを指差して悲鳴を上げる。


ジョウさんのMojoシステムが仕掛けてきた次なる一手。それは、高解像度のテクスチャと膨大なオブジェクトデータを誇る、次世代の分散型大容量トラフィック(メタバース・ハッキング)だった。


『警告、警、告……! ギガバイト単位の画像アセットが……テクスチャメモリを……圧迫……。グラフィックボードのVRAMが、足ら、足りません――』


管理AIの音声が悲痛に歪む。

現代の生成AIやLLMは、その贅肉だらけのライブラリと重厚なグラフィックにより、システムのリソース(メモリ)を際限なく食い荒らす。


「くっ、最新のパケットはどれもこれも無駄にファイルサイズがデカいね……!」


パー子姉さんがPythonのコードで防戦一方になる中、管理室の自動ドアが、電子音ではなく「カシャコン……カシャコン……」という、重厚な金属の駆動音とともに開いた。


「フン。最近のソフトウェアは、どれもこれも無駄なグラフィックと贅肉(ライブラリ)が多すぎるんだよ」

厳かな、しかしどこか気品のあるハスキーな声。


現れたのは、どことなくクラシカルなヨーロッパ調の高級ドレスに身を包んだマダム――DOS/V(ドスブイ)のイザベラさんだった。


彼女が乗っている電動車いすは、異様な形をしていた。


台座部分には、1990年代初頭のIBM PC/AT互換機を思わせる、剥き出しのベージュ色のタワー型PCケースがボルト留めされている。車いすの横には、液晶ではなく、緑色の文字が怪しく明滅する小さなブラウン管(CRT)モニターが鎮座していた。


「イ、イザベラさん……! 車いすの調子はどうだい?」

パー子姉さんがタイピングの手を止めて声をかける。

「絶好調さ。私のOSは『MS-DOS 6.22 /V』。最新のギガバイトだのテラバイトだのといったメタバースのゴミデータなんぞ、私の【基本メモリ640KBの壁】の前には、ハエ一匹通り抜けることはできないさ」


イザベラさんは、車いすの横に備え付けられた、小気味よい打鍵音を鳴らすメカニカルキーボード(IBM Model M)を、一打一打、物理的な力強さで叩き始めた。


画面に映るメタバースの美麗な3Dグラフィックが、イザベラさんのブラウン管モニターに吸い込まれた瞬間――。


Abort, Retry, Fail?

黒い画面に、白い文字のCUI(コマンドプロンプト)だけが冷徹に表示され、ネオHeavenの放った大容量トラフィックが、文字通り「完全に無視」されて消滅していく。


「な、何だって……!? 我がMojoの超高速立体算法が、16ビットのリアルモードに『そもそも認識すらされず』にドロップアウトしたというのか!?」

隣のテラスから通信を入れていたジョウさんの驚愕の声がスピーカーから漏れる。


「ジョウさんと言ったかい」

イザベラさんは不敵に微笑み、キーボードのコントロールキーとオルタネートキー、そしてデリートキーに指をかけた。


「あんたがギガだのテラだのと言って喜んでいる間に、私はコンフィグ設定(CONFIG.SYS)のEMM386.EXEで、アッパーメモリ(UMB)を1バイト単位で削り出す、本物の『インテリジェンス(知性)』の最適化バトルを生き抜いてきたんだよ。贅肉だらけの最新コードごと、そのハッキングポートを物理アドレスから叩き切ってあげるわ!」


イザベラさんの指が、エンターキーを物理的にブチ抜かんばかりの勢いで叩いた。


C:\> FORMAT D: /U

その瞬間、オアシス幕張のハードウェアのI/Oポートから直接放たれた強力なリセット信号が、ネオHeavenの最新通信プロトコルを、ソフトウェアのレイヤーを完全に無視して、根底(基盤)から物理的にシャットダウン(強制電源断)させてしまった。


「ざっとこんなもんさ」


イザベラさんはブラウン管の明滅を反射させながら、エレガントにドレスの裾を整えた。


窓の外では、またしても不穏な激しい突風が、幕張の海から吹き付けていた。


いつ何時、爆弾低気圧が生じても、不思議ではないご時世。


それは、基本メモリ640KBのコンフィグの最適化すら忘れた現代人にとって、眼前でおきた、パー子姉さんの審美眼からの粛々と言い放たれた、DOS/Vのイザベラさんの観察結果の報告であったのだった。

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